199年②微、家族になる
夏。
村では、朝からいつもより人の出入りが多かった。
【微】は庵の前で、髪を整えていた。
「……こんなにする必要ある?」
「あるよ」
村の女が答える。
「今日はお前の日なんだから」
「でも、いつもと同じ服でしょう?」
「それでもだよ」
【微】は少し照れながら笑った。
豪華な婚礼ではない。
大きな宴を開くわけでもない。
ただ、村の人々が集まり、食べ物を持ち寄り、二人の結婚を祝う。
それだけだった。
けれど、【微】にとっては十分だった。
少し離れたところでは、【田疇】が村の男たちと話をしている。
「田疇さんも、なんだか落ち着かないね」
「そう?」
「ああ見えて、少し緊張しているんだろう」
「そうは見えないけど」
【微】は笑った。
しばらくして、村の者たちが集まってきた。
「じゃあ、始めようか」
誰かがそう言った。
特別な儀式があるわけではない。
二人が並び、皆の前でこれから夫婦として暮らしていくことを確かめる。
それだけだった。
「これからも、よろしくお願いします」
【微】が頭を下げる。
【田疇】も同じように頭を下げた。
「こちらこそ」
その言葉を聞いて、【微】は顔を上げた。
村の人々が笑っている。
子供たちは何がそんなに面白いのか、二人の周りを走り回っていた。
「【微】!」
「何?」
「今日から【田疇】さんと一緒に暮らすの?」
「そうよ」
「じゃあ、ずっとここにいる?」
「たぶんね」
「やった!」
子供たちが喜ぶ。
【微】は思わず笑った。
「何であなたたちが喜ぶの?」
「だって、馬に乗せてくれるでしょう?」
「そっちなの?」
周囲から笑い声が上がった。
【微】も笑った。
何も特別なことはない。
いつもの村だった。
ただ一つ違うのは、今日から【微】と【田疇】が夫婦になったということだった。
昼。
皆で食事を囲んだ。
肉があり、野菜があり、酒も少しだけあった。
【微】は村の人々に次々と声をかけられた。
「おめでとう」
「ありがとう」
「これで本当に村の人だね」
「今までも村の人だったでしょう?」
「そうだったね」
女たちが笑う。
【微】も笑った。
ふと、隣を見る。
【田疇】はいつものように静かに食事をしていた。
「ねえ」
「何だ?」
「何も変わらないね」
「何がだ?」
「今日から夫婦になったのに」
【田疇】は少し考えた。
「そうだな」
「朝も馬の世話をして、村の仕事をして、夕方にはここへ戻ってくる」
「ああ」
「昨日までと同じ」
「それなら、悪くないだろう」
「うん」
【微】は笑った。
「私もそう思う」
夕方。
人々が帰り、村が静かになっていく。
【微】はいつものように厩へ向かった。
馬に水をやり、飼葉を入れる。
最後に首を撫でた。
「今日からもよろしくね」
馬が鼻を鳴らした。
「分かってるって」
【微】は笑った。
厩を出る。
庵へ戻る道を歩いていると、【田疇】が待っていた。
「遅かったな」
「馬の世話をしてたの」
「そうか」
二人で並んで歩く。
【微】はふと尋ねた。
「ねえ、【田疇】さん」
「何だ?」
「家族って、こういうものなのかな」
「どういうものだ?」
「一緒に仕事して、一緒にご飯を食べて」
少し考える。
「帰ってきたら、誰かがいる」
「そうだな」
「それだけ?」
「それで十分じゃないか」
【微】は黙った。
それから、小さく笑った。
「……そうかもね」
二人はそのまま庵へ向かった。
夜。
【微】は庵の中を見回した。
以前は、ここにいること自体が仮のものだった。
故郷へ帰ることもできた。
別の場所へ行くこともできた。
けれど、今は違う。
自分の衣服がある。
使い慣れた道具がある。
毎日使う器がある。
そして、すぐ隣には【田疇】がいる。
「……本当に、家族になったんだね」
【微】が呟く。
「そうだな」
【田疇】が答える。
「何だか変な感じ」
「そうか?」
「うん。でも、嫌じゃない」
【微】は笑った。
「むしろ、嬉しい」
【田疇】は何も言わなかった。
ただ、静かに頷いた。
外では、村の人々がそれぞれの家で眠りにつこうとしている。
誰かの家では、子供がまだ眠らずに騒いでいる。
誰かの家では、明日の仕事について話している。
いつもの村。
いつもの夜。
その中に、微の暮らしもある。
草原から来た少女は、もういない。
旅をしていた交易の女も、少しずつ遠い昔になっていた。
今の【微】は、この村で働き、笑い、誰かと食事をし、帰ってくる。
そして今日からは、その「誰か」が家族になった。
【微】は灯りを消した。
「おやすみ、あなた」
「ああ。おやすみ」
静かな夜だった。
それ以上、何も起こらなかった。
だからこそ、その日々は幸せだった。
結婚。
まぁ、都合のいい存在です、田疇。
隠居で戦乱無関係、異民族交流ある、平穏。




