第4話:作れ!水で溶いたら飲めるごはん!
翌朝。
一日かけて市場を巡って集めてきた“成果”たちが、机の上に所せましと並んでいた。
「うわー! 色んな食べ物がいっぱいだ!」
食料課の厨房に入ってきたオリヴァーが、食材を前に嬉しそうに顔を緩める。
麦に豆、ナッツに野菜。野菜は備え付けの乾燥炉でしっかりと乾かしてある。
まるで小さな市場をひっくり返したような光景だ。
「そうでしょ! 作る物のイメージはもう決まってるからね!」
私は胸を張って言い切った。
オリヴァーはニコニコと笑いながらも、ひとつひとつ手に取って確かめ始める。
見た目、手触り、香り……その目つきは穏やかだが、纏う雰囲気は“料理人”のそれだった。
麻袋から取り出した麦を指先で転がし、豆の重さを量るように持ち上げる。
その仕草は、まるで素材の味の記憶を引っぱり出し、頭の中で組み立てているかのようだった。
「……うんうん。麦だけでも三種類、豆に至っては五種類。探したいのは組み合わせ、それと配合かな?」
「さすがオリヴァー! 話が早くて助かるよ!」
私はバンッと机に勢いよく設計図を開いてみせた。
今回の開発で作るのは、水に溶いて飲む食事”置き換えドリンク”
ダイエットやファスティングなどでお世話になるあれだ。プロテインとかのイメージでもいいかもしれない。
「なるほどー……水で溶いたら飲めるごはんか。確かに面白いかもね!」
オリヴァーは頷きながら設計図と机の上の食材を交互に見比べていた。
「粉にしちゃえば軽いし、隙間なく積めるかなって。それに材料も選べば栄養もバッチリなはず!」
とは言え、前世の記憶を頼りに書き出したイメージのままでは話にならない。
ここから実際に試作を重ねて、この世界に通用するものに落とし込んでいく必要があるのだ。
「さあ、早速作ってみよう!」
まずは乾燥。麦・豆・ナッツをフライパンで炒って水分を飛ばしていく。
香ばしい匂いが調理場に立ちこめ、思わず鼻が引くついてしまう。
しかし、火加減を間違えるとコゲちゃうから注意が必要だ。
次に水気のなくなった食材たちを細かく粉砕していく。
ミキサーがあればよかったけど、この世界にそんな便利なものは存在しない。
「ここからは、こいつの出番だね!」
――ゴトリ
オリヴァーが、ヨイショと机の上に取り出したのは石臼だ。
「荒く砕いたら、後は石臼で細かく擦り潰すんだけど、オリヴァー、お願いできる?」
石臼で沢山の食材を粉になるまで挽くのは、はっきり言って重労働だ。
しかし、配属先は私ひとり、そもそも就職して日の浅い私が、こんなことを頼めるのはオリヴァーしかいない。
「任せてよ~。こういうの、得意なんだ」
オリヴァーはにこっと笑うと、石臼の中央に炒り麦を流し込み、そっと手をかざした。
――ゴロリ。
石臼が、まるで生き物のようにゆっくりと回り始めた。
「えっ、動いた!?」
「土魔法でちょっと回してるだけだよ~」
何てことないといった顔で、一定のリズムで石臼を回すオリヴァー。
麦が心地よい音を立てて砕け、石臼の端からさらさらと淡い白粉がこぼれだす。
「すごい……オリヴァー、魔法の達人じゃん!」
「えへへ~、得意じゃないけど、これくらいはね」
オリヴァーが照れ隠しに、頬をかいて見せる。
……魔法か。
これまでの私はあまり興味がなかったみたいだけど、私にもあるのかな? 魔法の才能。
「ところでアニー、この麦は、もう少し炒った方が香りが出るよ」
「えっ、そうなの?」
「うん。粒が大きいから、水分がちょっと残ってる。あとでやっとくね」
オリヴァーは石臼から出てきた粉を指先でつまみ、ペロリと舐めて確かめた。
あっという間に麦を挽き終えると、豆を石臼に流し込む。
――ゴリゴリ。
豆が砕けると、ふわりと甘い香りが立ちのぼり、黄金色の粉がこぼれ出した。
「豆はこれでいいけど、このナッツは挽き過ぎると油が出ちゃうかも。あと、この乾燥野菜は最初に荒切りしてから混ぜた方が粉になりやすいよ」
そこからは完全にオリヴァーが主導だった。
私は次々と飛び出す材料の情報をメモするだけで精一杯。
いつもはおっとりした緩い熊みたいな雰囲気なのに、 今のオリヴァーは頼れる熟練の料理人そのものだった。
この開発は私の発想で始まったものだけど、完成に近づけているのは間違いなく彼だ。
製粉は順調に仕上がり、机の上にはいくつもの粉袋が並んだ。
麦の香ばしさ、豆の甘い匂い、ナッツの風味。それぞれがふわりと漂い、どれも悪くない。
オリヴァーがひょいひょいと粉をすくって混ぜ合わせていく。
栄養も十分、香りも良い。見た目は……薄い黄金色。ところどころに野菜粉の緑が混じる。
「野菜はちょっと少なめだけど、これ……いけるんじゃない?」
「苦みを抑えるとどうしてもね~。でも、ちゃんと飲めるごはんだよ!」
試作の完成が目前に迫り、私もオリヴァーもテンションが上がっていた。
ここまでの工程は、驚くほど順調だったのだ。
「じゃあ、試しに水で溶かしてみよっか!」
私は勢いよくカップに粉を入れ、水を注いでスプーンでかき混ぜる。
――しかし。
「……あれ?」
「あれれ?」
粉は水面に浮いたまま、ダマになって混ざらない。沈みもしない。溶けもしない。
さっきまでの高揚感が、音もなくしぼんでいく。
「……え、ウソ。これ、もしかして……」
オリヴァーも眉を寄せ、カップを覗き込む。
いつもののんびりした表情が消え、困ったように頬をかいた。
「アニー……全然水に溶けてないよ……?」
調理場に、しんとした沈黙が落ちた。
順調だった開発は、ここで初めて壁にぶつかったのだ。
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