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風見鶏通り17番地、今日も魔法日和  作者: リタイアルーキー


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第42話 真ん中を歩く午後

 星冠暦826年・収穫月22日・火耀日

 火耀日の朝、アルノは食卓で一枚の案内紙を読んでいた。

 研究資料ではない。西工房区の街角に貼られていた、市からの短い知らせだった。

「そんなに面白いことが書いてあるの?」

 リディアに尋ねられ、アルノは紙を食卓へ置いた。

「午後だけ、小広場近くの一本から推進術式を使う荷運車を外すそうじゃ」

 パンをちぎっていたフィンの手が止まる。

「工事?」

「いや。道そのものはいつもどおり使える。歩く者や、手で運ぶ荷物は通してみるらしい」

 オスカーも案内を覗き込んだ。

「ああ、これか。店にも知らせが来てた。今日の午後、荷運車を使うなら一本向こうへ回れって」

「なにするの?」

 ミアが尋ねる。

 アルノは答えようとして、少し考えた。

「何かをするためというより、いつも通る荷車がいないと、道をどう使うのか見てみるらしい」

「みちを?」

「うむ」

 エルナが鞄を肩へ掛けながら笑った。

「おじいちゃん、見に行くつもりでしょ」

「もちろんじゃ」

 返事だけは早かった。

「研究?」

 フィンが尋ねる。

「何でも研究と呼ぶでない」

「でも見るんだろ?」

「見る」

「やっぱり研究じゃん」

 アルノは聞こえないふりをした。

 その日はオスカーが午後まで店を離れにくかったため、ミアの迎えをアルノが引き受けていた。花鈴幼年学舎からの帰り道を少し外れれば、ちょうど試行中の通りへ寄れる。

「では、帰りに見ていくかの」

「ミアも?」

「迎えに行ったお前を置いていくわけにはいかんじゃろ」

「いく!」

 窓辺で朝日を浴びていたルクスが、そこで白い頭を上げた。

「道を見るために道草するのか」

「うまいことを言ったつもりか、ルクス」

「事実を言っただけだ」

 ルクスはそれ以上興味がないという顔で、また窓の外を向いた。


 午後、花鈴幼年学舎の門から出てきたミアは、外で待つアルノを見つけると足を速めた。

「おじいちゃん!」

 最後の数歩だけは走らず、アルノの前でぴたりと止まる。

「今日はちゃんと止まれたの」

「はしってないよ」

「最初の方はずいぶん速かったがの」

 ミアは聞こえないふりをして、差し出された手を握った。

 いつもならそのまま風見鶏通りへ戻るところを、一つ余分に角を曲がる。

 まだ目的の通りが見えないうちから、アルノは普段との違いに気づいた。

 人の話し声も、店先で物を動かす音も聞こえる。それなのに、石畳を荷運車が近づいてきては遠ざかる、低い車輪音がほとんど混じってこない。

 通りの入口には簡素な柵が置かれ、その横で市の係が案内をしていた。

 柵は道を塞いでいない。人が二人並んでも余裕を持って通れるほど開いている。

 札に書かれていたのは、今日の午後、この区間だけは推進術式を使う荷運車を別の道へ回すという内容だった。

 術式を封じる結界があるわけではない。

 進入した車を魔法で押し戻すわけでもない。

 来た者が札を読み、今日は別の道を選んでいるだけだった。

 アルノが案内を読んでいる横で、ミアはすでに柵の向こうを覗いている。

「おじいちゃん」

「なんじゃ」

「みち、おおきい」

 アルノも顔を上げた。

 石畳の幅は昨日までと同じはずだった。

 左右の家も店も動いていない。

 それなのに、たしかに広く見える。

 普段なら荷運車のために空けておく中央を、人が歩いていた。

 買い物籠を下げた二人が肩を並べて話し、いつもなら軒下へ収まっている椅子を日なたまで出して休んでいる老人もいる。店先では、品物を受け取った客が道の端へ急いで寄ることなく、その場でゆっくり籠へ詰め直していた。

