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風見鶏通り17番地、今日も魔法日和  作者: リタイアルーキー


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21/86

第21話 十個の輪、あと十日

 星冠暦826年・収穫月1日・火耀日


 ミアは朝から、指を折っては開いていた。

 右手を全部使い、続いて左手へ移る。十まで数え終わると、壁の日付を見上げ、また親指からやり直す。

 長椅子で本を読んでいたエルナは、三度目あたりでようやく気づいた。

「何を数えてるの?」

「なつやすみ」

「夏休み?」

 ミアは大きくうなずいた。

 昨日まで実成月だった日付は、今日から収穫月になっている。

 月が変わっても、窓から入る風にはまだ夏の温さが残っていた。庭からは虫の声が聞こえ、学校へ行く支度をしている者も、この家にはまだ一人もいない。

 けれどミアには、「九月になった」ということと「もうすぐ夏休みが終わる」ということが、いつの間にか一緒になっていたらしい。

「きょうから、がっこう?」

「まだだよ。お休みは収穫月10日まで」

 エルナが答えると、近くで水を飲んでいたフィンも指を折った。

「今日が一日だから、今日を入れてあと十日だな」

 ミアは自分の両手を見た。

 指が十本。

 夏休みも十日。

 さっきまではただの数字だったものが、急に両手へ収まってしまった。

「これだけ?」

「十日もある、って言ってもいいんだぞ」

 フィンは笑ったが、ミアはまだ指を眺めている。

 一本だけ折り、また開く。

 やがて、少し考え込むような顔で言った。

「なくなっちゃう?」

 その日の午前、リディアは保健院へ出ていた。

 代わりにその問いを聞いたオスカーは、工房の戸口から半分だけ顔を出し、何とも答えにくそうな顔をした。

「まあ、一日ずつは減るな」

「お父さん」

 エルナが呆れた声を出す。

「事実だろ」

「言い方」

 フィンが笑う横で、ミアはますます両手を見つめた。

 そこでエルナが、机に置いてあった紙を一枚取った。

「だったら、見えるようにする?」

 昼前には、大机の上へ細長い色紙が並んでいた。

 ミアの工作用に取ってあった紙を同じくらいの幅へ切り、端へ薄く糊を塗って丸めていく。

 赤い輪。

 黄色い輪。

 青い輪。

 緑の輪。

 形は似ていても、ミアが作ったものだけ少し太かったり、フィンのものだけ妙に真円へ近かったりする。

 エルナは乾いた順に小さく数字を書いた。

 1から10まで。

 十個目ができあがると、ミアは椅子へ膝をついて全部を数えた。

「いち、に、さん、し……」

 途中で六を二回言い、フィンに笑われ、最初からやり直す。

 今度は十まで届いた。

「今日が1ね」

 エルナが赤い輪を指した。

「夕方になったらこれを外す。そうしたら明日は九個」

 ミアの顔から、達成感が少し消えた。

「とるの?」

「うん」

「すてる?」

「捨てなくてもいいだろ」

 フィンが答えたところで、工房からオスカーが出てきた。

 机いっぱいの輪を見て足を止める。

「何だこれは」

「なつやすみ!」

 ミアが胸を張った。

 オスカーは十個をもう一度見た。

「ずいぶん丸くなったな、夏休み」

「ひからない?」

「なぜ光ると思った」

「まほうぐやだから」

 オスカーが黙った。

 エルナが本気で笑いをこらえている。

「間違ってはいないのが嫌だな……」

 そう言ったものの、新しい何かを作り始めることはなかった。

 工房へ戻ったオスカーが持ってきたのは、見覚えのある小さな術式板だった。

 エルナが先に気づく。

「金色の跡のやつ?」

「そう。前に接触を見るのに使ったやつだ」

 ミアも思い出したらしい。

「あっちこっち、きんいろ!」

「今日はあっちこっちにしない」

 それはかなり大切な違いだった。

 以前、接触の跡を見るためにつけた金色は、木の花から布へ、布から家具へと、思いもしなかったところまで移っていった。

 そのためオスカーは、大机から本も水差しも余った紙も片づけ、十個の紙輪だけを中央へ置いた。

「光ってるところを手で触らない。動かすときはこれを使う」

 木の挟み具を一つ置く。

 フィンは言われる前に机から少し離れ、ミアも椅子から降りてエルナの隣へ回った。

 オスカーが1番の輪へ術式板を当てる。

 淡い金色の筋が、赤い紙の表面に浮かんだ。

 日差しを照り返す光とは違う。

 紙そのものの上へ、細い朝焼けを一筋だけ置いたような色だった。

「わあ」

 ミアの声が小さくなる。

 オスカーは挟み具で1番を持ち、金色の部分だけを2番へそっと触れさせた。

 離すと、黄色い輪にも少し薄い筋が残っている。

 今度は2番から3番へ。

 さらに3番から4番へ。

 十個の輪を順に渡るにつれ、最初ははっきりしていた金色が、夏の陽に溶けるように淡くなっていった。

 ミアは光が移るたび、声に出さず指だけを一本ずつ折った。

