第45話 六粒ぶんの遠回り
星冠暦826年・収穫月25日・金耀日
フィンは、浅い木皿の縁に六つの光が並んだ瞬間、今日の授業はかなり面白そうだと思った。
収穫月25日の午後、西門初等学院の教室には、教本の代わりに木製の練習粒と小さな紙袋が置かれていた。袋と練習票には、それぞれ丸、三角、葉の印が付いている。
もちろん、本物の薬ではない。
教壇の横に立っているレーナ・ヴァルトは、西門治療院の公認治療師だった。普段の仕事では診療だけでなく、処方に沿って用意される薬剤の確認にも携わっているという。
「今日は薬を作る練習ではありません」
最初にそう言われ、少し残念そうな顔をした生徒が何人かいた。
フィンも、その一人だった。
「では、何をするんですか?」
「間違えずに用意するための練習です」
レーナが取り上げたのは、浅い木皿だった。
縁の一か所に細い溝があり、そこへ木粒を一つ通す。
小さな光が灯った。
もう一つ通すと、二つ。
六個目が通ったとき、皿の縁には六つの光点が並んだ。
「これ、数え間違えないんですか?」
フィンが尋ねる。
「今みたいに、決めた溝を一個ずつ通したものならね」
「じゃあ六個通したら、ちゃんと六個になる?」
「そこは、とても正確です」
フィンはますます気に入った。
手で数えている途中なら、誰かに声を掛けられて一つ飛ばすこともある。これなら光を見れば、どこまで数えたか残っている。
しかも速い。
机へ練習票が配られた。
フィンの組では、丸印が六個、三角印が四個、葉印が八個になっていた。三つの紙袋にも同じ印が付いている。
「速さを競う授業ではありませんよ」
担任が念を押した。
聞こえてはいた。
けれど、正確にできるなら速い方がいい、とフィンは思った。
最初の票には六と書かれている。
木粒を一つずつ溝へ滑らせると、光が気持ちよく増えていった。
五つ。
六つ。
そこで止める。
フィンはすぐに手近な袋を開き、数えた粒を入れた。
次の数字は四。
計数皿を戻して、また粒を通す。
四つの光が並んだ。
これも袋へ。
三つ目は八。
ここまで来ると、指先はすっかり調子を覚えていた。
隣の組より早い。
皿の光は一度も迷わない。
八つ目を入れ終わったところで、フィンは満足して三つの袋を並べた。
「できた」
同じ机の子が、返事をしなかった。
代わりに一つ目の袋を指さす。
「フィン。それ、葉っぱ」
「え?」
六個入れた袋だった。
印を見る。
葉。
もう一つ。
三角。
そこには四個入っていて、偶然そこだけは合っている。
最後の袋は丸。
中には八個。
フィンは三つを見比べた。
「……数は合ってる」
自分で言ってから、さらに変な感じがした。
六個は正確に六個だった。
四個も四個。
八個も八個。
計数皿は、一度も間違えていない。
それなのに、完成した三袋のうち二つは間違っている。
レーナが机のそばへ来た。
フィンは袋を隠さず、そのまま見せた。
「皿は合ってたんです」
「ええ」
レーナは六個の入った葉印の袋を見た。
「六個ですね」
「でも、こっちじゃなかった」
「そうですね」
フィンは計数皿へ目を落とした。
「これ、丸とか葉っぱとかは見てないんだ」
「見ていません」
短い答えだった。
皿が知っているのは、決められた溝を粒が通ったことだけだ。
六という数が、どの票に書かれていたかは知らない。
どの袋へ入れるべきかも知らない。
フィンは、自分の手元を見直した。
練習票は三枚とも見た。
数字も見た。
計数皿の光も見た。
見ていなかったのは、粒を入れる直前の袋だった。
「もう一回やっていいですか?」
「もちろん」
木粒を戻しながら、フィンは少し考えた。
今度は、三つの袋を全部手元に並べなかった。
丸印の練習票を見て、同じ丸の袋だけを机の中央へ置く。三角と葉は少し離れたところへ寄せた。
それから計数皿へ手を伸ばす。
「今度は遅くするの?」
隣の子が尋ねた。
「別に」
フィンは丸印の袋を一度見た。
「先に、違う方をどけただけ」
粒を通す。
光が増える。
六つ目で止める。
今度は皿の光からすぐ袋へ手を伸ばさず、目の前の印をもう一度確かめた。
丸。
そこへ六粒を入れる。
次に置いたのは三角の袋だった。
同じことを繰り返すうち、最初のときより時間が掛かっていることには気づいていた。
けれど、不思議と焦らなかった。
最後の袋を閉じて三つ並べる。
丸に六。
三角に四。
葉に八。
今度は、数だけでなく印も合っていた。
「できた」
一回目にも同じことを言った。
今度は、言ったあとで袋を裏返して確認する必要がなかった。
レーナが机の置き方を見ていた。
「どうして一袋ずつにしたんですか?」
「違う袋を取れないように」
「誰かに教わりました?」
フィンは首を横へ振った。
「さっき、間違えたから」
レーナは少し笑った。
「じゃあ、それは今日、自分で作ったやり方ですね」
フィンも三つの袋を見て笑った。
一回目より遅かった。
けれど、もう一度やるなら迷わずこっちを選ぶ。
そのことだけは、皿に数えてもらわなくても分かった。
授業が終わると、木粒はすべて集められ、計数皿も片づけられた。
フィンは空になった机を眺めて少し名残惜しく思った。
「もう一回やりたかったな」
「二回やったじゃん」
隣の子が笑う。
「最初のは、できたって言っただけ」
「六個は合ってたのに?」
「だからだよ」
自分で答えながら、フィンも笑った。
夕方、風見鶏通り17番地へ帰ったフィンは、台所から乾いた豆を六粒だけ借りた。
学校から道具を持ち帰ったわけではない。
今日の失敗を話したところ、ミアがどうしても「やってみたい」と言ったので、豆で代わりにすることになったのだ。
食卓には、小さく切った紙が二枚置いてある。
一枚に丸。
もう一枚には葉。
「六こ!」
ミアは豆を見るなり数え始めた。
「まだ数えなくていいって」
「もう、よんまでいったよ」
「じゃあ最初から」
二人で六つまで数え直す。
フィンは丸印の紙を指した。
「今日の俺は、六個って分かったところで、葉っぱの方へ入れた」
ミアが丸と葉を見比べた。
「まちがい?」
「うん。でも六個は合ってた」
「じゃあ、ろっこはせいかい?」
「六個だけなら」
自分で説明してみると、昼間よりもっと妙だった。
正解と間違いが同じ袋の中に入っていたことになる。
フィンは二枚の紙を少し離し、丸だけを自分たちの前へ残した。
「だから今度は、先にこっちだけ置いた」
ミアは真似をして、葉の紙を遠くへ押した。
それから豆を数える。
一、二、三、四、五、六。
全部数え終わっても、すぐには「できた」と言わなかった。
丸印をもう一度見る。
「まる!」
フィンがうなずく。
そこでようやくミアは両手を上げた。
「できた!」
昼間、自分が二回目に言ったのと同じくらい、気持ちのいい声だった。
窓辺では、ルクスが白い翼の間から二人を眺めていた。
フィンが学校で「六個は全部正しかったのに袋を間違えた」と話していたのも聞いている。
金色がかった目が、六粒の豆から丸印へ移った。
「六つ数えるだけなら、その皿の方がお前より上手だったんだろ。……何の六つか考えるところまで、道具にやらせるなよ、フィン」




