↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風見鶏通り17番地、今日も魔法日和  作者: リタイアルーキー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
40/87

第40話 返しただけの白い羽

 星冠暦826年・収穫月20日・陽耀日

 陽耀日の昼下がり、ルクスは母屋の低い屋根で昼寝をしていた。

 少なくとも、本人としてはそのつもりだった。

 庭から白墨の擦れる音が聞こえ始めても目を開けず、そのあとフィンの、

「魔法なしって、球を軽くするのもなし?」

 という声がしても、白い頭は翼の間に埋まったままだった。

「なし。落ちたら自分で拾うの」

 エルナが答える。

「転がすのは?」

「いい」

「蹴るのは?」

「家ではなしにしよう。ミアもいるし」

 そこでようやく、ルクスの片目が開いた。

 庭の石畳には大きな白い輪が描かれていた。

 その中でエルナが、手のひらほどの柔らかな布球を持っている。

 金耀日の体育でやった運動らしい。

 授業ではもっと決まりがあったそうだが、家で遊ぶのだから、誰かが受けやすいように送り、輪から大きく外れなければいいことになったらしい。

 点数もない。

 勝敗もない。

 ずいぶん緩い話だった。

「ミアもする!」

 母屋から飛び出してきたミアが輪へ入った。

 その後ろからリディアも出てくる。

 店先にいたオスカーは最初、眺めるだけのつもりだったようだが、フィンに呼ばれて庭へ降りた。

 最後には離れから出てきたアルノまで加わった。

 白い輪の周りに六人。

 ルクスは屋根の上。

 それで十分だった。

 最初の布球がミアへ転がる。

 ミアは両腕で抱えるように止め、フィンへ投げ返した。

 球は半分ほどしか届かず、石畳を転がっていく。

 フィンが拾った。

 今度は少し強く投げる。

「強い!」

 エルナの声が飛ぶ。

「取れたじゃん」

「取れればいいって話じゃないの」

 ルクスはもう一度目を閉じた。

 やかましい。

 ところが、そのあとも白い頭は時折上がった。

 ミアへ向かう球だけはゆっくり転がり、アルノへ行くときは胸の前へ柔らかく浮く。

 フィンが勢いをつけすぎれば、次に受けたリディアがわざとゆるく返す。

 誰かが決めたわけでもないのに、球の動きは相手に合わせて少しずつ変わっていった。

 一度落としても笑って拾う。

 白線を少し越えれば、その場所から続ける。

 学院の練習とは、もう別の遊びになっていた。

「ルーちゃんもする?」

 とうとうミアが屋根を見上げた。

 ルクスは目だけを向ける。

「しない」

「たのしいよ」

 返事はなかった。

 ミアもそれ以上は誘わなかった。

 すぐ目の前へ来た球を追いかけ、今度はアルノの方へ転がしていく。

 誰もルクスのために輪を広げなかった。

 場所を空けもしなかった。

 それが気に入ったのかどうか、ルクスは屋根から動かなかった。

 ただし眠りにも戻らなかった。

 金色がかった目だけが、庭を行き来する布球を追っていた。

 しばらくして、フィンがエルナへ投げた球が高く逸れた。

 エルナの指先を越える。

 その先には屋根がある。

 もっと正確に言えば、ルクスがいる。

 白い頭がさっと上がった。

 布球が屋根の縁を跳ね、翼のすぐ脇へ転がってくる。

 ルクスは一歩避けた。

 それでも球は止まらず、今度は尾羽へ向かう。

 白い翼がぱしりと動いた。

 布球は屋根から押し返され、庭へ落ちる。

 ちょうどオスカーの近くまで転がった。

 一瞬だけ、庭が静かになった。

 ミアの顔が輝く。

「ルーちゃん、した!」

「してない。邪魔だから返しただけだ」

 それだけ言うと、ルクスは元の場所へ座り直した。

