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風見鶏通り17番地、今日も魔法日和  作者: リタイアルーキー


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33/87

第33話 五つだけの長い道

「たりない」

 午後の庭で、ミアが石畳を見つめていた。

 足元には四角い紙が五枚、端を少しずつ重ねるように並んでいる。その一番先には、工房でもらった丸い木片がちょこんと乗っていた。

 木片には炭筆で目が二つ描いてある。

 通りかかったエルナが覗き込んだ。

「これは何?」

「おうま」

 丸い。

 脚もない。

 それでもミアの中では、立派な馬らしい。

「おうま、あっちまでいくの」

 小さな指が庭の反対側を示した。

 けれど五枚全部を並べても、紙の道は庭の三分の一にも届いていない。

 そばにしゃがんでいたフィンが、一番後ろの紙を拾った。

「じゃあ、これを前に置けばいいんじゃない?」

 先頭へ移してやる。

 ミアは木片を一枚進めたあと、今度は自分で最後尾の紙を持ってきた。

「できた!」

 もう一枚。

 また木片が進む。

 五枚しかないのに、後ろを前へ運べば道は少しずつ伸びていく。

 ただ、馬を一度進めるたびに道まで運ばなくてはならない。

 三度ほど繰り返したころ、離れから出てきたアルノが足を止めた。

「ほう。忙しい道じゃな」

「おじいちゃん」

 ミアは最後尾の紙を持ったまま振り返った。

「みちがたりないの」

「五枚しかないからな」

 フィンが説明する。

「だから後ろのを前に持ってきてる」

 アルノは、木片よりも紙の動きをしばらく見ていた。

 一枚減った後ろと、一枚増えた前。

 白い眉が少し上がる。

「それなら、道を運ぶ方だけ手伝わせてみるか」

「だれに?」

「魔法にじゃ」

 フィンが笑った。

「じいちゃんまで始めるんだ」

「わしはお前たちの紙運びを楽にしようとしておるだけじゃぞ」

 工房の開いた窓からオスカーの声がした。

「その言い方、信用すると大体何か始まるんですよ、先生」

「オスカー君は仕事をしておれ」

「はいはい」

 しばらくして庭へ持ち込まれたのは、小さな蓄魔石と青く塗られた平たい円板だった。

 大がかりなものはない。

 ミアの「おうま」の裏側には、アルノが小さな銅片を一枚留めた。

 紙の道は片づける。

 代わりにアルノが蓄魔石へ魔力を流すと、石畳から指二本ほど浮いたところに、淡い金色の縁を持つ四角が現れた。

 その先へもう一つ。

 さらに三つ。

 全部で五枚。

 まるで透き通った紙が空中へ置かれたようだった。

 ミアは横から覗き込んだ。

「ういてる」

「軽いものだけを預けられる面じゃ」

 アルノが指先で端へ触れると、金色の四角はすぐ淡くなった。

 人の手足ほどの重さを支える力はない。

 誰かが乗るための道ではなく、小さな木片のためだけの遊び場だった。

 形成する場所も、何も置かれていない庭の石畳の範囲から外れないよう決めてある。

 青い円板は、五つの足場より少し先へ置かれた。

 アルノは木片を最初の四角へ載せた。

「上からつまんで進めてごらん。足場へ手を置かんようにな」

「うん」

 ミアは木片の頭をつまみ、一枚ずつ先へ動かした。

 一枚目。

 二枚目。

 三枚目。

 最後の五枚目へ木片が届く。

 ほんの一瞬だけ金色の縁が明るくなった。

 すると、一番後ろにあった四角が音もなく消えた。

 代わりに、先頭よりさらに向こうへ新しい一枚が現れる。

「わあ!」

 ミアの手が止まった。

 後ろを見る。

 さっきまであった一枚がない。

 前を見る。

 そこには新しい一枚がある。

「みち、あるいた!」

「道そのものが歩いたわけではないがの」

「あるいた!」

 訂正する気はないらしい。

 ミアはまた木片を前へ進めた。

 先頭へ着くたび、後ろの一枚が消え、そのぶん前へ新しい一枚が現れる。

 どれだけ進んでも、見えている道は五つだけだった。

 けれど丸い馬は庭を少しずつ横切っていく。

 自分で紙を運んでいたときと同じことが、目の前で勝手に続いている。

 ミアは何度も前と後ろを見比べた。

「五つなのに、いっぱいある」

「同時に五つじゃな」

 エルナも庭へ降りてきていた。

「後ろで使わなくなった一つを、前に作り直してるんだ」

「おねえちゃんも、あるいたっていって」

「……道が歩いてるみたいだね」

「うん!」

 満足した。

 木片が庭の半ばまで進んだころ、ミアは少し先に置かれている青い円板へ目を向けた。

 さっきから、道はその円板へ向かって真っ直ぐ伸びている。

「おじいちゃん」

「なんじゃ」

「これ、こっちにしたら?」

 ミアは円板を指し、それから横の石畳を指した。

 アルノが目を細める。

「ほう」

「みち、まがる?」

 その質問には、エルナまで青い円板を見た。

 アルノは少し考えてから笑った。