「まんなか、あるいていい?」

「今日はな」

 そう答えたアルノ自身は、いつもの癖で壁際を歩き始めていた。

 すぐに手を引かれる。

「おじいちゃん、こっち」

「分かっておる」

「はしっこだよ」

「長年の習慣というものがあるんじゃ」

 ミアに引かれるまま、アルノも道の中央へ出た。

 そこに特別なものがあるわけではなかった。

 足元にはいつもの石畳が続いている。色の違う補修跡や、細い継ぎ目がところどころ走り、店先から伸びた影が斜めに横切っていた。

 普段は前後から来る荷車を気にして通り過ぎる場所だった。

 今日は、ミアが色の違う石だけを選んで踏んでも、後ろを振り返る必要がない。

 アルノは孫の足元を見たあと、今度は通り全体へ目を向けた。

 誰かが催しを始めたわけではなかった。

 ただ、通過するもののために空けていた場所が空いたので、人がそこへ少しずつはみ出している。

 軒下だけで交わしていた話が、道の中央まで伸びている。

 荷物を持ち替える者が、その場にしばらく立っている。

 子どもが親の横で石畳の線をたどりながら歩いている。

「なるほどのう」

 アルノの口から声が漏れた。

「なに?」

 ミアが見上げる。

「いや。もう少し見てみようと思っただけじゃ」

 説明する代わりに、二人で先へ歩いた。

 そのとき、入口の方で荷運車が一台止まった。

 小ぶりな車体だったが、荷台には魔法で重量を軽減した籠がいくつも積まれ、車輪を進めるための推進術式も備えている。今日の試行区間へは、そのまま入れない。

 運び手は札を読み、届け先らしい通りの中ほどを見た。

 迂回路を取ることもできる。

 けれど、もうすぐそこだった。

 少し迷った末、男は荷台から籠を一つ下ろした。車上で働いていた荷重軽減の助けから離れた籠を持ち直し、重さを確かめるように腕へ抱える。

 もう一つを下ろそうとしたところで、近くの店先にいた男が歩み寄った。

 短く言葉を交わしたあと、二人は一つずつ籠を持った。

 荷運車は入口に残り、人だけが並んで通りへ入ってくる。

 ミアは二人が自分たちの横を通り過ぎるまで見送った。

「ふたりになった」

「そうじゃな」

「くるま、はいれないから?」

 アルノは、遠ざかっていく二つの籠を眺めた。

「それもあるじゃろうな」

「それも?」

「今日は入れないと最初から分かっておるから、別のやり方を考えたんじゃろう。あの二人がどうして手伝うことにしたかまでは、わしらには分からん」

 ミアは少し考えた。

「きょうは、ふたりでもつひ?」

「今の二人にとっては、そうなったようじゃな」

 それで十分だったらしい。

 ミアはまた色の違う石を探し始めた。


 通りの半ばまで来たところで、ミアが屋根を指した。

「ルーちゃん!」

 白い姿が軒の上にいた。

 いつからこちらを見ていたのか分からない。

 アルノが見上げる。

「お前も見物か?」

「空は通行止めじゃない」

「そういう答え方をすると思ったわい」

 ルクスは一度だけ翼を広げると、屋根伝いに少し先へ移った。

 ミアは手を振ったが追いかけず、またアルノと歩き始める。

 ところが、通りの終わりが近づいても、今度はアルノの足が遅くなった。

 壁際で話す職人たちへ目をやり、中央をゆっくり歩く親子を眺め、いつもなら店の中にいるらしい人が外へ椅子を出す様子まで見ている。

 ミアがとうとう見上げた。

「おじいちゃん」

「なんじゃ」

「おうち、かえらないの?」

「帰るとも」

 二人で少し歩く。

 けれど、別の店先で人が立ち止まると、アルノもまた足を緩めた。

 ミアが笑う。

「またみてる」

「……見ておるな」

「けんきゅう?」

「研究ではない」

「じゃあ、ずっとみてるだけ?」

 アルノは返事に詰まった。

 五歳児の問いは、ときどき研究院の会議より逃げ道が少ない。

「もう少しだけじゃ」

 結局、二人が試行区間を抜けるころには、普段なら家へ着いている時刻を過ぎていた。

 ミアは何度も後ろを振り返る。

「みち、もどっちゃう?」

「夕方で今日の試しは終わるそうじゃ」

「じゃあ、またせまくなる?」

 アルノは足を止めずに考えた。

 道幅そのものは、朝から一度も変わっていない。

「明日、同じところを歩いてみれば分かるじゃろ」

「おぼえてる?」

「何をじゃ」

「きょう、ひろかったの」

 アルノは笑った。

「それくらいは覚えておるよ」

 帰り道には、もう試行区間は見えなかった。

 それでもアルノは一度だけ、自分たちが歩いている位置を確かめるように石畳へ目を落とした。

 いつの間にか、また道の端を歩いていた。


 風見鶏通り17番地へ戻るころには、夕方の光が庭へ長く差し込んでいた。

 遅くなった理由を聞かれたミアは、「おじいちゃんが、ずっとみてた」とだけ家族へ報告した。

 アルノは否定しなかった。

 夕食まで少し時間があり、彼はいつものように離れへ戻ろうと庭へ出た。

 母屋から研究室へ続く石畳に、荷運車は来ない。

 端へ避ける必要もない。

 それでもアルノは普段、ほとんど同じところを歩いている。

 今日は途中で少しだけ進路を変えた。

 石畳の中央へ寄ってみる。

 何が変わるわけでもなかったが、そのまま数歩進んだ。

 後ろからついてきていたミアが気づく。

「おじいちゃん、まんなか!」

「庭じゃから、元からどこでも歩けるわい」

「でも、きょうのとこみたい」

 アルノは足元を見た。

 道というものは、石を並べただけでは決まらないのかもしれない。

 どこを空けるか。

 どこを歩くか。

 いつも何が通っているか。

 そういうものを人が毎日重ねて、同じ幅の中へ使い方を作っている。

 昼間なら、そこまで考えればすぐ研究室へ戻って書き留めていたかもしれない。

 けれど今日は何も取りに戻らず、ミアと並んで庭の中央を歩いた。

 屋根の端には、いつの間にかルクスが戻っていた。

 ミアが白い姿を見上げる。

「ルーちゃん。あした、みち、せまくなる?」

 ルクスは庭の石畳と、その中央に立つ二人を見比べた。

「荷運車が戻るだけだ。石畳まで縮むわけじゃない。……一度真ん中を歩いたくらいで、明日から端を忘れるなよ、ミア」


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