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207年⑤田疇、褒賞を選ぶ

 柳城。

 白狼山を越えた【曹操】軍は、そのまま柳城へ入った。

 戦場から離れたことで、ようやく騒がしさも少しずつ収まっている。

 だが、戦が終わったわけではない。


 降伏した【烏桓】の者たちが集められ、武器を置かされている。

 負傷者の手当てが行われ、戦場から運ばれた物資の整理も始まっていた。


 【田疇】は少し離れた場所から、その様子を眺めていた。

 昨日まで激しく戦っていた者たちが、今は静かに座っている。

 戦場では敵だった。

 だが、戦が終われば、彼らもまた人だった。


「静かになったね」


 隣で【微】が言った。


「ああ」


 【田疇】は答えた。


「戦が終わったからな」

「本当に終わったのかな?」


 【田疇】は顎に手を当てて考えた。


「ここではな」


 白狼山で【蹋頓】を失い、【烏桓】軍は大きく崩れている。

 だが、すべてが終わったわけではない。

 やがて、一人の兵が近づいてきた。


「【田疇】殿。【郭嘉】様がお呼びです」


「分かりました」



 案内された先には、【郭嘉】がいた。


「お疲れでしょう」


 【郭嘉】はそう言って笑った。

 だが、その顔には、以前会った時にはなかった疲れが浮かんでいた。

 声も少し掠れている。


「【郭嘉】殿こそ」

「私は大丈夫ですよ」


 【郭嘉】は笑った。

 そう言いながら、わずかに咳き込む。


「……失礼」

「【郭嘉】殿、体調が悪いのでは?」

「少し疲れているだけです」


 【郭嘉】は軽く手を振った。


「ここまで来ると、休む暇もありませんから」


 そう言って、何事もなかったように話を続けた。

 【田疇】は黙って【郭嘉】を見る。

 以前会った時より、顔色が悪い。

 それでも、この男は仕事を止めるつもりがないらしい。


「白狼山では、危ないところでしたね」

「助けていただきました。」

「【張遼】殿に礼を言っておくとよいでしょう」

「そうします」


 短く言葉を交わした後、【郭嘉】は表情を改めた。


「ところで、【田疇】殿」

「はい」

「今回の働きについて、【曹操】様が大変高く評価されています」


 【田疇】は黙って聞いた。


「北方の道を知り、軍を導き、柳城まで到達するために大きな役割を果たした。功は十分でしょう」

「……そうですか」

「そこで、褒賞の話があります」


 【郭嘉】が続ける。


「爵位を与えることを考えておられます。また、封邑についても――」

「お断りします」


 即答だった。

 【郭嘉】が目を瞬かせる。


「……まだ最後まで話していませんが」

「申し訳ありません」


 【田疇】は頭を下げた。


「ですが、爵位も封邑も必要ありません」

「なぜです?」

「私が欲しいものではないからです」


 【郭嘉】はしばらく【田疇】を見ていた。


「これほどの功を立てても?」

「功を立てるために来たわけではありません」


 【田疇】は静かに答えた。


「必要だったから、道を示しただけです」

「なるほど」


 【郭嘉】は腕を組んだ。


「では、何か望みはありますか?」


 【田疇】は少し考えた。


「あります」


 【郭嘉】が眉を上げる。


「何でしょう?」

「道です」

「道?」

「無終から北へ抜ける道について、私に任せていただきたい」


 【田疇】は続けた。


「軍が使った道を、そのまま捨てるのは惜しい。戦が終われば交易にも使えます」

「道を維持するための人手や費用が必要になるでしょう」

「そのあたりを、私に任せていただければ」

「あなた自身が管理するつもりですか?」

「必要なら」


【郭嘉】は少し考えた。


「正式な役目をいただく必要はありません。

 ただ、道を整えることについて、邪魔をされなければ十分です」


【郭嘉】は少し考えた。


「……あなたらしいですね」

「正式な役目をいただく必要はありません。

 ただ、道を整えることについて、邪魔をされなければ十分です」

「分かりました。その程度なら、私から話しておきましょう」

 【郭嘉】は頷いた。


「その考えは、【曹操】様にもお伝えしましょう」

「ありがとうございます」


 しばらくして、【郭嘉】がふと思い出したように口を開いた。


「そういえば、戦場から逃れた者たちについてですが」

「はい」

「【袁尚】と【袁熙】が逃げたようです」


 【田疇】の表情がわずかに変わった。


「まだ生きているのですか」

「ええ」


 【郭嘉】は頷いた。


「二人とも遼東へ向かったようです。おそらく【公孫康】を頼るつもりでしょう」

「……そうですか」

「遼東まで逃げれば、こちらもすぐには手を出せません」


 【田疇】は黙っていた。

 【袁尚】は逃げおおせた。

 ただ、大勢は決したと判断されたのだろう。



 郭嘉の下を去った二人は陣営の外を散歩していた。


「戦は、まだ続くのですね」


 【微】が後ろから呟いた。


「そうかもしれません。

 しかし、戦うことと、行き来することは別だ」


 【微】が【田疇】を見る。


「別?」

「ああ」


 【田疇】は柳城の外へ目を向けた。


「戦う相手とも、戦わない時まで敵である必要はない」


 【微】はしばらく黙っていた。

 白狼山で【蹋頓】と戦った。

 その結果、【張遼】によって【蹋頓】は討たれた。

 【田疇】はそれを否定しない。

 戦場で刃を向けられた以上、戦うしかなかった。

 だが、それと北方の人々と行き来することは別の話だった。


「だから、道を残したいの?」

「そうだ」


 【田疇】は答えた。


「戦が終われば、人はまた暮らしていく。

 ならば、行き来できる道があった方がいい」


 【微】は静かに頷いた。


「……あなたらしいね」


「何がだ?」


「戦うことも、戦った後のことも、分けて考えてる」


 【田疇】は少しだけ考えた。


「どちらも必要だからな」


 二人は並んで歩き出した。

 柳城には、まだ戦の跡が残っている。

 だが、北へ続く道もまた残っている。

 【田疇】にとって、それは戦のためだけに拓いた道ではなかった。

 いつか、人と物が行き交う道になる。

 戦が終わった後も、人々が北と南を行き来できる道になる。

 その先に何が生まれるのかは、まだ分からない。


 ただ、道がある限り、人は歩いてくる。


 【田疇】はそう思いながら、柳城の外へ目を向けた。

と言うことで白狼山の戦い終わりです。


【田疇】は無条件の博愛を選ぶ理想郷主義者ではなく、

敵対してきた者は排除する事を選ぶ現実主義者でもあると言う事です。


【田疇】が爵位『都亭候』を受け取らなかった理由は何?

と言う疑問がありますが、これが一つの回答になればいいなと。

道の管理。裏では徴税だって出来る。

半ば地方自治権要求しているので、史書に書きにくいですよね、と言う解釈。

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