「曲がるはずじゃ」

「やる!」

「待て待て。動かすのはわしじゃ」

 いったん魔力を止め、青い円板を少し右へ移す。

 それだけである。

 再び金色の道が目を覚ますと、ミアは木片を先頭まで進めた。

 最後尾が消えた。

 次に現れた一枚は、今までの真っ直ぐな列からほんの少し右へずれていた。

「まがった!」

 もう一枚進むと、道はさらに緩やかに向きを変えた。

 ミアの顔が、さっきまでとは違う意味で輝く。

 最初は庭の向こうまで行ければよかった。

 けれど今は、真っ直ぐ着くことより、どこを通るかの方が面白くなったらしい。

「つぎ、あっち」

 ミアが庭木と花壇の間を指す。

「そこへ向けるなら、このくらいかの」

 アルノが円板を移す。

 今度の道は花壇へ入らないよう、その手前でゆるく左へ折れた。

「次は俺が決めたい」

 フィンが言うと、

「これはミアのおうま!」

 と即座に断られた。

「道くらいいいだろ」

「だめ!」

「じゃあ一個だけ」

「いっこだけ」

 交渉は成立した。

 フィンが選んだ方へ一度だけ曲がり、次にはまたミアの指が飛ぶ。

 長椅子から眺めていたリディアも、いつの間にか窓辺まで来ていた。

「ずいぶん遠回りになったわね」

「最初は向こうへ行くだけだったんだけどな」

 オスカーも仕事の手を止め、工房の窓から笑っている。

 そのころには、庭を横切るはずだった小さな旅は完全に寄り道へ変わっていた。

 五つの金色だけが、古い後ろを残さず、ミアの示す方へ少しずつ場所を変えていく。

 庭木の手前を曲がり、石畳の広いところへ戻り、今度は窓の方へ。

 その先にはルクスがいた。

 白い身体を窓枠へ落ち着け、初めから何の興味もなかったような顔で羽を整えている。

 ミアが見つけた。

「あ」

 ルクスの片目がこちらへ向いた。

 ミアも見返す。

 そして迷うことなく指を伸ばした。

「つぎ、ルーちゃん」

 ルクスの羽づくろいが止まった。

 アルノも止まった。

「……そちらへ行くのか?」

「うん!」

 青い円板は窓の手前へ移された。

 木片が進む。

 金色の道も、ゆっくり窓辺へ向きを変える。

 ルクスはしばらく動かなかった。

 別に逃げる必要などない、とでも言いたげだった。

 ところが木片が近づくにつれ、ミアが嬉しそうに、

「ルーちゃんのとこいくよ!」

 と何度も報告する。

 とうとう白い翼が開いた。

 ルクスは一つ隣の窓枠へ移った。

「あっち!」

 すぐにミアの指も動く。

 ルクスが振り返った。

 道はまだ五つしかない。

 それなのに、行き先だけはいつの間にか庭の向こうではなく、白い姿のいるところになっていた。

 アルノは笑いをこらえながら青い円板を持った。

「まだ追うのかの?」

「おうま、ルーちゃんにあいたいの」

「俺は会いたくない」

 昼からほとんど黙っていたルクスが、そこで初めて口を開いた。

 フィンが吹き出した。

 その笑い声につられ、エルナもリディアも笑う。

 ミアだけは真剣だった。

「おうま、こんにちはするだけ」

「いらん」

 けれどルクスは飛び去らなかった。

 木片の道から少し離れた窓枠に居座り、近づいてくる丸い馬を最後まで見ていた。

 やがて、あらかじめ決めてあった回数まで道が組み替わると、新しい一枚は現れなくなった。

 五つの金色は午後の光へ溶けるように淡くなり、最後には石畳だけが残った。

 庭のかなり遠いところまで来ていた丸い木片を、ミアが拾いに行く。

 出発した場所を振り返った。

 途中に道は一枚も残っていない。

 それでも自分の馬が、あそこからここまで来たことは分かる。

「おじいちゃん」

「なんじゃ」

「こんど、もっとまがる」

「真っ直ぐ行く遊びではなかったのか?」

「まがるほうがたのしい」

 アルノは一瞬だけ口を開き、それから楽しそうに笑った。

「それなら次は、曲がる方から考えんとな」

 夕方になると、金色の足場も青い円板も庭からなくなっていた。

 玄関には昨日作った三つの鞄の場所があり、壁の「おえかきのおうち」には十個の紙輪が収まったままになっている。ここ数日に増えたものの間へ、今日の魔法だけは何も形を残さなかった。

 代わりに、居間の床ではミアが長い紙へ線を描いていた。

 真っ直ぐではない。

 右へ行き、左へ戻り、また大きく曲がる。

 昼間の金色の道より、ずっと勝手な道だった。

 その終わりに、ミアは白い翼のようなものを大きく描いた。

 窓辺から覗いていたルクスが、それに気づく。

「ルーちゃん、ここ」

 ミアが終点を指した。

「おうま、ここまできたの」

 ルクスは紙の端を見つめ、それからミアへ目を向けた。

 昼間も、行き先を変えるたび、最後にはなぜか自分の方へ道が伸びてきた。

 しばらく黙っていたが、やがて白い翼を身体へ畳む。

「……道の先に、毎回俺を置く必要はないだろう」


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