第3話:糧食係の初仕事
「うーん、やっぱりかぁ……」
机の上に分けられた幾つかの紙束を見やり、私はため息をこぼした。
商人たちや冒険者ギルドから集めたアニー缶の売れ行きと要望のとりまとめ。
前世でいうとこのマーケティングチェックの真っ最中なのだ。
「売れてるのは嬉しいけど……これ、完全に“商人向け”じゃん……」
紙束のひとつには、砂糖漬けの果実を詰めたアニー缶の注文書がぎっしり。
別の束には、油漬けの魚を遠方の街へ運ぶための依頼書。
どれも冒険者ではなく、商人や料理人からのものばかりだ。
ちらりと目をやり、机の端に置かれた薄い紙束――冒険者ギルドの売買集計をつまむように引き寄せる。
すると、明るい緑なかに光の様な黄色が瞬くはずのアニーの瞳が、その光を急速になくし始める。
「試食は人気なのに、買取量は少ない……やっぱりこれじゃ、ダメなんだ」
紙束と共に机にパタンと顔を伏せる。
“……期待してるぜ? 天才発明少女さんよ?”
不意に炊事係のロークの言葉が頭に蘇る。
「絶対にあきらめない~~っ!!」
うつぶせのままわしゃわしゃと髪をかき混ぜていると――
コンコン
控えめのノックの音に、私の奇行はピタリと止まった。
「は、はいっ!」
「仕事中に失礼する。今いいかね?」
さして失礼とも思っていないような平坦な声の主が、部屋へと入ってくる。
銀の丸縁モノクルに深緑のロングコート、どれも上品な仕立ての割に装飾は少なく、シャツも生なり。
白髪の混じった暗金の長髪を緩くまとめている不機嫌そうな男の名はゴードン=フレイマン。
私の上司、冒険者支援技術開発局 生活改善部 食料課の課長にあたる人物だ。
その姿を見た瞬間、私は背筋を伸ばし、場違いな敬礼をしてしまった。
「課長! 大丈夫です。ちょっと散らかってますけど――」
「気にしなくていい。仕事に熱心なのは悪いことではない」
グイッとモノクルの位置を直すと、眉間のしわが一層濃くなる。
そのわずかな動きだけで、胸の奥がきゅっと縮む。
焦る私の様子を気にもせず、課長はスタスタと部屋の中に入り、スッとソファーに腰を下ろした。
私は慌ててティーセットを持って、向かいに座る。
紅茶を注ぐ手が、ほんの少しだけ落ち着かない。
課長はその様子をじっと見た後、険しくなった眉間を揉みほぐしながら声を発した。
「……キャンベル君、先日の野外体験はご苦労だった」
やはり声は平坦で、細く動かない瞳からも感情が読み取れない。
ロークと同じように、課長も缶詰について、良く思ってないのだろうか……。
「食料課では開発した製品について、開発者自らが現場で使い勝手を確認するのが通例となっていてね……まぁ、今回は商人の突き上げもあって、後回しにしてしまったんだが……」
課長はティーカップを手に取りつつ、淡々と続ける。
「実体験や使用者の生の声は貴重だ。それを無視して、世に望まれるものは生まれない」
「……そうですね。私もそう思います」
私はしゅんとカップへと視線を落とす。
“世に望まれるものは生まれない”その言葉が、私の胸の重くのしかかった。
「……とは言え、だ」
飛び出した意外な言葉に、私はハッと課長の顔を見た。
「君の考えたアニーの缶は、商人たちの望むものであったこともまた事実」
スクッと立ち上がった課長はゆっくりと窓へと歩いていく。
「……いいのではないか? 冒険者支援技術開発局が冒険者のためだけに研究をする必要もないだろう」
「そ、そうでしょうか」
その言葉は、まるで独り言のようだった。
私に向けたものなのか、ただの事実確認なのかすら分からない。けれど、そこに拒絶の色はなかった。
「そうだとも。その証拠がここにある。」
課長は深緑のロングコートを翻して振り返ると、懐からひとつの封筒を取り出し、中身を開いて見せた。
「君の缶詰の開発を評価した人から、新開発の依頼が届いている」
「新開発……ですか」
にわかに信じられない。
胸の奥が、驚きと戸惑いでざわつく。
「とにかく運びやすくて栄養のある食料を開発してほしいとのことだ」
ソファーに座ったまま、手渡された手紙をまじまじと眺める。
缶詰の素晴らしさを称える文章の後に、確かに新開発についての依頼が書かれていた。
“より遠くに、より多く、食料として持ち運びできる糧食が欲しい”か……。
形や材料の指定はどこにもない。保存期間の条件もない。
つまり、どう作るかは全部こちらに任せるつもりらしい。
温くなった紅茶をひと口飲み、手紙の文字を指でなぞる。
缶詰のような、商品を運ぶ仕組みが欲しい訳じゃない。あれじゃ、重いしね。
もっと雑に積んでも平気で、長い距離の移動にも耐えられる――そんな“糧食そのもの”を求めているのだろう。
「それで軽くて、栄養があって、腐らない……そんな都合のいい食べ物か……」
ぽつりとつぶやいてから、空になったカップに紅茶を注ぐ。
砂糖入れの蓋を開け、砂糖を二杯。サラサラと紅茶に落としていくと――
次の瞬間、私の頭に電流が走った。
「……粉だ!」
思わず声が漏れ、私は勢いよくソファーから立ち上がった。
紅茶のカップがカタリと揺れる。課長が何か言いかけた気がしたが、もう耳に入らない。
自席へ駆け戻り、机の上の紙束をかき分ける。
白紙を引き寄せ、ペンを握った瞬間には、もう思考が走り出していた。
「軽い、かさばらない、積みやすい……そうだよ、乾いていればいいんだ……!」
紙の上に、荒々しい線が次々と走る。
粉末状の食料、袋詰め、携行性、保存性――前世の知識が一気に噴き出すように繋がっていく。
「これなら……袋に詰められて、いくらでも積める!」
霧が晴れたように視界が明るくなり、考えがひとつに繋がっていく。
次の開発の仕様が、雪崩のように形を成し始めていた。
「キャ、キャンベル君……?」
「課長! アイディアあります! 任せてくださいっ!」
言い切るや否や、私は紙束を抱えて部屋を飛び出した。
廊下に響く足音は、まるで弾むように軽い気がした。
――取り残された課長は、しばし呆然とその背中を見送っていた。
やがて、静かにモノクルを押し上げる。
「……思い立ったら即行動、か。これが若さというものだな」
遠ざかっていく小さな影に目を細め、ほんのわずかに息を吐く。
「うまくいくと、いいんだが……」
熱意と勢いは、時として大事なものを見落とす。
それを分かっていながら、止める言葉を選べなかった自分に、課長はわずかな不安を覚えずにはいられなかった。
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