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風見鶏通り17番地、今日も魔法日和  作者: リタイアルーキー


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53/87

第53話 縫い目のある膝掛け

 星冠暦826年・紅葉月3日・土耀日

 紅葉月最初の土耀日は、朝から足元へ冷たさが残っていた。

 寒い、と言うほどではない。

 けれど夏には気持ちよかった庭からの風が、今日は戸口を抜けるたび、床に近いところだけを少し冷やしていく。

 朝の買い物から戻ったリディアは、食料の包みとは別に二枚の毛織布を抱えていた。

 どちらも一人の膝へ掛けるなら十分な大きさだったが、居間で何人かが一緒に使うには心許ない。色味もよく似ていて、並べて初めて片方が少し明るいと分かる程度だった。

 リディアが二枚を食卓へ広げると、ミアがすぐに椅子から身を乗り出した。

「これ、なに?」

「膝掛けにしようと思って」

「ふたつ?」

「今はね」

 二枚の長い辺を寄せる。

「ここを縫えば、大きな一枚になるでしょう?」

 ミアは合わせたところを指でなぞった。

「くっつく?」

「そう」

 その指が止まり、今度は居間の壁へ向いた。

 そこには「おえかきのおうち」が掛かっている。

「これみたいに、もどる?」

 古い小物掛けの一部には、今も昔の形を覚えた術式が残っている。

 夏にそこへ新しい布を足したとき、古い縫い目が元の形へ戻り、新しく縫ったところまで一緒に引かれたことがあった。

 リディアも同じ方を見た。

「ううん。今日は、そういう術式の残っていない普通の布にしたの」

「なんで?」

「膝掛けは、毎回同じ形じゃないもの。畳んだり、丸めたり、誰かが端を引っぱったりするでしょう?」

 ミアは想像したらしい。

 二枚の布を見てから、自分の身体へぐるぐる巻く真似をした。

「ミア、こうする」

「たぶんすると思った」

 それなら、昔の形へ戻ろうとしない方が都合がいい。

 リディアは糸箱を開いた。

 二枚の布に紛れそうな糸を探していると、隣から小さな手が一本を取り出す。

「これ!」

 布とはずいぶん違う、明るい色だった。

「それだと縫ったところが見えるわね」

「うん!」

「私は見えない方を探してたんだけど」

「なんで?」

 リディアは二枚の布を見た。

 色も完全には同じではない。

 一枚にしても、もともと二枚だったことは分かるだろう。

 少し迷ったあと、ミアが差し出している糸を受け取った。

「まあ、膝掛けだものね」

「これにする?」

「これにしましょう」

 ミアが満足そうに笑った。

 週休日の居間には、平日より人の気配が長く残っている。

 リディアが針を進めているあいだにも、フィンが水を取りに来て布を覗き、エルナは本を抱えて空いている椅子へ座った。オスカーも工房から戻るたび、食卓いっぱいに広がる毛織布へ目をやる。

