第10話:カ□リーメイトもどきでは終わらせない!
課長が去ってしばらくしても、私は床にへたり込んで動くことができなかった。
「お休みじゃなかった……やっぱり課長は、鬼だ……」
ぽつりと呪詛を吐き出して、はぁーっと深くため息をつく。
そのままだらだらとソファーに寝そべると、ぼんやりと机の上の籠を見つめる。
「……次の依頼、か」
呟いた声が、やけに部屋に響いた。
のそりと籠の中へと手を伸ばし、飾りのない白い封筒を引っ張り出した。
封はすでに切られていて、口がきれいに折り直されている。
……課長が中身を確認したのだろう。
そんなことを思いながら便箋を取り出す。
この前の依頼文より、紙が厚いというか……妙に“ちゃんとしてる”というか。
その違和感も、文面を読み終える頃にはすっかり頭から消えていた。
―――
前回ご提供いただいた“水溶粉末食”につきまして、当方にても確認を行いました。
その結果、その携行性・保存性・調理の容易さに、極めて高い有用性が認められました。
特に、長距離移動を伴う場面における負担軽減効果は顕著であり、大いに助力となることでしょう。
迅速な開発と改良に対し、深く謝意を表します。
つきましては、さらなる運用の拡大と多様化を目的とし、下記条件を満たす新たな携行食の開発を依頼いたします。
【依頼内容】
“携行性を意識した食べ応えがあって栄養価のある食料”
以上、何卒よろしくお願い申し上げます。
―――
読み終わった瞬間、私は固まった。
さっきまで寝そべって読んでいたのに、気づけば上体を起こしていた。
褒められている。しかも、めちゃくちゃ丁寧に。
それにこの硬い文面。相手はきっと冒険者ではない、もっと偉い人だ。
そこまではいい。問題はその次だ。
「“携行性を意識した”食べ応えがあって、栄養価のある食料……?」
なんだろう、胸の奥がむずむずする。
もう一度読み返したら、むずむずが勝手に声になっていた。
「なんか……携行性の優先度、下がってない?」
いや、下がってる。絶対に下がってる。
“とにかく運びやすくて栄養のある食料”って言われたから粉体にしただけなのに……。
気づけば私は完全に座り直し、便箋を握りしめていた。
「もしかして、なんでも粉にする女と思われてるっ!?」
――ガタリッ!
勢いよく立ち上がった私の叫びが、部屋に虚しく響いた。
……数拍の後、ストンとその場に腰を落とす。
机の上には、課長が置いていった黒パンと干し肉と、安ワインがまだ残っている。
「……はぁ。食べ応え、ねぇ」
黒パンのかけらをひょいとつまんで指で押しつぶしてみる。
そのまま口に放り込む。……硬い。パサつく上に硬い。
「硬い……これが“食べ応え”ってわけじゃないよね……」
もそもそと口の中で転がしながら、安ワインを手に取る。
ワインと一緒に黒パンをぐいっと流し込む。
途端に、口の中が酸っぱさでいっぱいになる。
「うーん……ちゃんと噛める携行食、かぁ」
課長の残した黒パンを見つめながら、私はゆっくり息を吐いた。
……実は、この依頼に対する“答え”はもう知っている。
前世でいうところのバランス栄養食。カ□リーメイトみたいなやつだ。
「作ろうと思えば、作れるんだけど……」
水溶粉末食をいい硬さで焼き固めれば形にはなる。
オリヴァーに頼めば、その辺はうまくやってくれるに違いない。
――でも。
「それで終わりで、いいのかな」
胸の奥に、小さなひっかかりが残っている気がする。
その時、視界の端で干し肉が妙に存在感を放った。
硬くて塩辛くて、噛んでも噛んでも、なかなか味が出てこないやつ。
「……肉が喰いたい、だっけ」
水溶粉末食を作った時に、冒険者たちが言っていた言葉。
焼き固めただけのカ□リーメイトもどきじゃ、きっとまた同じことを言われてしまう。
歯ごたえだけじゃ足りない……“食べ応え”には、まだ別の要素がある。
「絶対、作ってやる。」
思わず声が出た。
胸の奥で、何かがカチリと音を立てる。
「……そう、“本物の食べ応え”よ。肉が食いたい? いいわよ、叶えてやろうじゃない!」
私は干し肉を口に放り込み、机の上の紙束を引き寄せた。
ペンを握る手は、もう止まらない。
「硬さ……脂……肉……乾燥……保存性……携行性……!」
ワインの瓶を片手に掴み、そのままグビグビと飲む。
不味い。けど、今の私にはそれがちょうどいい。
「見てなさい。次はぐうの音も出させないわ!」
その夜、ワインが空になっても、部屋の明かりが消えることはなかった。
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