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195年②微、山へ入る

 東へ向かって、しばらく馬を走らせた。

 市を離れると、道は次第に細くなっていった。

 人の姿も少ない。

 【微】は何度か振り返った。


「……こっちで合ってるのかな?不安になってきたよ」


 教えられたのは、東へ行けということだけだった。

 古い祠。

 その先の分かれ道。

 そこまで行けば、何か分かるらしい。


「まあ、行けば分かるか」


 【微】はそう呟いて、再び前を向いた。

 しばらくすると、道の脇に古びた祠が見えてきた。


「あった」


 【微】は馬を止めた。

 小さな祠だった。

 長い間、人の手が入っていないようにも見える。

 【微】は馬から降り、周囲を見回した。


「この先ね」


 祠の横を通り過ぎる。

 少し進むと、道が二つに分かれていた。


「右……」


 【微】は右の道を見る。

 左よりも細い。

 人が頻繁に通っているようには見えなかった。


「本当にこっちなのかな」


 少し迷った。

 けれど、店の男の言葉を思い出す。


――右へ行け。


「……行ってみよう」


 【微】は右の道へ馬を進ませた。

 道を進むにつれ、景色が少しずつ変わっていった。


 草原の先に、山々が連なっている。


 山には松が多く、ところどころに大きな岩が顔を出していた。

 その麓では、細い水の流れが木々の間を縫うように続いている。


「……きれい」


 【微】は思わず馬を止めた。

 草原で暮らしてきた微にとって、これほど木々と岩と水が近くにある景色は珍しかった。

 風が松の枝を揺らしている。

 岩の間から流れ出た水が、細い音を立てている。

 その山の麓に、小さな村があった。


 山の名は、盤山。


 上には松。

 中には石。

 下には水。


 その三つが、山の景色を形作っていた。


「こんなところにも、人が住んでるんだ」


 【微】は少し感心したように呟いた。

 そして、再び馬を歩かせた。

 村に入ると、家々は山の斜面に沿うように建っていた。

 畑もある。

 小さな水路が家々の間を流れている。

 市の喧騒とは違い、静かな場所だった。

 【微】は馬をゆっくり歩かせながら、周囲を見回した。


「……ここかな」


 店の男が言っていた。

 ここで聞けば分かる。

 そう言われた村だった。

 村の外れに、一軒の家があった。


 家の前では男が一人、薪を割っている。


「すみませーん」


 声をかけると、男が振り返った。


「何だ?」


 【微】は馬から降りた。


「ちょっと聞きたいんだけど」

「何をだ?」

「【田疇」っていう人を知らない?」


 男の顔が変わった。

 ほんの一瞬だった。

 けれど、【微】には分かった。


「……知らんな」

「本当に?」

「ああ」


 男は視線を逸らした。

 【微】は少し考える。


「市の人に聞いたら、ここで聞けば分かるって言われたの」

「誰に?」

「前に私の品を買ってくれた人」


 男は黙った。


 しばらくして、ため息をつく。


「……お前、一人で来たのか?」

「そうよ」

「戻った方がいい」

「どうして?」

「その先は、今のお前には関係のない場所だ」


 【微】は首を傾げた。


「でも、【田疇】さんがいるんでしょう?」

「……」


 男は答えなかった。

 【微】はじっと男を見る。


「知ってるんだ」

「知らんと言っただろう」

「でも、知ってる顔してる」

「……変な娘だな」


 男は困ったように頭を掻いた。

 そして、山の奥へ続く道へ視線を向ける。


「この山の中に、庵がある」

「庵?」

「ああ」


 男は小さく頷いた。


「山の中だ。道を間違えるな」


 微は目を丸くした。


「本当にいるの?」


 男は無言で、動かない。

 ただ、その目が「いる」と語っているように見えた。


「分かった!」


 【微】は素直に頷いた。

「ありがとう」


 【微】は馬に乗った。


「じゃあ、行ってみる」

「おい」


 男が呼び止める。


「何?」

「……怪我に気をつけろ。道中石が多い」


 微は少しだけ目を丸くした。

 それから笑った。


「大丈夫よ」


 手綱を引く。

 馬が歩き出す。

 【微】は振り返り、男に手を振った。


「ありがとう!」


 男は何も答えなかった。

 ただ、【微】の姿が見えなくなるまで、その場に立っていた。



 山道を進む。

 【微】は少しだけ考えていた。


 どうして、みんな【田疇】の名前を聞くと黙るのだろう。

 以前会った時は、普通の旅人だった。

 少なくとも、【微】にはそう見えた。


「……変な人だったけど」


 思わず笑う。

 羊の乳を買ってくれたこと。

 幽州の市を教えてくれたこと。

 あの時は、それだけだった。


「今度は、何をしてるのかな」


 【微】は前を向いた。

 松の間を抜ける細い道が、山の奥へ続いている。

 【微】は馬の歩みを少し速めた。

【微】主人公。195年で齢22。


成功体験を元に再度チャレンジに来るも失敗。困り果てた彼女が頼ったのはいつぞやの旅人だった。


【田疇】195年で齢27。

劉虞が処刑されたため、隠居して理想郷モードに入っています。

町の人々が田疇について話したがらなかったのは公孫瓚に明確に歯向かっている人だから。



※三盤の勝


上盤:松勝 — 松

中盤:石勝 — 奇岩

下盤:水勝 — 渓流・泉


文中に出てきた松、石、水。実在の観光地の謳い文句です。

天津市薊州区、盤山風景名勝区。現代の5A観光地です。

整備されたのは清の【乾隆帝】の時代なのですが、実はここ、【田疇】の隠居先の逸話があります。

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