第5話:混ざらない粉と、ひと匙の救い
それから数日後、私は机に突っ伏して唸り声を上げていた。
「ううー……なんで混ざらないの……」
手元のボウルの中では、ダマがプカプカと水面に浮いていた。
外側だけ水を吸った粉の塊。スプーンで割っても、より小さいダマになるだけだ。
何回混ぜても、何度やり直しても、結果は同じだった。
机の上には、失敗した試作品がいくつも並んでいる。
粉被りくすんだ赤髪をワシワシと掻きながら、私は失敗の山を恨めしく睨みつけた。
鏡を見なくても分かる。絶対いま、ひどい顔してる。
粉がダマになって混ざらない。これ自体は“よくあること”だ。
水に溶けやすいように石臼で粉をさらに細かくしたり、デンプンが多い麦や豆の量を減らしたり……
知っていることは色々試してみた。でも、どれも決定打にならない。
重いため息を落とすと、再び額を机に押しつけた。
最終手段は、先に少量の水で溶かすことだが……手間が増えるのは何としても避けたい。
「……やっぱり、シェイカーがないとダメなのかなぁ」
前世の……例えばプロテインは、シェイカーで振れば簡単に混ざっていた。
攪拌の勢いや成分の問題……だけなのだろうか?
もっと私の知らない科学や技術が使われているとしたら――
――ドタドタッ。
――コン、コンコン!
「アニー? ちょっと試してほしいものがあってさ~」
顔を上げると、扉が勢いよく開き、息を切らしたオリヴァーがよいしょと部屋に入ってきた。
額に汗を浮かべながら抱える布袋は、いつもより口がきつく結ばれている。
「ど、どうしたの? そんなに急いで……走ってきたの?」
「ふい~……これこれ! これ、蓮の実の粉なんだけどさ~」
オリヴァーは袋を開け、淡い灰色の粉をすくって見せた。
「とろみ付けに使うものなんだけど、粉を混ぜるときに入れると混ざりが良くなるって、パン職人の友達が言ってたのを思い出してさ~」
「え、そんな使い方が……!」
「上手くいくかはわからないけどね。とりあえず、ちょっと混ぜてみよっか」
そう言ってオリヴァーは、その粉をほんのひと匙すくって試作の粉に加えた。
手渡されたボウルの中身をスプーンで何度も混ぜた後、祈るような気持ちで水を注いだ。
水にプカリと浮かぶ粉の山は、またいつもの失敗と同じに見えた。
私は震えるスプーンをそっと差し入れ、ゆっくりと崩し混ぜていく。
――沈む。
ダマが小さく崩れ、粉全体がゆっくり水に溶けていく。
「……すごい! 今までのより全然いい!」
思わず声が裏返った。
胸の奥にあった不安は一気に晴れ、オリヴァーの手をギュッと握っていた。
「でも、なんでこれだけで……?」
「うーんと、確か……この実自体が水と馴染みやすくて、均一に水に混ざろうとする……とかだったかな~?」
オリヴァーは首をかしげながら、どかっとソファーに腰を下ろした。
ここまで相当走ったのだろう。ずいぶんと汗をかいていた。
「細かい理屈はわすれちゃったけどね~。友達も便利だって、よく使ってるんだ~」
オリヴァーは机の水差しからコップに水を注ぎ、ゴクゴクと一気に飲み干した。
もう一杯ついで喉に流し込み、ようやく息をつきながら続けた。
「あとこれ、まだあんまり使う人がいないから、入手も割と簡単なんだ!」
「オリヴァー! これならいけるよ……! 配合、すぐ試してくる!」
私は材料を抱えて勢いよく立ち上がり、そのまま厨房へ向かって駆け出した。
ぱたん、と扉が閉まる。
残されたオリヴァーは、最後のコップの水を飲み干し、ふぅと息をついた。
しばらく天井を見上げてから、ハッと呟く。
「……あ、そうだ。たしかロークが“水の魔力を含んでる”って言ってたんだ。いや~魔物の蓮の実の効果なんて、ほんとすごいよな~」
得意げなロークの顔を思い出すオリヴァーの声は、私の耳に届くことはなく消えていった。
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