 7番を越えるころには、机へ顔を近づけないと見えない。

 9番から最後の10番へ移ったものは、ほんのかすかな細い筋になっていた。

「まだいる」

 ミアが目を細めた。

「薄くなっても、ちゃんといるな」

 フィンも隣から覗き込む。

 一番遠い10番へ届くまでに、金色は九つの接触を渡ってきた。

 1番には最初の光がまだ残っている。

 2番にも、3番にも、それぞれ自分のところを通った跡がある。

 十五分ほどすれば全部消える。

 それまでの短いあいだだけ、十個の紙輪には、1から10へ続く金色の道ができていた。

 ミアはその道をしばらく眺めていたが、やがて紙輪そのものを動かし始めた。

「今度は何をするんだ?」

 フィンが尋ねる。

「まる」

 1番の隣へ2番。

 その隣へ3番。

 数字が大机の上をぐるりと回っていく。

 オスカーは光った部分同士が途中で触れないように、挟み具で位置だけを少し直した。以前の経験があるので、並べ替えている最中に別の道を増やすつもりはない。

 最後に10番が置かれた。

 けれど、10と1の間だけは指一本ほど空いている。

 端のある円だった。

 ミアは首を傾げた。

「ここ、あいてる」

「今はな」

「くっつけたら?」

 オスカーはすぐには答えず、1番と10番を見比べた。

 1番にはまだ比較的濃い金色が残っている。

 10番の薄い跡は別の側にある。

 触れさせる場所を選べば、何が起きるかは分かる。

「手は出さないこと」

「うん」

 オスカーが挟み具で10番を持ち上げた。

 ほんの少し。

 空いていた隙間を詰め、まだ何も光っていない紙の部分を、1番に残った金色の筋へ触れさせる。

 ぱっ、と10番へ新しい金色が移った。

 今までそこにあった消えかけの細い筋とは別の場所に、もっとはっきりした光が一本走る。

 ミアの目が丸くなった。

「じゅう、げんきになった!」

 フィンも思わず笑った。

「さっき一番遠かったのに」

 机の上では、1と10が仲良く隣り合っている。

 紙に書かれた数字を目で追えば、10は1からいちばん遠い。

 けれど今の形では、赤い1番のすぐ横に10番がある。

 エルナは二つの輪を見比べ、納得したように笑った。

「数字の順番は変わってないけど、触れる相手は変わったんだ」

 オスカーも術式板を収めながらうなずいた。

「こいつが見てるのは数字じゃないからな」

 それ以上の説明はいらなかった。

 光はもう、大机の上に答えを描いている。

 最初は長い道を九回渡らなければ届かなかった10番へ、今度はたった一度触れただけで金色が現れた。

 ミアは輪の外側から顔を近づけた。

「おわり、なくなった」

 フィンが笑う。

「休みが終わらなくなったわけじゃないぞ」

「まるは、おわりないよ」

「そっちは合ってる」

 そのころ、離れから昼食にやってきたアルノが、大机の上を見て足を止めた。

「何じゃ。夏休みを輪に閉じ込めたのか?」

「まるくした!」

「それは大研究じゃのう」

「じいちゃんまで乗るなよ」

 居間に笑い声が広がるあいだにも、金色は少しずつ薄れていった。

 誰も新しい接触を増やさなかった。

 しばらくすると、10番に突然現れた明るい筋も、1番の最初の光も、同じように紙の色へ溶けていく。

 昼食を食べ終わるころには、十個の輪はもう普通の色紙へ戻っていた。

 それでもミアは、午前中より輪を気に入ったらしい。

 窓の近くへ紐を一本渡してもらい、1から10まで数字の順に下げた。

 風が入るたび、十個の輪がわずかに揺れる。

 光ってはいない。

 けれど、さっき金色が通った順番を知っているせいか、ただの紙より少しだけ特別に見えた。

 午後が過ぎ、保健院からリディアが帰ってきた。

 玄関を入って最初に目へ入った十個の輪について尋ねると、説明役はほとんどミア一人で足りた。

「いちから、じゅうまでいってね、まるにしたら、じゅうがすぐだったの!」

 途中がかなり省略されていたが、リディアは笑って聞いていた。

 そして夕食の支度が始まるころ、ミアは朝から気にしていた1番の輪を外した。

 窓辺には九個。

 両手には赤い一個。

「これ、どうする?」

 エルナが尋ねる。

 ミアは輪を持ったまま居間を見回した。

 捨てる箱へは行かなかった。

 壁に掛かっている「おえかきのおうち」の前まで行き、不揃いな袋を一つずつのぞく。

 やがて少し深めの袋を選び、赤い輪をつぶさないよう上半分だけ差し込んだ。

 丸い赤が、袋の口から覗く。

 窓辺の九個とは離れてしまったけれど、なくなってはいない。

 ミアはそれを確かめるように指で一度だけ揺らし、満足そうに夕食の席へ向かった。

 窓枠では、朝から一連の騒ぎを眺めていたルクスが白い翼を整えていた。

 その目が、壁から覗く赤い輪と、窓辺に残った九個を順番に見る。

「明日からもそこへ入れる気か? 九日後には、その袋の方が夏休みでいっぱいになるぞ」


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