 フィンが何か言いたそうに笑っていたが、エルナに先に球を渡され、結局そのまま遊びへ戻っていった。

 ルクスも再び口を閉じた。

 布球は庭へ戻り、人間六人の間を行き来し始める。

 今度は屋根へ飛んでこなかった。

 しばらくすると、ルクスは翼を伸ばした。

 昼寝には少し暑くなったらしい。

 屋根を蹴り、庭の反対側にある塀へ移る。

 そこなら白い輪からも少し離れている。

 誰にも邪魔されない。

 それでも、庭を見るには屋根より低かった。

 ミアの投げ方までよく見える高さだった。

 午後の光が少し傾くころには、最初より皆の動きがゆっくりになっていた。

 フィンの額には汗が浮き、アルノは一度輪を外れて椅子で休んでいる。

 オスカーも店へ戻ったり庭へ出たりしながら加わっていた。

 誰が何回受けたのか、もう誰も数えていない。

 そのころ、ミアが転がした布球が石畳の継ぎ目へ当たった。

 ぽん、と小さく跳ねる。

 予想と違う方向へ曲がり、輪を越えた。

 塀際へ向かう。

 フィンが気づいて追いかけた。

 球の先には低い植え込みがある。

 入ったところで危険はない。

 拾えば済む。

 フィンならすぐ届く。

 ルクスのいる場所からも、その全部が見えていた。

 白い翼が開いた。

 屋根へ球が飛んできたときとは違う。

 今度は球の方が遠い。

 ルクス自身が塀から飛び降りなければ届かない。

 それでも白い影は地面すれすれを横切った。

 植え込みへ入る直前の布球へ爪先が軽く触れる。

 ほんの少し方向が変わった。

 球は庭の中央へは戻らない。

 横へゆっくり転がっていく。

 そこにいたミアが両手で受け止めた。

「きた!」

 ミアが顔を上げる。

 ルクスはもう近くの塀へ戻っていた。

 最初にいた屋根ではない。

 白い輪から腕を何本か伸ばせば届きそうな、低い場所だった。

「ルーちゃんからきた」

 返事はない。

 フィンも何も言わなかった。

 走るのをやめて球の行方を見たあと、口元だけを少し上げて輪へ戻った。

 誰も「参加した」とは言わなかった。

 その方が遊びは長く続いた。

 ミアは受け取った球をリディアへ転がした。

 そこからまた球が動き始める。

 時には高くなり、時には地面を滑り、誰かの手を抜ければ笑い声が上がった。

 塀の上のルクスは一度も輪へ入らなかった。

 もう球にも触れなかった。

 ただ、さっきまでより近い場所にいた。

 夕方になる前に、遊びは自然に終わった。

 誰かが終了を宣言したわけではない。

 フィンが水を飲みに戻り、アルノが「今日はここまでじゃな」と立ち上がり、オスカーも店へ戻る。

 エルナは石畳に残った白墨の輪を眺めた。

 明日になればまた月耀日だ。

 水を少し流すと、白い線はところどころ切れ、石畳の色へ戻っていった。

 輪の中と外を分けていたものがなくなる。

 ルクスは塀に残ったまま、その様子を見ていた。

 ミアが布球を胸へ抱えて近づいてくる。

「ルーちゃん」

 白い頭が向く。

「つぎもする?」

 ルクスの目が細くなった。

「しない」

「じゃあ、つぎもとんできたら、かえしてね」

 ミアはそれだけ言って母屋へ駆けていった。

 ルクスは何も返さなかった。

 飛び去りもしなかった。

 白墨の跡がほとんど消えた庭には、もう輪の内側も外側もない。

 それでもルクスは、最初にいた遠い屋根へは戻らず、夕食の匂いが流れてくるまで低い塀の上にいた。

 やがて布球を片づけに来たフィンが、そんな白い姿を見つけて少し笑った。

 ルクスは先に睨み返す。

「俺は遊んでない。二回返しただけだ――次も来るなら、返すかどうかは俺が決める」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。