198年③微、身近な縁に気づく
秋。
村では、冬支度が始まっていた。
【微】は厩で馬の世話をしながら、ぼんやりと考えていた。
夏から何度か縁談があった。
どの相手も悪くなかった。
働き者で、真面目で、家族を大切にしている。
村の女たちが勧めるのも分かる。
けれど、どうしても「この人と一緒に暮らしたい」とは思えなかった。
「……何が足りないんだろう」
馬の首を撫でる。
「顔?」
馬が鼻を鳴らした。
「違うよね」
【微】は苦笑した。
「お金?」
また鼻を鳴らす。
「それも違うか」
しばらく考えてから、【微】は小さく呟いた。
「やっぱり、一緒にいて楽しいかどうかかな」
そう言って、ふと手を止めた。
一緒にいて楽しい。
困った時には頼れる。
自分も、その人を助けたいと思える。
何でも話せる。
そんな相手。
「……あれ?」
【微】は顔を上げた。
頭の中に、ある人物の顔が浮かんだ。
「いやいや」
【微】は首を振る。
「違うでしょう」
そう言いながらも、一度浮かんだ顔は消えなかった。
昼過ぎ。
【微】は村の道を歩いていた。
子供たちが声をかけてくる。
「【微】、馬は?」
「あとでね」
「約束だよ!」
「分かった」
笑って手を振る。
少し進むと、今度は村の女から声をかけられた。
「【微】、薪を運ぶのを手伝っておくれ」
「いいよ」
【微】は薪を抱えた。
以前なら、こうして頼られることも少なかった。
今では、村の中で自分の役割がある。
馬のことなら【微】に聞けばいい。
交易のことなら【微】が詳しい。
子供たちの相手も、いつの間にか【微】の仕事になっていた。
そのことを考えながら歩いていると、庵の前に【田疇】がいるのが見えた。
書物を広げている。
「【田疇】さん」
「何だ?」
「何してるの?」
「見れば分かるだろう」
「書物を読んでる」
「ああ」
「じゃあ聞いて」
「何をだ?」
【微】は薪を下ろした。
「結婚って、何が一番大事だと思う?」
【田疇】の手が止まった。
「……突然だな」
「夏からずっと考えてたの」
「そうか」
「働き者で、真面目で、悪い人じゃない。それだけじゃ駄目なんだって」
【田疇】は黙って【微】を見る。
「一緒にいて楽しいとか、困った時に頼れるとか、自分も助けてあげたいとか」
「なるほど」
「そういう人がいいんだって」
「それで?」
【微】は答えようとして、口を閉じた。
【田疇】がいる。
何年も一緒に暮らしている。
困った時には、いつも助けてもらった。
分からないことがあれば教えてくれた。
何かあれば相談した。
そして、自分も何度も【田疇】の手伝いをしてきた。
村に来たばかりの頃は、ただの「昔会った旅人」だった。
今は違う。
朝になれば顔を合わせる。
夕方になれば「ただいま」と言える。
何も話さない日もある。
それでも、隣にいることを不思議に思わない。
「……【田疇】さん」
「何だ?」
「私たちって、ずっと一緒にいるよね」
「そうだな」
「楽しいよね」
「お前が騒がしいだけだ」
「ひどい」
【微】は笑った。
けれど、その笑顔が少しだけ変わった。
「……困った時、頼りになるよね」
「それはお前が何かと面倒を起こすからだろう」
「私だって、【田疇】さんのこと手伝ってるよ」
「そうだったな」
【田疇】が小さく笑う。
【微】も笑った。
その瞬間だった。
胸の中にあったものが、すっと繋がった。
春に考えたこと。
夏に受けた縁談。
そして、ずっと自分が求めていたもの。
「……あ」
【微】は呟いた。
「どうした?」
「ううん」
【微】は【田疇】を見つめた。
今まで何度も見てきた顔だった。
なのに、初めて見るような気がした。
「……そういうことだったんだ」
「何がだ?」
「分かった」
「何が?」
【微】は答えなかった。
ただ、少し恥ずかしそうに笑った。
「何でもない」
「そうか」
【田疇】は再び書物へ目を戻した。
【微】はその横に座った。
しばらく黙っている。
けれど、いつもなら気にならない沈黙が、今日は妙に意識された。
「ねえ」
「何だ?」
「もし、私が結婚するとしたら」
【田疇】が顔を上げる。
「ここを離れなくちゃいけないのかな」
「相手次第だろう」
「……そうだよね」
【微】は少し考えた。
「だったら、ここに残れる人がいいな」
「そうか」
「うん」
【田疇】はそれ以上何も言わなかった。
【微】も、それ以上は言わなかった。
ただ、隣に座っている。
それだけだった。
夕方。
【微】は厩へ向かった。
馬に水をやりながら、何度も考える。
「……私、【田疇】さんが好きなのかな」
口に出してみると、顔が少し熱くなった。
「今さら?」
馬が鼻を鳴らす。
「そうだよね」
【微】は苦笑した。
「ずっと一緒にいたのに」
けれど、今までそんなふうに考えたことはなかった。
【田疇】は【田疇】だった。
自分より物知りで、少し変わっていて、何かと自分を心配してくれる人。
それ以上でも、それ以下でもないと思っていた。
けれど、違った。
いつの間にか。
自分が帰る場所の中に、【田疇】がいる。
村の暮らしの中に、【田疇】がいる。
これから先を考えた時にも、【田疇】がいる。
「……そっか」
【微】は馬の首を撫でた。
「私、ずっと近くにいる人を探してたんだ」
遠くへ行って探す必要なんてなかった。
すでに、すぐそばにいた。
ただ、自分が気づいていなかっただけだった。
夜。
庵に戻ると、【田疇】が灯りの下で書物を読んでいた。
「ただいま」
「ああ。おかえり」
いつもの言葉。
いつもの声。
【微】は少しだけ笑った。
「ねえ、【田疇】さん」
「何だ?」
「……ううん。何でもない」
まだ、言わない。
自分の中で、もう少しだけ確かめたかった。
ただ一つだけ分かったことがある。
【微】はもう、遠くに縁を探す必要はなかった。
自分が帰ってきたいと思う場所。
そこにいる人。
その二つは、いつの間にか同じものになっていた。
外では、秋の風が松の枝を揺らしていた。
偶然の出会いと因果の巡り。
【微】が自分の居場所と幸福に気づく話。
198年【呂布】が死ぬときに何やっているんでしょうね?




