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携行糧食研究部 - 野戦飯には負けられない! -  作者: 泉井 とざま


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12/15

第12話:開発評価の行きつく先は……

「はい。お茶だよ~」


 湯呑みを配ったオリヴァーが、ソファーにしっと腰を掛けた。

湯呑みを両手で包みながら、ふぅふぅとお茶を冷まして寛いでいる。

その柔らかな仕草が、張りつめた空気を少しだけ和らげてくれる。


 長机には、私の開発した二つの携行食と、その販売実績や冒険者の声をまとめたレビューが並んでいる。


 ロークは腕を組んだまま、背もたれに深く寄りかかっていた。

無表情だが、視線だけは鋭く、机の上の試作品をじっと見据えている。


 私たち三人は、糧食係室の机を囲んで座っていた。


「えっと……それじゃ、報告書の確認を始めます」


 自分でも分かるほど硬い声が、静かな部屋に落ちた。

前回の“水溶粉末食”の微妙な評価が脳裏をよぎり、喉がひゅっと細くなる。


「今回開発した“携行型完全食一号”と“肉入り携行型完全食”について――」

「長ぇ! んなもん“一号”と“肉入り”でいいだろ!」


 ロークの低い一言が、私の言葉をぶった切った。

腕を組んだまま、ぎろりと睨むようにこちらを見る。

その視線とぶつかった瞬間、背筋がびくっと跳ねた。


「ちょっ……! それじゃ何かわかんないじゃないですか!」


 思わず声が裏返る。

自分の両手が、いつの間にか膝の上でぎゅっと握りしめられていた。


「ギルドじゃもう、それで通ってる。シェイクの時と同じだな」

「えぇ!? 私がつけた名前は!」

「……言っちゃ悪いが、名づけのセンスがな……何つーか、硬いんだよ」

「そんなっ……!」


 用途目的を短く分かりやすくまとめた最高の名前のはずなのにっ!


 思わず、キッとロークを睨みつける。

するとロークは、腕を組んだまま口の端だけをわずかに吊り上げて返された。


 ――完全に、からかっている顔だ。


 カッと熱く胸をぐっと堪えて深呼吸。

いろいろ言いたいけど、緊張をほぐすためのわざとだ……多分。

そう思った途端、張りつめていた肩の力がすうっと抜けていく。


「……はぁ。もう呼び方はいいです。報告書、見ていきますね……」


 声を張ったのが良かったのか、それまでの緊張は、不思議と消えていた。


「まずは携行……一号から。棒形状の携行性、あと簡単に食べられるところがいい。らしいです」

「味もシェイクの時より良くなってるね。ナッツとか荒砕きの具材が残ってるのもいいアクセントで、ちゃんと食べてる感が得られる」


 オリヴァーが机の上の一号をぱっと手に取り、カサリと包み紙を開けた途端、素早く口に運ぶ。

ザクザク、コリコリと、軽やかな咀嚼音を響かせながら、食レポしている。


「なんだよオリヴァー。ずいぶん真面目な言い方だな」

「えー? 僕はいつも真面目だよ~? 料理に対しては特にね~」


 茶化すロークに対して、オリヴァーがにこやかに返す。

ズズッとお茶を啜って一息……と思ったら、すぐに二個目に手を伸ばしている。


「んー……でもやっぱ、大きさは要検討かも。一本じゃ足りないって声もある。でも、パサついて食べにくいって意見もあるんですよね……」


 報告書の重要そうな意見に線を入れながら、そっと補足する。


「その点、肉入りの方はねっとりしていてパサつきはないよね。干し肉と脂のおかげで濃厚だし、ベリーの味が効いてて食べやすい」


 肉入りの携行食を頬張っていたオリヴァーが、もぐもぐしながら味の感想を教えてくれる。

……貴方、さっき一号食べてたはずなのに、今はもう肉入りを食べているのね。


 ロークは報告書に目を通しているけど、口を開く様子は無し。

私が主体となって進めろってことだろうか。


「肉入りは一部では、くどいとか脂っぽいっていう意見もありますね。万人の好みの味を目指して、これからも研究していかないと」

「確かに、肉入りの方は“男の子”って感じはするかも。僕は好きな味なんだけどな~」

「濃い味故に味変をしにくいのも課題です。一号なら味のバリエーションを作ることも可能なんですけど…」


 私も肉入りをかじりつつ、味の感想を述べる。

噛むほどに干し肉の旨味と塩味が広がるけれど、同時に“脂のくどさ”が舌に残る。


 野菜を増やして脂に味付けする方法もあるんだけど……保存期間が短くなるのが問題なのよね。

オリヴァーに伝えると、早速試作! ってなるから、今は黙っておこう。


 味、食感、保存性、改良案……頭の中でぐるぐる回り始めて、手元のメモにペンが走る。


――ロークさんは、どう思ってるんだろう。


 沈黙のままのロークに胸の奥がざわつき、チラリと彼の方を見た。


「まーでも、どっちも売れ行きはシェイクよりいいみたいだな。水に溶かす手間がないのと、噛んで食べる歯ごたえがウケたんだろ」


 唐突なロークの褒め言葉。

私は思わずペンを止め、顔を上げた。


「……なんだよ」


 バッと振り返ると、「何だ?」と言いたげなロークと目が合った。

その視線はいつも通り鋭く、どこかめんどくさそうな気配を漂わせている。


「あ、いえ……てっきり、ダメだしされるものだと思っていたので……」

「俺が試作から手伝ったもんに、自分でダメ出しするかよ」


 ロークは手にしていた報告書を机に放ると、ふーっと息を吐きつつ頭を掻いた。


 じっと見れば、ほのかに耳が赤いような気もする。

もしかして……照れてるのかな?

