第2話:簡単美味しい、驚きの野戦飯
冒険者が求める本物の飯。
その言葉が頭から離れない私は、作業を邪魔しないようにゆっくりと彼の背後に回った。
焚火に照らされて、彼の降ろしたものがぬらりと橙を返した。
――丸々太った魚。それも、私の腕ほどある大物だ。
大きな葉の上に転がされた魚に、ロークは何のためらいもなく、腰のナイフを滑らせていく。
ぱちぱちという焚火の音の中、彼の刃が立てる音はとても静かで、素早かった。
「デカい魚だろ? コイツも魔力の影響を受けた魔物――魔魚だ」
そう言いながらヒレを落とし、骨と身の間に刃を滑らせ、三枚におろしていく。
動きに無駄がなく、迷いもない。
「小さい川でも結構とれる魚でな。あ、内臓は先にとって流してあるぜ」
卓越したナイフさばきは、目で追うことすら難しい。
ただ、皿代わりにしている葉には一切傷がついていない。
そうこうしているうちに皮も剥ぎ終わり、ぷりっと厚みのある魚の白身が、葉の上にそっと載せられた。
固唾をのんで作業を見つめる私を一瞥すると、ロークは小さく笑った。
「野外でもダンジョンでも、すぐそこに食えるもんがあるのに、保存食ばっか食ってちゃ勿体ねぇだろ」
彼の視線はすぐさま目の前の食材へと戻り、こちらに向くことは一度もなかった。
魚の身を一口大に切ると、塩もみして軽く洗う。
そのまま魚の身と一緒に、周囲から摘んできた野草やキノコを迷いなく鍋へ刻み入れていく。
大量の具材が鍋へと落ちていく、ちゃぽちゃぽと言う水音だけがひどく耳に響き残った。
「オリヴァー、用意はできてるか?」
「もちろん大丈夫だよ~」
不意に顔を上げたロークが、オリヴァーに問いかける。
要領を得ない私をよそに、オリヴァーも心得たりと嬉しそうな声を返す。
「あ、アニー。ちょっと危ないから離れててね」
オリヴァーに言われるままに、彼の大きな背中へと回り込む。
彼は火ばさみで、焚火の中のこぶし大の石を器用に転がし出した。
石の表面は真っ赤に染まり、じりじりと空気を歪ませている。
「よし、後は俺がやる」
ロークは短く言うと、コートの端を使って焼け石を掴み――
一瞬で鍋の上へ運び、慣れた手つきでそのまま沈め込んだ。
――ジュワアアアアアア!
焼け石がけたたましく鳴き、鍋の中から一気に白い湯気が噴き上がった。
ボコボコと泡を立てる鍋を軽くかき回しつつ、ロークが素早く味を見る。
熱気で顔をしかめながらも、その表情はどこか嬉しそうだった。
「……よし。あとは仕上げだ」
彼は腰の袋から小さな岩塩の塊を取り出すと、ナイフの背でそれをシャッ、シャッと削り落としていく。
さらに山椒の実を潰し入れ、少量の生姜をスライスして入れる。
ロークが鍋をひと混ぜすると、湯気の奥で白身がふわりと花のようにほぐれた。
魚と野草の甘い香りに、生姜と山椒の香りが重なり、思わずごくりと喉が鳴ってしまった。
「うわぁ……いつにも増して美味しそうだね! これ!」
オリヴァーが思わず巨躯を乗り出して鍋をのぞき込む。
ロークは頭をぐいっと押しのけ中身をよそい、ずいっと私の前へと押し出した。
「ほらよ。飯は熱いうちに食えってな」
差し出された椀を前に、私は思わずたじろいだ。
「え、でも……さっき缶詰を食べたばかりで……」
「食える時に食っとくのが冒険者ってもんだぜ? お嬢ちゃん」
ロークは得意げな顔で無精ひげの這えた顎をさすって見せる。
なんとなく、このまま食べなかったら負けのような気がして、ひと口すくって口に運んだ瞬間――
「……っ!」
熱さでも驚きでもない。
ただ、あまりの美味しさに、体がびくりと震えた。
魚の身は舌の上でほどけ、野草の甘さをまとった優しい風味が一気に広がった。
それを追いかけるように、生姜と山椒の小さな刺激が鼻へ抜け、味を程よく絞める。
「……美味しい」
思わず、言葉がこぼれてしまった。
「いいねローク! 今日の特にキノコの味が効いてるきがするよ!」
オリヴァーはスープの熱さに顔を真っ赤にしながら、ふーふーと息を吹きかけつつも止まらない勢いで椀をかき込んでいた。
「朽ち木の洞に珍しい平茸があったからな、そいつのお陰かもな」
ロークはスープをひと口すすり、満足げに小さくうなずいた。
ちびちびと食べ進める私は、お椀で顔を隠しながらロークへ問った。
「あの……塩だけなのに……どうしてこんなに味がまとまっているのでしょうか?」
ロークはお椀を片手に持ったまま、焚火から風上の岩へと歩いていく。
「食材の組み合わせ、味付け、鮮度、俺の腕……ま、理由なんて星の数ほどあるんだがな」
歩みを止めた彼は、振り返りざまにドカッと岩に腰を下ろし、ゆっくりと顔を上げてにやりと笑った。
「採れたものをその場で、腹いっぱい食う。これが一番うめぇんだよ。……お嬢ちゃん、わかるか?」
私はお椀を抱えたまま、つられるように夜空を見上げた。
優しい夜風が髪を揺らし、微かに汗ばむ頬を冷ましていく。
それでも、お腹の奥の熱は消えずにたまり続けているのがわかった。
「野外の食事という解放感……? 満腹まで食べる満足感……?」
缶詰では決して得られない“何か”が、胸の奥で静かに広がっていく。
「確かにそういうのは、缶詰しゃ難しいかもしれない……です」
お椀に私の小さいため息が載った。
「はぁー、そういうのじゃねえんだよなぁ」
「えっ…?」
深いため息に慌てて顔をあげると、大げさに首を振るロークが目と合った。
「な、なら、どういう意味……」
「なんでも教えてもらえるはずないだろ?」
「……っ!」
言葉を失った私を横目に、ロークは小さく笑って焚火へ視線を戻した。
「ま、いずれわかる日が来るだろ。……期待してるぜ? 天才発明少女さんよ?」
焚火だけを見つめたままの彼の言葉の真意は見えない。けど、一つだけ分かったことがある。
このまま、負けっぱなしでは終われない。
野戦飯に負けない保存食を作って、ロークの奴をあっと言わせてやるんだ!
胸の奥に、静かな闘志が燃え上がっていくのを感じた。




