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変色している。

俺は肉のパックに小さい穴を開け

溢れ出たドリップを容器に流し込んだ。

透明な器の底で、ドリップが静かに広がる。

「これでいい」

棒状の部分を水平にしその上にそっと置く。

ドリップが静かに揺れる。

「なるほど、水平器替わりにしてるのか」

若い男が納得したように呟く。


しかし、俺の心は晴れなかった。

ドリップはしょうがない。

一度出てしまったものはもう戻せない。

諦めるしかない。

だが。

視線が装置の上の容器に向かう。

透明な小さいプラスチック容器。


その中身は本来ステーキソースだった。

だった。

過去形。

すなわち、俺はその中身をドリップと入れ替えたのだ。

粘度が高いそれでは、水平は測れない。

だから入れ替える必要があった。

粘度の低いドリップに。

だが、ソースを入れ替える別の容器は無かった。

だから――捨てた。


床に広がる、濃い色の液体。

野菜と果実をふんだんに使い

時間をかけて熟成させたであろう本物の味。

肉に負けないように選んだ

あの店で一番高いソースだ。

それを、捨てたのだ。

力を入れた奥歯がギシリと音を立てた。


もちろん捨てるその瞬間まで葛藤した。

他に方法はないかを考えた。

しかし、時間が無かった。

肉からのドリップ。

もう、これ以上常温では耐えられないのだ。

俺は決断するしかなかった。


仕掛けは水平を保つように皆で支えながらゆっくりと回転させる。

何周かするとガコッと音がして次の部屋への扉が開いた。





次の部屋は広い部屋だった。

その中央に、巨大な装置が据えられていた。

金属のフレームにガラスがはめ込まれている。

ガラス部分はところどころが焦げ、ススが付いている。

金属製の箱。

横長で重厚な鉄の扉。

「これって……まさか」

後ろでおばさんが恐怖を含んだ口調で呟いた。


もちろん、この部屋にもモニターが付いている。

仮面の男はまたそこに現れる。

このモニターは全部屋についているのだろうか。

それとも部屋ごとに切り替えて配信しているのだろうか。

少し疑問を持った。

まぁ関係ないけど。


「ここまで脱落者無しで辿り着くとは

 正直、予想外だった。称賛に値する」

静かな拍手の音がモニター越しに響く。

「だが――ここではそうはいかない。

 中央の装置を見ろ。あれは焼却炉だ」

「おい……嘘だろ……」

皆がざわつきはじめる。

「内部にボタンが見えるだろう。

 そのボタンを押す事で出口の扉はゆっくりと開く」

焼却炉を覗き込むと、一番奥側に小さなボタンが見えた。


「じゃあ誰かが中に入ってボタンを押せれば……」

「それで助かるってこと……?」

おばさんの目に希望の光がわずかに灯る。

「ただし」と、仮面の男は続けた。

その一言で全てが崩れる。


「そのボタンは焼却炉のスイッチともなっている

 そして扉はボタンが押されている間のみ、作動しゆっくり開く」

「つまり」仮面の男は淡々と告げる。

「一人が中に入り、ボタンを押し続けなければならない」

理解がゆっくりと浸透する。

「……ふざけたこといわないでよ」

「誰かが生きたまま焼かれるってことかよ」

若い男女は掠れた声で小さく吐き出す。

「それがこの部屋のルールだ。

 では君たちの選択を楽しみにしている」

仮面の男は、ほくそ笑むような声でそう言い残し

画面が消えた。


誰もすぐには動かなかった。

「……どうする?」

若い男が口を開く。

「どうするもなにも……誰かが入らな、あかんのやろ」

その一言で場の空気が更に重く沈んだ。

「無理だよ……そんなの」

若い女は半泣きで呟く。

「じゃあ全員ここで終わるか?」

「それは……そうだけど……」

他のみんなも言葉が続かない。

「くじ……とか」

「誰が納得すんねん……そんなもん」

小さい言い合いが続く。

誰もが視線っを逸らしながら、自分以外を探している。


俺もこれまでない危機感を覚えていた。

さっきまで確かに鮮やかなピンク色だったはずの肉。

それが、端の方からわずかに灰色が混じってきていた。

変色だ。

確実に鮮度が落ちている証拠。


まずい。

時間が無い。

頭の中で逆算する。

ここから帰る時間。

下処理。

加熱。

……間に合わない。

「……くそ」

その結論にたどり着き、力なく呟く。


あれだけ悩んで選んだ肉。

ようやくカゴに入れた勇気。

自分へのご褒美。

それなのに。

こんなところで――。

気付けば握った拳で壁を叩いていた。

鈍い音が短く響く。


その時視界の端に焼却炉が映る。

……。

……待てよ?

焼却。

火。

「今すぐ、火を通せば…?」

変色は止まる。

肉は救える。

まだ――美味しく食える。


「言い合っててもしゃあないで」

「でも、誰かが入らなきゃいけないんでしょ!」

「だからって俺は嫌だぞ!」

「じゃあ、どうすんのよ!」

「知らねえよ!」

周りでは声がぶつかり合っていた。

誰も前に出ないまま、押し付け合いだけが続く。


そして俺は言った。

「……俺が残るよ」

その一言で場の音が止まり視線が一斉にあつまる。

「ボタン押すんだろ?俺がやるよ」

顔をあげて再度そう言うと

皆の表情には驚きと戸惑いが浮かんでいた。


「ちょ、ちょっと待てや!」

おっさんが慌てて声を上げる。

だがもう、俺の中では決まっていた。

「まだ時間あるやろ!なぁ!もうちょいいなんか考えよや!」

「百グラム、四千円…」

「え?」

「無駄にはできないんだ」

「……兄ちゃん、一体何を?」

「いいんだ、もう決めた」

視線の先には焼却炉が静かに口を開けていた。

鉄の箱。

火が入れば、均一に熱が回る構造。

焼くには最適じゃないか。

これ以上、時間をかけることはできない。

「できれば、塩だけでもあれば良かったんだけどな」

ポツリと独り言のように呟いた。


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