そう思うと、じんわりと胸が熱くなってくる。


――少しは開発者として、成長できたのかもしれない。


 だがこちらの視線に気づいたロークが、わざとらしく咳払いをした。


「……ま、褒めるのはここまでだ。問題もある」


 声のトーンも心なしか低い。

報告書の一部をトントンと指で叩きながら、言葉を続けた。


「まだ、ちょっと高いみたいだな。もっと普及させるには、値下げが必須だ」

「うーん……もっとたくさん作れば、生産費用を抑えられますけど……」

「そうなると、ゴードン……あー、課長の判断次第か」


 あ、課長の名前ってゴードンって言うんだ……いや、何を考えているんだ私。

集中力がちょっと切れかかっているのかもしれない。


「ふたりとも、そろそろちょっと休憩にしようよ」


 いつの間にか席を外していたオリヴァーが紅茶のセットを持って席へと戻ってくる。


「アニーの教えてくれた緑茶もいいけど、いつもの紅茶もやっぱいいよね~」


 湯気の立つカップが机に並び、部屋の空気がふっと緩む。


 それでもお茶請けは、試作で作った携行食だった。

砕いたやナッツや麦、ドライフルーツを蜂蜜で固めた甘い携行食。


 半分冗談で、自分用に作った味。もちろん、コストの関係で採用は断念したものだ。


 蜂蜜の甘さに頬を緩ませていると、パサリとロークが紙束を放ってよこした。

怪訝な顔で彼を見るが視線は合わず。知らぬ存ぜぬとそっぽを向いている。


「なんなのよ……って、え? 特別携行型完全食の、市場評価……?」


 飛び込んできたタイトルに心臓がドキリと跳ねた。

乱暴に表紙をめくって、急いで内容に目を走らせる。


「そんな…この、蜂蜜の携行食は高いからやめようって話だったのにっ!」

「課長判断で採用を決めたらしいぞ。上級冒険者が高くても売ってくれだとよ」


 クツクツと笑うロークが補足してくる。完全に面白がられている。

そこでハッとして、オリヴァーを見ると、彼は気まずそうに頬を掻いていた。


「えーっと……ごめんね? とっても美味しかったから、課長にちょっと話しちゃったんだよね……」

「作れる量も少ねぇもんだから、予約してまで欲しがる奴もいるみたいだぜ? この“レアもん”は」


 一号の百本分の値段でも買う人がいるなんて、頭の中が真っ白だ。

多くの人が手に入れられるように、安く安く作れることを目指してきたけど、こんな展開になるなんて。


「お肉もいいけど、甘いは正義だよね~」

「なんでも出してみるまで分かんねぇから、面白ぇよな」


 二人の声が遠く聞こえる。

嬉しいはずなのに、胸の奥がそわそわして落ち着かない。


 ため息を押し込めるように紅茶を飲み込む。

それでも、はぁーと深いため息がこぼれてしまった。


「もしかしたら私、冒険者っていう人のこと、全然わかってないのかも……」


 こぼれた呟きは、本心そのものだった。

自分が“好きで作っただけ”の味が、誰かの“欲しいもの”になっていたなんて、嬉しい。

でも、冒険者のことをわからずして、彼らのための開発ができるのだろうか? いやできない。


 紅茶を手にしたまま、私はじっと固まった。

何も分かっていないまま作ってきた自分が、急に心細くなる。

これからも、新しいものを作っていけるのだろうか――そんな不安が胸を締めつける。


 そんな私に向かって、思いがけない声がかけられた。


「だったら、これから知ればいいだけだ」


 静かで優しいトーンのロークの声に、ゆるりと顔もむける。

表情にもいつもの険はなく、どこか優しい雰囲気を纏っていた。


「アニー、籠ってばかりじゃいいもんは作れない。もっと現場を見ろ」

「現場……ですか?」

「ああ。冒険者がどんな場所で飯を食ってるか知らなきゃ“本物”は作れねぇ」


 ストンと胸に言葉が落ちる。その通りだ。


 冒険者のことを知るなら酒場で話を聞くだけでもいいかもしれない。

けど、現場を知れば、さらに良いものが作れる。そんな予感がした。


「まさに、百聞は一見に如かずですね」


 ついつい前世の慣用句が口からこぼれてしまった。


「……あ、話を百回聞くのと現地を一回見るのは同じくらいの価値があるって意味なんですけど――」

「なら行くか。ダンジョン。」


――へ? 今、どこに行くって?


 言葉の意味が頭に入る前に、思考がぴたりと止まった。

紅茶を持つ手だけが、妙に場違いに温かい。


 ピシリと固まった私を、ロークは優しい瞳のまま見つめている。

まるで“もう決まったことだ”と言わんばかりに。


「大丈夫だ。課長の許可も下りている」


 淡々と告げられたその一言で、

私の理解が追いつく前に、二人の話だけが勝手に進んでいく。。


……いや、ちょっと待って。

全然、大丈夫じゃないんですけど。

☆や感想を頂けましたら、これ幸い。


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