↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風見鶏通り17番地、今日も魔法日和  作者: リタイアルーキー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
48/87

第48話 三つの鞄が帰るころ

 星冠暦826年・収穫月28日・月耀日

 収穫月二十八日の朝、玄関脇には三つの鞄が並んでいた。

 壁際の一枚背板へ、エルナ、ミア、フィンの鞄がそれぞれ背を預けている。底は石床についたままなのに、肩紐が通路へ倒れてこない。それだけのことが、学校のある朝にはずいぶん便利だった。

 最初に支度を終えたエルナが、自分の鞄の上端を手前へ引いた。壁側へ預けられていた背がすっと離れ、底を持ち上げれば、あとはいつもの鞄である。

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 台所からリディアの声が返った。

 少し遅れてフィンも玄関へ来た。片方の靴を履いてから忘れ物に気づき、居間へ戻り、今度こそ鞄を背負って戸口へ向かう。

「俺も行ってきます」

「今日は二回目で出られたな」

 店へ回る支度をしていたオスカーが笑った。

「まだ忘れ物したって決まってないだろ」

「何を取りに戻った?」

「……筆箱」

「忘れ物じゃないか」

 フィンは聞こえないふりをして外へ出た。

 最後まで残っていた中央の鞄は、ミアのものだった。

 本人はその前にしゃがみ込み、口を開けて中を覗いている。

「ミア、きのうの絵もってく?」

「昨日の絵は店先にあるでしょう?」

 リディアに言われ、ミアは顔を上げた。

「じゃあ、もってけない」

「そうね」

 少し考えたあと、何を納得したのか大きくうなずき、鞄を背負う。

 リディアが差し出した手を握って、ミアも元気よく玄関を出ていった。

「いってきます!」

 三人分の声がなくなると、一枚背板の前だけが妙にすっきりした。

 朝の光が石床まで伸び、いつもなら鞄に隠れている板の下端までよく見える。

 オスカーは店へ入る前に玄関を振り返った。

「広いな」

 窓辺で羽づくろいをしていたルクスが、白い頭を上げる。

「玄関の話か?」

「ほかに何があるんだ」

「お前の店も、物を三つ減らせばそれくらい広くなる」

「朝から嫌なこと言うなよ」

 ルクスは返事をせず、また翼の間へ嘴を入れた。

 昼を過ぎても、背板の前はしばらく空いたままだった。

 この日はフィンが先に帰ってきた。

 勢いよく戸を開けかけ、足元の敷居を見て少しだけ速度を落とす。

「ただいま」

 鞄を肩から下ろして玄関脇へ置き、背を板側へ軽く押す。弱い保持が受け印を捉えると、鞄は石床へ底をつけたまま壁際へ収まった。

 朝には何もなかった場所へ、まず一つだけ戻った。

 フィンはそれを確かめることもなく、水を飲みに台所へ消えていった。

 しばらくして、戸口の向こうからミアの声が聞こえた。

「ただいまー!」

 今日はリディアが迎えに行ったらしい。二人で戻ってきたミアは、鞄より先に長いものを両手で抱えていた。

 細い紐へ、赤や黄色や青の小さな色紙がいくつも留めてある。三角の紙が歩くたびに揺れて、玄関へ入るころには半分ほどがミアの後ろをついてきていた。

 フィンが居間から顔を出す。

「何それ」

「はた!」

 ミアは得意そうに掲げた。

「ながいの!」

「それは見れば分かる」

 今日、幼年学舎で作ったものらしい。

 ミアは話しながら鞄を中央へ戻したが、飾りまで片づける場所は決めていなかった。考えた末に、紐の真ん中あたりを自分の鞄の持ち手へ掛ける。

 左右へ余った分が垂れ、一方の端がフィンの鞄の肩紐へ重なった。

「俺のにも付いてるぞ」

「いっしょ!」

「俺は作ってないけど」

 外せば済む話だった。

 けれどフィンも急いで使うものではないと思ったのか、そのままにして居間へ戻った。

 夕方近くにはエルナも帰ってきた。

「ただいま。……何これ?」

 玄関を横切る色とりどりの小旗に気づき、足を止める。

「ミアの!」

「それは分かるけど」

 床へ落ちかけていた端を拾い、とりあえず踏まないよう持ち上げたところで、自分の鞄を右端へ置く必要があった。

 エルナは少し迷い、その端を鞄の上へ軽く預ける。

 それだけだった。

 夕食の支度が始まるころには、三つの鞄が朝と同じ玄関脇へ並び、その前を赤、黄色、青の小旗が緩く渡っていた。

 朝は一つずつ空いていった場所が、夕方にはまた埋まっている。

