↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風見鶏通り17番地、今日も魔法日和  作者: リタイアルーキー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
85/87

第85話 赤と青のすきま

星冠暦826年・霜降月4日・水耀日

 西門初等学院の午後の授業が終わったとき、フィンは窓の外に広がる青空を見て、少しだけ得をした気分になった。

 前日の雨を思わせる湿り気はまだ石畳の隅に残っていたが、校庭の土はもう歩ける程度に乾いている。木々の枝先には黄色い葉がいくつか揺れ、風が吹くたびに一枚、また一枚と落ちていた。

「フィン、少し遊んでいかない?」

 帰り支度をしているところへ、同じ学年の子が声をかけてきた。

 相手が持っているのは、赤と青の細長い布をそれぞれ短い木の棒へ結んだ、小さな旗だった。午後の活動で目印に使ったもので、片づける前に担当の教員から短時間だけ借りる許可をもらったという。

「何するんだ?」

「この二つ、風だけで先っぽをくっつけてみない?」

「棒を動かさずに?」

「そう。それが面白そうなんだ」

 相手は赤い旗を持ち上げた。柔らかな布は、棒から力なく垂れ下がっている。

「フィン、弱い風の魔法なら使えるだろ?」

「うん。でも、ほんとに弱いやつだぞ」

「僕はこっちで扇ぐから」

 相手は鞄から、折り畳んだ厚紙の扇を取り出した。

 フィンは思わず笑った。

「魔法と普通の風で勝負?」

「勝負じゃないよ。二つとも真ん中に来なきゃ駄目なんだから」

「それもそうか」

 二人は教員と場所を確かめてから、校庭の端にある平らな場所へ移動した。活動で使われた二つの低い木台を並べ、棒をそれぞれの差し込み口へ固定する。揺すっても倒れないことを確かめ、旗の先が向かい合うように布の向きを整えた。

 棒と棒の間は、二枚の布が横へまっすぐ伸びたとき、先端がようやく重なるほどの距離にした。

 赤の左側にフィン、青の右側にもう一人。

 二人とも旗の動く範囲へ手を入れずに済む位置へ下がった。近くでは教員がほかの片づけをしながら、こちらにも目を配っている。

「じゃあ、赤からいくぞ」

 フィンは手をかざした。

 以前、雨に濡れた上着を乾かしたときと同じ、短距離の弱い送風魔法である。手元から一歩ほどの範囲へ、布を揺らす程度の風を送る。魔力を流している間だけ働き、止めれば風も止まる。

 ふわり。

 赤い布が持ち上がった。

「おっ、いい感じ!」

 相手が紙の扇を動かす。

 青い布も持ち上がり、赤へ向かって伸びていった。

 二つの先端が近づく。

 あと、指一本ほど。

 ところが、その瞬間。

 ぱたっ。

 赤い布がくるりと裏返り、先端が上へ逃げてしまった。

「あれっ!」

「赤が逃げた!」

 青も少し遅れて横へ曲がり、結局二枚とも真ん中から離れてしまう。

 フィンが魔力を止めると、赤い布は静かに垂れ下がった。相手も扇ぐのをやめ、青が元の位置へ戻るのを待つ。

「惜しかったな」

「もうちょっとだったのに」

 二人は顔を見合わせて笑った。

 今度は赤が浮くのを待ってから、青を動かした。

 フィンは指先を少し横へ向け、布の広い面に風が当たるようにする。赤はさっきより素直に真ん中へ伸びた。

「いいぞ、そのまま!」

 青い布が近づいてくる。

 ところが相手が扇を大きく動かした途端、青の先端がふわっと持ち上がった。

 ぺしっ。

 青い布が赤の真ん中を軽く叩く。

「あっ、当たった!」

「先っぽじゃないだろ!」

「でも当たった!」

「それはそうだけど!」

 赤は横へ押され、青も勢いを失って垂れ下がった。

 二人とも、もう笑っている。

「今のは青の勝ちだな」

「勝負じゃないって言ったの、そっちだろ」

「じゃあ、青が一回当たった」

「先っぽ以外ならな」

 相手は紙の扇を見下ろし、少し考えた。

「もう一回、先っぽでやろう」

「いいよ」

 三度目は、赤が上へ逃げすぎた。

 四度目は、青が早く曲がってしまった。

 五度目には、両方とも真ん中へ来たのに、先端だけが上下にすれ違った。

「なんでそこだけ避けるんだよ!」

 フィンが思わず声を上げると、相手は笑いすぎて扇を下ろした。

「旗に言っても分かんないって!」

 もちろん、赤も青も人の声を聞いて動くわけではない。風が当たったところで膨らみ、向きが変われば曲がる。二人が真ん中へ来てほしいと思っていても、布はそんなことを知らない。

