第6話:名付けて「水溶粉末食」……だったのに!
多くの試作を重ねて完成した“飲めるごはん”は、水溶粉末食という名がつけられた。
水に溶いて食べる粉末状の携行食。
まさに名が体を表す、とても分かりやすい名前だ。
――のはずなのに、冒険者たちの間ではどうも“シェイク”と呼ばれているらしい。
理由は分かっている。冒険者ギルドでの実演のせいだ。
水溶粉末食は依頼人へ製造法を伝えた後、冒険者ギルドでも、安価な代替糧食として売りに出したのだ。
実際、製造法も簡単で保存も効くから、いつでも安く買えると大きく注目された。
……まぁ実際は、
「運ぶのは便利で安いんだけど……」
「あんまり食べた気がしない」「がっつり肉が喰いたい」とかそんな反応ばかり。
ある程度の批判はあると思っていたけど、酔っ払い相手だったのがいけなかった。
肉が食いたいならちゃんと稼いで、食えばいいだろ!
そんな怒りを抑えつつも、販売員としてのニコニコと笑顔を絶やさなかった私は偉い。
けど、そこにへらへらしたいかにも軽薄そうな冒険者がやってきて、私に顔を近づけた。
「水溶粉末食ねー……アニーちゃんが作ってくれるならいいけど、自分で作るのはめんどくさいなー?」
とか言い出した時、私の中で何かが切れた。
「だったら、簡単に作ってあげますよ!」
ザバッと粉と水をお椀に入れて、もう一つお椀をかぶせて蓋にして、思いっきり振ってやった。
お行儀が悪いと思ってやらなかった“シェイカー”の代理だ。
――ドンッ!と机に置いたお椀、静まり返った空気。
やらかした――と思った瞬間、
ドッっとギルドの酒場が大きな笑いに包まれたのだ。
「あっはっは! 豪快な作り方――まさに“シェイク”だな!」
その日を境に水溶粉末食は“シェイク”と呼ばれるようになってしまった。
味については、オリヴァーの協力もあってそこそこ良いものになった……はず。
ちょっと野菜の風味を感じるきな粉味。少なくとも私は気に入っている。
とはいえ、もっと別の味……種類があってもいいかもしれない。
その辺は売れ行きと相談しつつ、これからだ。
水溶粉末食は量り売り――何食分という単位で油紙の袋に詰めて販売している。
もっと大量に運ぶ場合は、革袋や樽など、水気を通さない容器に入れることになるだろう。
「……とは言えなぁ」
水溶粉末食の売れ行きはそこそこ……思ったより売れているけど、人気ではない。
よく考えれば当たり前だ。
前世で毎食”置き換えドリンク”で生活している人なんて、一部のダイエットしてる人くらいだもん。
“プロテイン”は……人によるけど、あれも栄養補助目的。ご飯の代わりではないのだから。
「栄養的には問題ないんだけどなー……」
ぽつぽつと漏れる小言を紅茶で飲み込む。
人気なら人気の、不人気なら不人気の理由がある。
その理由をフィードバックして次につなげるべきなのに、こう、微妙な売れ行きだとそれも難しい。
すると、小言に気がつたオリヴァーがソファーをギシリと揺らした。
「あ、見れよこれ。シェイ――水溶粉末食の定期注文がきてる」
「えっ! ど、どこから!」
ガタリと椅子を飛ばして立ち上がった私に、オリヴァーが紙をひらひら見せる。
「近くの救護院だってさ。飲み込む力が弱い患者でも食べられるって、すごく助かってるらしい」
「救護院……?」
そんなところに需要があったとは……
意外な返えに体の力が抜け、ストンと椅子へと腰が落ちた。
「……意外だった?」
オリヴァーがいつにも増して優しい声で続けた。
「でも、必要としてる人がいるってことはすごいことなんだよ?」
「……必要としてる人、か」
“冒険者支援技術開発局が冒険者のためだけに研究をする必要もないだろう”課長も言っていたっけ。
そっか。私が作ったもので喜んでくれる人がいるんだから、それはきっと、いいことなのだ。
ゆっくりと紅茶を飲むと、お腹の底からじんわりと温かさが広ががってくる。
それにそこそこと言え、冒険者にだって必要とされているんだし、焦る必要はない。これからだ。
依頼をしてくれた人もきっと――あれ?
そういえば渡した後から音沙汰がないけど、結局依頼人って――
「邪魔するぜ……」
ノックもせず、ドアと私の思考を断ち切って入ってきたのは、隣部屋の住人。
炊事係の一人開発者、ロークだった。
「お嬢ちゃんが作ったシェイクだったか……評判も聞いてるぜ」
ロークは部屋を一瞥し、ため息をひとつ。
ソファーにドカリと腰を下ろし、長い脚を組んだ。
「この俺が手伝ってやったんだ。もう少し、ちゃんとしてほしいもんだな」
「……はい?」
頭が真っ白になった。手伝った? いつ? 誰が?
「なんだよオリヴァー。言ってないのか?」
ロークは顎を指でこすりながら、私の反応をちらりと見る。
その視線はすぐに逸れ、代わりにソファーの肘掛けを指先でトントンと叩いた。
「え~マッドロータスの実のこと~? ロークに確保はお願いしたけど、思い出したのは僕だよ?」
「バカ言え。そもそも実の効果を見つけたのは俺だぞ?」
二人の会話が遠くに聞こえる……まさか、この男がこの開発に関わっていたなんて!
私があの日――缶詰の野外体験で誓った“ロークをあっと言わせる”決意は……一体……
胸の奥で何かがガラガラと崩れていくのを感じた。
が、紅茶を一口、ゆっくりと飲んでから、ニコリと微笑んで見せた。
「……それで、ロークさんは何をしにこちらへ?」
これ以上、この男を喜ばせたくない一心の精一杯の強がりだ。
しかし、私の内心を知ってか知らずか、ロークの口調に変化はない。
「そうだったな」
ロークはゆっくりと息を吐き、組んでいた腕をほどいた。
言いにくい言葉を探すように視線を落とし、ソファーのひじ掛けをぐっと握る。
そのまま立ち上がり、無造作にコートの裾を払って出口へ向かう。
扉の前で、ふと足が止まった。
ロークの背中が、わずかに揺れる。
「なんにせよ、お嬢ちゃんが独り立ちして……初めての仕事を終えたんだ」
背中越しに落とされたその声は、いつもより少しだけ低く、少しだけ柔らかかった。
「だからよ……」
ゆっくりと振り返る。
ロークの視線が、逃げずにまっすぐ私を捉えた。
「……この俺が、飯をおごってやろうと思ってな」
……ロークの奢り飯。
どうせこ洒落たお店になんか行かないんだと、私は小さく覚悟をした。
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