第11話:サクッと噛める、携行食!
「ずいぶん熱心にやってるじゃねぇか」
唐突な声に振り返ると、厨房の扉にもたれかかるロークがいた。
腕を組んだまま、こちらをじろりと見ている。
私はその声に反応して、ピタリと動きを止めた。
ついさっきまで、材料の仕分けとレシピの確認を同時にこなし、
頭の中では次の工程まで組み立てていたところだ。
手も思考もフル回転で、目が回るほど忙しかった。
「で……俺も呼ぶなんて、どういう風の吹き回しなんだ?」
ロークの顔には、驚きと興味が半々に混ざったような表情が浮かんでいた。
私は深呼吸して、ロークに向き直る。
すっと息を吸い込むと、そのまま勢いで言葉が飛び出した。
「ロークさんの冒険者目線の意見は重要ですから。開発段階で指摘がもらえるなら、より良いものが作れるかなって」
ロークは一瞬だけ目を細め、すぐにニヤリと口角を上げた。
「なるほどな。そういう事なら――遠慮はしねぇぜ?」
ちょうどそのとき、厨房の奥からオリヴァーが姿を現した。
重ねた大きなボウルと泡立て器を抱え、頬を上気させている。
「ローク! 今日はよろしくね~!」
ロークは軽く手を振って返すだけだった。
その視線は、ドンッと置かれた調理器具と、きれいに揃えられた材料たちへと移っていく。
「……なるほどな」
しばらくすると、納得したように顎鬚をこすり、そして、ゆっくりと私の顔を見つめた。
「……お前、なんか吹っ切れたな」
「はいっ!」
返事が思ったより大きく出た。気づけば、顔がくしゃりと笑っている。
でも、それでいい。もう抑えるつもりなんてない。
私が作りたい“ごはん”のために、妥協なんてしない。
使えるものは、何だって使う。前に進めるなら、全部を武器にする。
「それじゃあ、始めましょう! 今日は、“噛んで食べる携行食”の開発です!」
パチンと手を打つと、胸の奥で燃えていた火が、一気に勢いを増して燃え上がった。
こうして、私たち三人での新しい試作が――ついに始まったのだ。
――気づけば作業は本格的に始まっており、厨房は熱気と香ばしい匂いに包まれていた。
「固焼きにならないようにさ~」
オリヴァーが大きなボウルを抱えながら話す。
「泡立てた卵白を混ぜてみたらどうかと思って」
忙しなく泡立て器を動かしているはずなのに、息切れする様子はない。
金属の触れ合う音と、生地を混ぜる一定のリズムが、厨房に心地よく響いていた。
オリヴァーは頬を上気させ、目はきらきら。
新しい料理に期待する“料理オタク”の顔になっている。
しきりにオーブンの予熱を気にして、ちらちらと振り返って確認している。
「うん。空気が入ったら、もっとサクッとすると思う!」
言われてみれば、マカロンにブッセ、ラングドシャ。
メレンゲを混ぜて食感を軽くするお菓子は沢山ある。
本当に、オリヴァーの発想には助けられてばかりだ。
「理屈は分かるぜ」
ロークが腕を組んだまま、オリヴァーの混ぜる生地をじっと見つめる。
「あの粉を焼き固めただけじゃ、さすがに硬すぎたからな……」
試作品をつまみ上げ、机をコンコンと叩く。
石とまでは言わないが、硬質な音を奏でているのは間違いない。
「まあ、確かに食べ応えは前より期待できそうだ。だが、冒険者の男どもが喰うには、まだまだお上品じゃねぇか?」
私は胸を張って答えた。
「任せてください! それはこれからです!」
ロークの目が細くなる。
「ほう……」
興味が、さっきよりも明らかに深まっていた。
――そう。
食感だけじゃ足りない。
“噛んだときに広がる旨味”がなければ、冒険者の胃袋は掴めないのだ。
私は隣のテーブルで別の試作に取り掛かった。
幾つかの材料をザラザラとボウルの中に広げていく。
穀物、砕いたナッツ、刻んだ干し肉、乾燥ベリー。
白・茶・赤・紫……色とりどりの素材を木べらでしっかりと混ぜ合わせる。
「よし……あとはここに――」
湯煎にかけていた脂が、とろりとボウルに流し込まれた瞬間、背後からロークの声が飛んだ。
「っ! ……それは脂か!」
振り返ると、ロークが目を見開いてこちらを見ていた。
「もうわかるなんて、さっすがローク! すごいよねぇ!」
隣からオリヴァーが嬉しそうに声を上がった。
「溶かした脂で棒状に固めるごはんなんて、僕、初めてだよ!」
――脂で固める保存食。
前世で言うところの“ペミカン”という食べ物。
ゲームで知った、アメリカ先住民たちの伝統的な保存食だ。
「上手く固まればいいんですけど……」
正直、脂でどこまで固まるのか自信がない。
もしボロボロと崩れてしまうようであれば――
「油紙で包めば多少脆くても大丈夫! 運べるよ!」
オリヴァーが明るく返す。
ロークはため息をつきながらも、どこか楽しそうに言った。
「オリヴァー……お前、こいつは旨いと思うか?」
「もちろん! 濃厚な脂の中に香ばしいナッツと酸っぱいベリーのアクセント……最高じゃん!」
ロークは突然、大きな背中をひるがえして外へ歩き出した。
私はあわてて、彼の背中に声を投げた。
「え、ロークさん! どこへ!」
「あいつが旨いって言うなら、何の心配はねぇよ、じゃあな」
そう言い残してロークは厨房から姿を消した。
――厨房の扉が閉まる音が背後で小さく響く。
ロークは扉の前で足を止め、ふぅと深く息をついた。
失敗の後悔と重圧に、しばらく時間が必要かと思っていたが――杞憂だったようだ。
背中越しには、アニーとオリヴァーが楽しそうに次の試作を話し合う声が聞こえる。
穀物の配合、脂の量、形状の工夫……
二人の声は熱を帯び、子どものような笑い声が弾んでいた。
ロークはゆっくりと歩みを進めながら、光を宿したように目を輝かせて開発に没頭する少女の笑顔を思い返す。
「……やっぱり、お前はすげぇ奴だな」
ぽつりと零れた言葉は、誰にも聞こえない。
だがロークの目は、ほんのわずかに険しさを帯びていた。
「――だからこそ、知らなきゃならねぇことがある」
その呟きは、空気に吸い込まれるように消えた。
ロークは表情を変えぬまま、迷いなく歩みを進めた。
☆や感想を頂けましたら、これ幸い。