 ただ、朝にはなかった細い紐だけが三つの間を行き来していた。

 騒ぎになったのは、そのあとだった。

「姉ちゃん、昨日の算術の紙見なかった?」

 居間で本を開いていたエルナが顔を上げる。

「知らない。自分の鞄は?」

「見たと思ったんだけどな」

 そう言いながら、フィンは玄関へ戻った。

 左端の鞄を手前へ傾ける。

 背板の弱い支えから抜けたのは、フィンの鞄だけだった。

 ところが一歩持ち上げようとしたところで、小さな色紙が一斉にぱたぱたと鳴った。

「ん?」

 足が止まる。

 フィンの肩紐へ引っ掛かっていた飾り紐が伸び、中央を通って右端までぴんと張っている。

 ミアとエルナの鞄は、壁際から動いていない。それぞれ自分の場所で、いつものように背を預けたままだ。

 引かれたのは、その間を勝手につないでいた細い紐だけだった。

 赤い小旗が一枚、危なっかしく横を向く。

「フィン、そのまま」

 エルナの声に、フィンは鞄を下ろした。

「動いてない」

「鞄はね」

「これ、ミアの旗か」

 居間からやってきたミアが、張った紐を見て目を丸くする。

「さんこ、つながってる!」

「今だけな」

 フィンが苦笑した。

 店からオスカーも顔を覗かせたが、玄関を一目見ただけで足を止めた。三つの鞄を順番に確かめるようなことはしない。

「今日は板を開けなくてよさそうだな」

「最初から開けなくていいよ」

 エルナが答える。

「紙が切れる前に外そう」

 結局、必要だったのは工具ではなく、三人分の手だった。

 フィンが自分の鞄をそれ以上引かないよう支え、エルナが右端で肩紐に入り込んだ飾りを少しずつ抜く。ミアは中央に立ち、自分の鞄へ掛けたところを両手で持ち上げた。

 途中で紐の端が指から滑った。

 石床へ落ちた細い紐が、するすると窓辺の方へ逃げていく。

 白い影が先に動いた。

 ルクスは窓枠から降りると、流れてきた紐の端を片足で押さえた。

「ルーちゃん!」

 白い頭が、いかにも不本意そうにミアへ向く。

「そこ、おさえてて!」

 頼まれたから押さえたわけではない、と言いたげな顔だった。

 それでも足は動かなかった。

 エルナが最後の引っ掛かりを抜くまで、ルクスはそのまま紐を踏んでいた。

 ほどけてしまえば、騒ぎはそれで終わった。

 フィンの鞄を元の位置へ戻すと、弱い支えがその背だけを壁際へ受け止める。中央も右も最初から何も変わっていない。

 三つの間から色紙の飾りだけがなくなり、玄関は第32話以来の見慣れた姿へ戻った。

 フィンが探していた算術の紙は、鞄の一番底から出てきた。

「やっぱり入ってた」

「最初からちゃんと探せば、旗も引っぱられなかったね」

 エルナが笑う。

「見たって」

「底まで?」

「……今見た」

 台所から聞いていたリディアの笑い声まで重なった。

 ミアは助かった小旗飾りを両手へ集め、一枚ずつ確かめている。少し折れた赤い旗があったが、破れたものはなかった。

 窓辺へ戻ろうとしていたルクスの前で、ミアはそれを高く掲げた。

「きれなかった!」

「それはよかったな」

 返事があまりに素直だったので、ミアが一瞬きょとんとした。

 ルクスも気づいたらしい。

「次は鞄に絡ませるな」

「はーい」

 夕食のころには、小旗飾りも玄関から片づいていた。

 午後まで空だった背板には、布地も大きさも違う三つの鞄が並んでいる。

 朝、それぞれ別の学校へ向かって家を出た三人が、別々の時間に同じ戸口をくぐって戻った。その間に何をしていたのかは、鞄を外から眺めても分からない。

 フィンの底には折れかけた算術の紙があり、ミアの中には工作の切れ端が少し残っている。エルナの鞄には、明日また学院へ持っていく本が入っていた。

 どれも朝とは少し違う。

 それでも置かれる場所だけは、朝と同じだった。

 食後、ミアが玄関を通りかかり、三つ並んだ鞄を見て足を止めた。

 ルクスも少し離れた窓辺にいる。

「ルーちゃん」

 白い頭だけが動いた。

「みんな、かえってきたね」

 ルクスはミアではなく、玄関脇へ目を向けた。

 朝には板の前がすっかり空いていたことも、昼から一つずつ鞄が戻ってきたことも、ずっとこの家にいたルクスは知っている。

 三つの影が石床へ並び、夕方より少し早く暗くなった玄関を狭くしていた。

「朝はずいぶん広かったんだがな。……三つとも戻ると、やっぱりこの家は狭い」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。