 けれど、フィンはそのことを少しも残念に思わなかった。

 赤が思いがけず上を向くたび、青が追いかけるように曲がる。二枚がうまく重ならないからこそ、次はどうなるのか見たくなる。

「なあ、今度は俺が少し先に浮かせるからさ」

 フィンが言った。

「青は、赤の先を見てから来てみて」

「分かった。でも、ゆっくりしか扇げないよ」

「それでいいって」

 フィンは手のひらを赤い布へ向けた。

 弱い風が通る。

 赤がふわりと伸び、先端が真ん中へ向かったところで、同じ強さを保つ。

 相手が小さく扇いだ。

 青が上がる。

 途中で一度下がったが、次の風を受けると、また持ち上がった。

「もうちょっと」

「うん」

 二人の声が、いつの間にか小さくなっていた。

 赤い先端が揺れる。

 青が近づく。

 ほんの一瞬、二つの布の先が触れた。

「あっ!」

 声を上げたのは同時だった。

 けれど、それで終わらなかった。

 青い布の端が赤の下側へ潜り込み、次の風でくるりと折れ返った。赤もそれにつられて曲がり、二枚の先端が軽く絡まる。

 赤と青が真ん中で一つになり、風を受けてふるふると震えていた。

「くっついた!」

「くっつきすぎた!」

 フィンが送風を止め、相手も扇を下ろした。

 風がなくなると、絡まった布は二本の棒の間へ垂れ下がった。

 赤と青が互い違いに見える、妙な形である。

「……何これ」

 相手が尋ねた。

 フィンは少し首を傾げた。

「魚?」

「魚?」

「赤と青の、尻尾が二つある魚」

「頭は?」

「ない」

 相手が吹き出した。

「それ、魚じゃないじゃん!」

 フィンも笑った。

「じゃあ、蝶」

「羽が細すぎるよ」

「じゃあ、二本の紐!」

「もう見たまんまだって!」

 二人はとうとう、まともに立っていられないほど笑い始めた。

 ようやく息を整えたところで、相手が言った。

「これ、どうやってほどく?」

 フィンは絡まった布を見た。

「風を止めたから、普通に手でできるだろ。先生に片づけるって言おう」

 教員へ声をかけ、二人は棒の間へ近づいた。

 絡まり方は見た目ほど複雑ではなかった。青の端を一度持ち上げ、赤の下から抜くと、二枚はあっさり離れた。

 それぞれの棒へ戻した布には、皺が少し残っている。

「なんか、すぐ戻ったな」

 相手が言う。

「まあ、布だからな」

 フィンは答えてから、もう一度赤と青を見比べた。

 さっきまで真ん中で一つになっていたのに、今は別々に垂れ下がっている。

 その様子を見ていると、もう一度だけ遊びたくなった。

「なあ、最後にもう一回やらない?」

 相手が教員の方を見た。片づけの時間はもう近い。

「今度は、くっつけるんじゃなくてさ」

 フィンは二枚の布を指さした。

「すれ違うだけでもいいから、一回だけ動かそう」

 相手は少し意外そうな顔をした。

「それじゃ、さっきまでと同じじゃない?」

「うん。でも、それが面白かっただろ」

 相手は赤い布を見て、それから青を見た。

「……じゃあ、一回だけ!」

 二人は再び元の位置へ戻った。

 赤が浮く。

 青が伸びる。

 二つは真ん中で近づき、今度は触れることなく上下にすれ違った。

 それだけだった。

 けれど、二人はまた笑った。

「ほら、逃げた!」

「そっちもだろ!」

 フィンが魔力を止め、相手も紙の扇を畳んだ。

 教員に声をかけられる前に、今度こそ片づけ始める。旗を棒から外し、赤と青をそれぞれ折り畳んだ。木台と棒も所定の場所へ戻し、借りたものをすべて教員へ返した。

 校庭には、二本の旗があった跡さえ残らなかった。

 門へ向かう途中、相手がぽつりと言った。

「結局、最初に言ったことはできたんだよね」

「先っぽをくっつけるやつ?」

「うん」

「できた。絡まったけど」

 二人は笑った。

「でも、最後のもよかったな」

「うん。何もくっつかなかったけどね」

 校門のところで、二人はそれぞれの帰り道へ別れた。

 フィンは外套の袖へ手を入れ、少し冷たくなった風の中を歩いた。指先にはもう魔法を使った感覚は残っていない。それでも赤い布が裏返ったところや、青が横から叩いたところを思い出すと、つい笑ってしまう。

 風見鶏通り17番地へ戻ると、オスカーが店先で棚の品物を整えていた。

「おかえり。今日は少し遅かったな」

「校庭で遊んでた」

「何して?」

「風で旗を動かすやつ」

 オスカーは作業の手を止めた。

「風の魔法を使ったのか?」

「うん。前に上着を乾かしたときの、弱いやつ」

 フィンは少し笑った。

「今日は乾かさなくてよかったから、ただ旗を動かしたんだ」

「それで、うまく動いたか?」

「うん。変な方向にもいっぱい動いた」

 オスカーが首を傾げる。

「それは、うまく動いたのか?」

「うん!」

 あまりに楽しそうな返事だったので、オスカーも笑った。

 フィンは玄関へ入り、鞄を一枚背板の自分の位置へ預けた。背板はいつもどおり鞄を支え、何の騒ぎも起こさない。

 夕方、居間でその話を聞いたミアは、赤と青のどちらが勝ったのかをしきりに知りたがった。

「どっちも勝ってないよ」

「じゃあ、どっちがすごかった?」

「どっちも変だった」

「へんなのが、かったの?」

 フィンは答えに詰まり、エルナが横で吹き出した。

「フィン、結局どういう遊びだったの?」

「最初は先っぽをくっつけようとしたんだけどさ」

 話し始めると、校庭で見た赤と青がまた頭の中で動き始めた。すれ違ったところ、叩いたところ、絡まったところ。どれを話しても、ミアが違うところで笑うので、なかなか先へ進まない。

 リディアは夕食の支度をしながらその声を聞き、アルノも離れから来て、話の途中から笑い声に加わった。

 窓辺のルクスは、すでに何度目かになる赤と青の説明を黙って聞いていた。

 フィンが「それで青が、こう!」と腕を伸ばすと、ルクスは少しだけ首を引いた。赤い旗も青い旗も、とっくに学校へ返されている。なのにフィンの手は、まだ二枚を追いかけているらしい。

 ルクスは羽を一度だけ畳み直し、短く告げた。

「片づけたのは旗だけか。お前の話も、そろそろ畳んでおけ、フィン」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。