「ずいぶん大きくなりそうだな」

「一人用を二枚買うより、こっちの方が居間では使いやすそうだったの」

「俺の分もある?」

 フィンが尋ねた。

「完成する前から取り分を決めるの?」

「先に決めた方が広いところ取れるかなって」

 ミアはすでに明るい方の布へ手を置いていた。

「ここミア!」

「ほら、遅かった」

「まだ一枚になってないでしょう」

 エルナが笑う。

 縫い目は、ゆっくりと二枚の間を伸びていった。

 急ぐ仕事ではない。

 針が布を抜ける音は小さく、庭からは乾き始めた葉の擦れる音がときどき入ってくる。

 ミアは最初こそ縫い目が長くなるところを熱心に眺めていたが、やがて待ちきれなくなった。

 まだ離れている側の布を膝へ掛ける。

「もうあったかい」

「そっちは縫わなくても膝掛けだからね」

「じゃあ俺こっち」

 フィンも反対側を少し持ち上げた。

「完成前から使わないの」

 リディアが言うと、二人ともいったん手を離した。

 その後もしばらく、布は食卓の上で少しずつ一枚になっていった。

 午後になってアルノが母屋へ来たころには、中央を走る明るい糸もかなり長くなっている。

「ほう。今日は裁縫か」

「ひざかけ!」

 ミアが答えた。

「こっちミア」

「まだ決まってないわよ」

 リディアがすぐ訂正する。

 フィンまで反対側を示した。

「じゃあ、こっち俺」

「だから決めてないって」

「なら、わしはどこじゃ?」

 アルノが面白がって尋ねた。

 ミアは布を見渡した。

 さっきまで十分広く見えていたのに、人数を置こうとすると急に足りなくなる。

「おじいちゃんは……」

 しばらく考える。

「ここ」

 示したのは中央の縫い目だった。

「細いのう」

「縦に長いぞ」

 オスカーが笑った。

「わしを寝かせるつもりか?」

 ミアも笑い出し、それで場所決めは曖昧になった。

 窓辺のルクスだけは、自分の取り分を尋ねなかった。

 広げられた毛織布へときどき目を向けているが、近づいては来ない。

 一度、リディアが縫う位置を変えるため布を大きく引いたとき、端が窓辺近くまで広がった。

 ルクスの片足が上がる。

 そのまま柔らかな布へ降りそうになったところで、リディアと目が合った。

「まだ針があるから駄目よ」

 白い足が元へ戻る。

「乗るとは言ってない」

「そうね」

「見ただけだ」

「分かったわ」

 ルクスは窓の外へ向き直った。

 夕方になる前、最後の針が布を抜けた。

 リディアは糸を留め、長く続いた縫い目を手のひらでならす。

 端を持って布を持ち上げると、もう片方も一緒についてきた。

 今度は途中で分かれない。

 二枚だった毛織布は、一枚の大きな膝掛けになっていた。

 とはいえ、境目が消えたわけではない。

 左右にはわずかな色の違いがあり、その間をミアが選んだ明るい糸が一本、まっすぐ走っている。

「できた!」

 ミアが声を上げた。

 フィンも縫い目へ目をやる。

「真ん中、すごい見えるな」

「ミアの糸だよ」

「知ってる」

 エルナが指先で境目を軽く撫でた。

「でも、こっちから持っても全部ついてくる」

 ミアがさっそく片側を持ち上げる。

 反対側までふわりと浮いた。

 それが面白かったらしく、今度は反対から持つ。

 やはり全部ついてくる。

「一まい!」

「一枚になったのよ」

 リディアは針と糸を片づけ始めた。

 縫い目を隠す飾りを足すことも考えなかった。

 夕食まではまだ少し時間がある。

 完成した膝掛けは、そのまま居間へ持っていかれた。

 昼間に誰がどちら側を使うと話していたかは、座ってしまえばすぐ曖昧になった。

 端を取った者が少し引けば全体が寄り、足を伸ばせば中央の縫い目も曲がる。色の境目は膝の上を斜めに走ったり、皺の中へ隠れたりした。

 ミアが「こっちだった」と明るい側を引き寄せれば、反対側まで一緒に動く。

 フィンが自分の足元を取り戻そうとすると、今度はエルナの膝の上で縫い目がずれた。

「引っぱりすぎ」

「だってミアが先に」

「ミアの!」

「一枚なんだろ?」

 言われて、ミアが止まる。

 自分でさっき「一まい」と喜んだばかりだった。

 少し考えたあと、布を取り返す代わりに、自分の足をフィンの側へ伸ばした。

「じゃあ、ここもミア」

「広がってきた」

 笑い声と一緒に、膝掛けもまた少し形を変えた。

 リディアがあとから腰を下ろすころには、昼間に決めた場所などもう残っていなかった。

 誰の側とも言いにくいところへ足を入れ、空いている端だけを取る。

 普通の毛織布は、それに逆らわなかった。

 丸めたところは丸まり、引かれたところは寄り、皺になったところにはそのまま皺が残る。

 窓の外が暗くなり始めたころ、ミアが水を飲みに立った。

 空いた場所へ、膝掛けがふわりと沈む。

 その瞬間、窓辺から白い翼が降りた。

 ルクスは床へ着くと、膝掛けの前でほんの一度足を止めた。

 左右を見比べたようにも見えたが、選んだのはどちらの色でもなかった。

 中央を走る縫い目の上へ歩き、そのまま身体を丸める。

 戻ってきたミアが目を丸くした。

「ルーちゃん、まんなか!」

 ルクスは目だけを開けた。

「空いてたから座っただけだ。……縫い目の上まで誰の場所か決めるな」


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