第7話:今日のご飯は魔物肉っ!?
私の返事を待つ気もなく、ロークはオリヴァーの肩をつかんで歩き出した。
二人は肩を組み、立てた革コートの襟に顔を半分隠しながら、こちらに聞こえない声量でボソボソと相談している。
「……えぇ!?」
オリヴァーがこちらをゆっくり振り返る。
蜂蜜色の瞳を不安げに揺らしながら何か言おうと口を開いた――その瞬間。
――ドカッ。
短い悲鳴とともに、巨体のオリヴァーが跳ね上がった。
どうやらロークが、お尻を蹴り上げたらしい。
「いいから、黙ってろって」
「う、うん……」
オリヴァーはしきりにお尻をさすりながら、落ちた肩としょんぼりした背中で申し訳なさそうに歩いていく。
……どうしよう。良い予感が一つもしない。
そんな不安を抱えたまま歩くこと、わずか二分。
“飯をおごる”と言っていたロークが、自分の部屋の前の庭で足を止めた。
布をかけられた大きな箱に手を伸ばし、乱暴に布をめくり上げる。
「ついたぜ。“こいつ”が今日のごちそうだ」
「……は?」
ロークが顎で示した“こいつ”を見た瞬間、私は思わず息を呑んだ。
檻の中で巨大な蜥蜴が、じろりとこちらを睨んでいたのだ。
「……え、ちょ、ちょっと待って。これ、食べるの?」
私は震える指先で檻の中の蜥蜴を指した。
のっぺりとした長丸の頭に、地を這うような低い姿勢。
そして、直角に折れ曲がった尻尾が、ゴン、ゴン、と檻を叩いている。
間違いない――“クランクテール”と呼ばれる蜥蜴の魔物だ。
「グルゥ……」
低く唸られ、私はヒッと指を引っ込めた。
私は開発局に入るまで街から出たこともなく、
缶詰の試作で初めてダンジョンに入った時も魔物には遭遇しなかった。
生きた魔物を見るのは、これが本当に初めてだ。
……ぶっちゃけ怖い。
ロークはそんな私の動揺など気にも留めず、当然のように言い放った。
「当たり前だろ」
檻の天板を乱雑に外すと、蜥蜴がグワッと上を向いて威嚇した。
その口が開ききる――よりも早く、ロークのナイフが首元へ突き立ち、グリッとねじられる。
一瞬、空気が止まった。
ビクリと体を跳ねさせた蜥蜴は、そのまま力が抜けたようにだらりと弛緩する。
……胸がぎゅっと縮む。
“命が消える瞬間”なんて、こんなにも唐突で、こんなにも静かなんだ。
「よっと」
ロークは片手で蜥蜴を引きずり出し、太い麻ひもで手際よく縛り上げると、近くの木へ逆さ吊りにした。
その動きに一切の迷いがない。
まるで何百回も繰り返してきた“日常作業”のようだった。
喉元に指を添え、血管の位置を確かめる。
次の瞬間、杭のような鋼の管が喉から心臓へまっすぐ突き刺さった。
ドボッ、と濁った音を立てて血が流れ落ちる。
足元に置かれた木桶に、暗い液体がみるみるうちに溜まっていった。
生臭い匂いが一気に立ち込め、私は思わず一歩下がった。
けれどロークは手を止めない。
腹を迷いなく切り開き、熱の残る内臓を次々と取り出していく。
内臓と血が桶に落ちていくのを一瞥すると、ロークは刃についた血を、慣れた手つきで丁寧にぬぐい取った。
「魔物の血抜きは重要だ。素早くやればやるほど旨い肉になる」
刃を拭い終えたロークは、静かな口調で続けた。
その声は、まるで講義のように落ち着いていた。
「特に尻尾はな。暴れさせてない分、質がいい」
私はただ、呆然とその背中を見つめるしかなかった。
「魔物の肉は普通は食わねぇ。硬くて不味いからな……何故だと思う?」
「えっ……えっと……」
突然の問いかけに、私は口をぱくぱくさせるしかなかった。
ロークはちらりとこちらを振り返り、“やっぱりな”とでも言いたげに、口の端をほんのわずかだけ上げた。
フッ、と短く息を漏らすような、確認するような笑い。
その笑みは一瞬で消え、視線を作業へ戻すと、逆さ吊りの胴体に手を伸ばし、皮の端をつまんでスッと引き剥がした。
厚い革が、まるで固い布のようにベリベリと音を立てて剥がれていく。
「原因は“血”だ。血が魔力の媒介になってる」
「血が……だから、内臓も?」
「そうだ」
ロークは淡々と答えながら、皮を一気に剥ぎ取り、関節を探って尻尾の付け根を切り落とす。
その動きは、まるで“肉の構造が透けて見えている”かのように迷いがなかった。
「肉体が死ぬと、魔力の制御が外れる。暴れた魔力は周囲の肉を破壊する。だから食味が落ちるし、硬くなるし、腐りも早ぇ」
私は思わず息を呑んだ。
そんな理屈、聞いたこともない。
ロークは尻尾を軽く持ち上げ、肉の張りを確かめるように指で押した。
「だが、魔力の影響を受けないほど強い肉体を持つ高位種は旨い。鳥系や草食系の魔物にも、低位でも旨いのがいる。全部じゃねぇがな」
淡々と語る声とは裏腹に、ロークの手は止まらない。
皮を剥ぎ、余分な脂を削ぎ、部位ごとに切り分けていく。
その一連の動きは、恐ろしいほど滑らかで、正確で、速かった。
魔物を前にしているはずなのに、まるで体が勝手に覚えているかのような滑らかさだった。
……魔力と血の関係なんて考えたことなかった。
それをこの人は自分で調べて、試して、食材として扱えるところまで技術にしてしまった。
――こんなの、勝てるわけない。
唐突な敗北感に、胸の奥がじくりと痛む。
同じ開発者としての年季の違いを見せつけられたから?
それもあるけど……多分、それだけじゃない。
もっと別の……何かが足りない気がした。この人にあって、私にないもの。
でも、それが何なのかは、まだわからない。
ロークは尻尾の付け根を切り出しながら、ちらりとこちらを見た。
「続きもよく見てろよ」
私は彼の言う通り、その手さばきをじっと見ていることしかできなかった。
☆や感想を頂けましたら、これ幸い。




