第61話 六本目にもう一息
星冠暦826年・紅葉月11日・陽耀日
ミアが目を覚まして最初にしたのは、自分の手を見ることだった。
布団の中から右手を出す。
指が五本。
左手も出す。
こっちも五本。
「……いっしょ」
昨日までと変わらない。
起き上がって足も見る。
やっぱり昨日と同じだった。
それでも寝室を出ると、台所にいたリディアがすぐに気づいた。
「おはよう、ミア。お誕生日おめでとう」
その一言で、ミアの顔が明るくなる。
「ろくさい?」
「六歳」
「もう?」
「もう」
ミアは確かめるように、自分の胸へ手を当てた。
「ここも?」
「どこもミアのままよ」
リディアが笑った。
食卓ではフィンが先にパンを食べていた。
「お、六歳」
「おにいちゃん、ミアかわった?」
「んー」
フィンが妹をじっと見る。
ミアも真剣な顔で見返した。
「昨日よりちょっと――」
「ちょっと?」
「六歳っぽい」
「ほんと?」
「適当なこと言わないの」
後から来たエルナが弟の頭を軽く小突いた。
「見た目は昨日と同じでしょ」
「でも六歳だよ?」
「年齢はね」
ミアは少し考え、それでいいらしいと納得して椅子へ座った。
*
午前のうちにアルノも母屋へやってきた。
「誕生日おめでとう、ミア」
「おじいちゃん、ミアろくさい!」
「知っとるとも」
「きのうはごさいだった」
「それも知っとる」
アルノの前でも、報告は必要だったらしい。
オスカーは店と工房の用事を少しだけ片づけ、そのあとは母屋へ戻っていた。
昼を過ぎるころ、台所ではリディアとエルナが丸い焼き菓子を仕上げている。
ミアは台の向こうから何度も覗いた。
「まだ?」
「まだ」
「もう?」
「まだ」
「ろくさいでも?」
「六歳でも待つの」
エルナに言われ、しぶしぶ居間へ戻る。
フィンが笑った。
「六歳、便利じゃないな」
「ごさいもべんりじゃなかったよ」
「そうか」
そこは反論できなかった。
やがて、果実を並べた焼き菓子が食卓へ運ばれてきた。
ミアは上を見て、すぐに首を傾げる。
「ろうそくは?」
「今から」
オスカーが答える。
するとミアは、昨日の庭を思い出したらしい。
「きょう、あかりろっこ?」
「工房のやつ?」
「うん」
「六つ出すことはできるぞ」
「ふーってできる?」
「いや。あれは火じゃないから、吹いても消えない」
ミアの顔がすぐに決まった。
「じゃあ、ろうそく!」
「早いな」
「ふーってするから」
昨日は五つの魔法の灯りを眺めた。
今日は、六つ光ればいいわけではないらしい。
自分で吹いて消したい。
リディアが六本の細い蝋燭を用意した。
一本ずつ焼き菓子へ立てるたび、ミアが声に出して数える。
「いち、に、さん、し、ご、ろく!」
六本。
昨日の灯りより一つ多い。
火をつけると、小さな炎が六つ並んで揺れた。
「あ」
ミアが椅子の上で背筋を伸ばす。
フィンが横から覗いた。
「今度こそ六個だぞ」
「みればわかる!」
「昨日は影まで数えてただろ」
「きょうは、ろうそく!」
「消す前に喧嘩しない」
エルナが笑いながら止める。
「してないよ」
「してない!」
声だけはきれいに重なった。
アルノも席へ着く。
オスカーとリディアがミアを見る。
窓辺には、いつの間にかルクスもいた。
賑やかな食卓から少し離れ、白い身体を落ち着けている。
「じゃあ、ミア」
リディアが言った。
「どうぞ」
ミアは六つの炎を見つめた。
大きく息を吸う。
頬が膨らむ。
ふうっ。
六つの炎が大きく傾いた。
一つ。
二つ。
三つ。
四つ。
五つ。
細い煙へ変わる。
「……あ」
六本目だけが残った。
食卓の端に近い一本が、頼りなく揺れながらも燃えている。
ミアは口を丸くしたまま見つめた。
フィンも何も言わない。
ほんの一拍だけ、食卓が静かになる。
「いっこいる」
「いるね」
エルナが答えた。
「ろくさいなのに」
「六歳だと一息で六本消える決まり、あったっけ?」
オスカーが聞く。
ミアは考えた。
「……ない?」
「父さんは聞いたことないな」
アルノも髭を撫でる。
「わしも知らんのう」
ミアはもう一度、残った炎へ向き直った。
息を吸う。
今度は小さく、
「ふっ」
炎が消えた。
一本だけ遅れて、細い煙が立ち上る。
「ぜんぶ!」
ミアが両手を上げた。
フィンが笑い、エルナも続いた。
リディアは煙が落ち着くのを待って蝋燭を抜き、オスカーは六本をまとめて端へ寄せる。
「二回だった」
フィンが言った。
「けしたからいいの!」
「そうだな」
今回は、それで十分だった。
*
焼き菓子を切り分けると、蝋燭が二息だったことはすぐ二番目になった。
ミアは自分の皿を食べながらアルノの分を覗き、フィンの果実の大きさを確かめ、エルナに「そっちのほうがおおきい」と言って否定されていた。
六歳になっても、朝に見た手は同じだった。
声も同じ。
食べ方も、気になるものも、昨日と大して変わらない。
ただ今日は、自分で「六歳」と言うたび、家族がそのまま受け取ってくれる。
午後には庭へ出た。
昨日の五つの灯りはなく、工房用の照明はいつもの場所へ戻っている。
石段も庭も普段どおりだった。
ミアはしばらく遊び、疲れると居間へ戻った。
大きな膝掛けの端へ座り、そのうちリディアの横へ寄りかかる。
「ろくさいでも、ねむい」
「眠いでしょうね」
「ごさいのときも、ねむかった」
「それはそうよ」
ミアは納得したように目を閉じかけた。
けれど窓辺の白い姿に気づくと、また少しだけ身体を起こす。
「ルーちゃん」
ルクスが片目を向けた。
「ミア、ろくさいだよ」
朝から家族へ何度も繰り返した報告だった。
ルクスはしばらく黙っている。
それから、いかにも仕方がないという顔で翼へ嘴を入れた。
「知ってる。朝から何回目だ。……今日くらいは、好きなだけ言ってろ」




