肉を焼いた
しばらくの沈黙の後
皆はゆっくりと外の扉へ繋がる通路へと
進んでいった。
振り返るものはいない。
足音が遠ざかる。
やがて、完全に気配が消えた。
静かになった部屋で
俺はひとり焼却炉を見下ろす。
さて、と。
どこで焼くか。
炉の構造を目で追う。
内部である必要は無い。
熱は外側にも十分に伝わるはずだ。
均一に火が回る構造なら
鉄板代わりに使える面があるだろう。
ガサガサと音をたて
手に持った袋からアルミホイルを取り出す。
丁寧に広げ、熱を帯びるであろう面に敷く。
問題は火の入れ方だ。
直火ではない。
熱伝導。
ならば、置く位置と時間で調整するしかない。
脂の落ち方も考える必要がある。
温度が上がり過ぎれば一気に流れる。
だが弱すぎれば焼きが甘くなる。
うーん…どうするべきか。
――そのとき。
「わしも残るで」
背後から声がした。
驚いて振り向くとおっさんが戻ってきていた。
「……何やってんだよ」
「なにとはひっどいなぁ」
おっさんは緊張感の無い笑顔で笑う。
「わしは兄ちゃんに助けてもろてばっかりや
最後くらい役に立たな、言い訳立たへんやろ」
その言葉の直後。
「私も残る」
「ここまできて、一人だけ残して帰れないって」
「みんなで生き残る方法を考えましょう」
次々と通路に向かったはずの皆が戻ってくる。
気付けば、全員がそこにいた。
「……みんな」
俺は思わず、そう口に出た。
……。
これ……みんなにも分けなきゃならないのか……?
みんなで……?俺のA5ランクの肉を……?
視線が無意識に肉に落ちる。
この量を……分ける……のか……?
「いいいい、いいんだ。
ここは俺にまかせて、先に行ってくれ」
一瞬言葉が出なかったが
なんとかひねり出す。
が。
「……やっぱ兄ちゃん、ええやつやで」
おっさんがしみじみ泣いていた。
「ほんとだよ」
「こんな状況でこんなこと
わたしなら言えない……」
口々にそんな言葉が続く。
「最後まで一緒や。な?」
その一言で空気が決まる。
空気か、食う気か。
もうどちらかはわからなくなった。
「……わかった」
俺は気持ちを無理やり納得させるように
覚悟を決めた。
それ以上は何も言わず、焼却炉に向き合う。
近くに転がっていた棒を拾い上げ
中に入らないように先端でボタンを押しこむと
チチチ……と火花が弾ける乾いた音がし次の瞬間
一気に炎が噴き出した。
低く唸るような燃焼音を奏でて
炉全体がじわじわ熱を帯びていく。
アルミホイルを敷いた面の上に手をかざす。
「いい温度だ」
袋から肉のパックを取り出し
表面のラップを破くように開けると
肉の香りが鼻孔をくすぐった。
肉の表面にそっと触れると
少しだけ滑りを感じる。
やはり脂も溶けだしはじめていた。
もう少し遅かったら危なかった。
熱されたアルミホイルの上に肉を置くと
ジュッと音が弾ける。
透明な雫が小さく跳ね
肉の表面がゆっくりと色付いていく。
軽く焼き目が付いたら、ひっくり返す。
今度はジョアッっと音をたて
さらに強く匂いが立ち上がった。
香ばしさの中に和牛特有の甘い香りが混じる。
一旦引き上げ、アルミホイルに包む。
焼いた時間と同じだけ寝かせるのだ。
内部に閉じ込めた熱がゆっくりと循環する。
焦る必要はない。
ここで急げば、全てが台無しになる。
充分に落ち着かせてから
肉を再び鉄板に戻す。
今度はさっきよりも
温度の高い場所へ。
内部にはもう火が入っている。
ここからは仕上げで
表面を一気に焼き上げる。
さっきよりも鋭い焼き音が鳴る。
この工程でしっかりと焼き目を付ける。
高音で一気に過熱する事で
肉表面にメイラード反応が起きる。
タンパク質と糖分が反応し
香ばしい焼き色と複雑な旨味が生まれる。
表面にはカリッとした層ができ
食感の楽しさとともに
旨さを更に引き上げてくれるのだ。
何度か上下を返し、指で軽く感触を確かめる。
指先から伝わってくる弾力。
レア過ぎない。
焼き過ぎてもいない。
理想的な仕上がりだ。
「焼けたぞ」
複雑な想いはあった。
ここまで守ってきた肉。
その結末が分配か。
一瞬だけ言葉が詰まる。
だが、すぐに表情を整えた。
「さぁ、食おう」
みんなの方を向き、そう伝える。
……場が、シンと静まり返っていた。
みんな、なぜか困惑した表情をしている。
「ん……まぁ、ええ匂いやな」
みんな無言の中、おっさんだけが
ポツリと呟いた。
その瞬間
「待ちたまえ」
低い声が響く。
全員が一斉に振り返る。
そこに立っていたのは仮面の男。
モニター越しに見ていた男が
実態としてそこにいた。
全員に緊張が走る。
ゲームの結果に苛立ち
直接手を下しにきたのだろうか。
それならば。
その前に俺はこの肉を食わねばならない。
もう焼いてしまったのだ。
食わないわけにはいかない。
仮面の男は懐から何かを取り出し
こちらに差し出してきた。
「これが必要だろう」
そのものを見た瞬間、心臓が強く打つ。
それは小さなミルだった。
透明な胴の中に粗く砕かれた
ピンク色の結晶が詰まっている。
光を受けて、宝石のようにきらめく。
今の俺にはそれは何よりも
価値のあるものに見える。
「これは、ヒマラヤン……ピンクソルト……!」
それは塩であるが塩ではない。
天然の岩塩鉱から採取された塩。
岩塩。
海の海水が長い年月をかけて結晶化した塩。
すっきりとしたシャープな味は
肉料理に最も適している塩なのだ。
仮面の男に視線を向けると
男はゆっくりと頷いた。




