199年①微、縁を選ぶ
春。
村には、いつものように春が来ていた。
畑では土を耕す音が聞こえ、家々からは朝の煙が上がっている。
子供たちは水を運び、大人たちはそれぞれの仕事に取りかかっていた。
【微】も、いつものように厩へ向かった。
馬に水をやり、飼葉を入れる。
首を撫でてやると、馬が小さく鼻を鳴らした。
「おはよう」
【微】は笑った。
その声を聞きつけたのか、近くから子供が走ってくる。
「【微】! 今日、馬に乗っていい?」
「仕事が終わってからね」
「約束してくれる?」
「うん、約束する」
子供は嬉しそうに走っていった。
【微】はその背中を見送った。
こういう朝も、もう珍しくない。
村へ来た頃は、朝起きるたびに「今日は何をしよう」と考えていた。
今では違う。
朝になれば仕事がある。
馬の世話をする。
村の人に頼まれれば手伝う。
子供たちが来れば相手をする。
そして夕方になれば、庵へ戻る。
そんな日々が、自然になっていた。
昼過ぎ。
【微】は村の女たちと一緒に、畑の端で休んでいた。
「そういえば、【微】」
「何?」
「去年、縁談がいくつかあっただろう?」
「……あったね」
「その後、どうなったんだい?」
「どうもなってないよ」
【微】は苦笑した。
「どの人も悪くなかったんだけど」
「だったら、どうして断ったんだい?」
「分からない」
【微】は少し考えた。
「一緒に暮らしてるところを想像しても、違う気がしたの」
「そういうものかねえ」
「そういうものじゃない?」
女たちは顔を見合わせて笑った。
「じゃあ、誰か好きな人でもいるのかい?」
「……」
【微】の手が止まった。
「どうしてそうなるの?」
「顔に出てるよ」
「出てないよ」
「出てる出てる」
【微】は困ったように笑った。
「……いるかもしれない」
女たちが一斉に【微】を見る。
「誰だい?」
「言わない」
「なんだい、つまらないねえ」
【微】は笑った。
けれど、自分の胸の中には、もう答えがあった。
夕方。
仕事を終えた【微】は、庵へ向かっていた。
途中で足を止める。
庵の前には【田疇】がいた。
いつものように書物を読んでいる。
その姿を見ると、【微】は少しだけ笑った。
「【田疇】さん」
「何だ?」
「ちょっと話があるんだけど」
【田疇】は書物を閉じた。
「何だ?」
【微】は少し迷った。
何度も考えた。
縁談を受けたこと。
相手と話したこと。
それでも心が動かなかったこと。
そして、自分が何を求めていたのかに気づいたこと。
答えは、ずっと近くにあった。
「私ね」
【微】は【田疇】を見る。
「結婚するなら、【田疇】さんがいい」
【田疇】は黙った。
【微】は少し不安になる。
「……驚いた?」
「ああ」
「やっぱり?」
「それは驚くだろう」
「そうよね」
【微】は苦笑した。
「でも、ずっと考えてたの」
【田疇】は何も言わない。
「私、ここで暮らすのが好き」
【微】は村の方を見る。
「村の人たちも好き。
馬も好き。
毎日の仕事も、嫌じゃない」
そして、もう一度【田疇】を見る。
「それに、【田疇】さんがいる」
「……」
「何年も一緒にいるでしょう?」
「ああ」
「だから、これからも一緒にいたい」
【田疇】はしばらく黙っていた。
やがて、静かに尋ねる。
「本当に、それでいいのか?」
「うん」
「よく考えたのか?」
「考えた」
「後悔しないか?」
【微】は少し笑った。
「それは分からない」
「分からないのか」
「だって、先のことなんて誰にも分からないでしょう?」
【微】は肩をすくめた。
「でも、今は【田疇】さんと一緒にいたい」
【田疇】は【微】を見つめた。
しばらくして、小さく息を吐く。
「……そうか」
「それだけ?」
「ああ」
「もう少し何かないの?」
「何を言えばいい?」
「知らないよ」
【微】は笑った。
【田疇】も、ほんの少しだけ笑った。
「私も、お前といるのは悪くないと思っている」
「悪くない、なの?」
「随分と贅沢になったな」
「だって、結婚する話でしょう?」
【田疇】は苦笑した。
「……そうだな」
【微】は少しだけ頬を赤くした。
「じゃあ、決まりね」
「何がだ?」
「私たち、これからも一緒にいるの」
「そういうことになるな」
【微】は嬉しそうに笑った。
「よかった」
その声は、いつもの明るい声だった。
少し離れたところから、村の子供たちがこちらを見ていた。
「【微】、何してるのー?」
「何でもない!」
「馬はー?」
「今日はもう終わり!」
「えー!」
子供たちが騒ぐ。
【微】は笑った。
「ほら、【田疇】さん。行こう」
「どこへだ?」
「夕飯」
「まだ時間があるだろう」
「でも、お腹空いた」
「お前はいつもそうだな」
「いいでしょう?」
【微】は先に歩き出した。
【田疇】もその後を追う。
村では、いつものように人々が暮らしている。
誰かが働き、
誰かが笑い、
誰かが誰かを助けている。
特別なことは何もない。
ただ、【微】にとっては一つだけ違っていた。
これから先も、この日々を誰かと一緒に過ごしていく。
その相手を、自分で選んだ。
それだけで、十分だった。
これから先も、この日々が続いていけばいい。
【微】はそんなことを思いながら、【田疇】の隣を歩いていた。
うーん、壊したい。田疇が何もしていなさ過ぎて逆に何かさせたい。
ただ、村で本読んでるだけだもん。
三国志武将の中でも屈指のスローライフ系主人公なんですが。




