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ドリップが出ている

扉を開けた先には何もない

静かな空間が広がっていた。


「え?当たり」

「火も氷も無い……」

誰かが呟き、俺は安堵のため息をついた。


あと何個ゲームがあるのかわからないが

頼む、間に合ってくれよ。

俺はビニール袋の中の肉に視線を落とした。


次の部屋に進む途中、おっさんが話し掛けてきた。

「兄ちゃん、さっきの仕掛けどうやってわかったんや?」

少しだけ間を置いてから短く答える。

「……勘だよ」

「勘、ねえ」

おっさんが呆れたように笑う。

もちろん勘で選んだのではない。

自分で言うのもなんだが、俺は運がいい方ではないのだ。

一か八かの賭けで五分の一を突破できるとは思わない。

だからちゃんと調べたのだ。


スーパーの精肉コーナーのおっちゃんの顔が思い浮かぶ。

「お客さん、これも持っていきな」

そう言って差し出された小さな袋。

中には白く固まったものが入っている。

「……これは?」

聞き返すとおっちゃんは

「あぁ、牛脂だよ」と返してきた。

「国産和牛のいい脂だ。これをな、油代わりに使うと

 香りもコクも上乗せされて、店で食べるような味になるぞ」

へえ、なるほど。

いろんな店で牛脂サービスがあるのはそういうことか。

「脂はな、旨味を運ぶ。

 使うか使わないかで全然違うんだ」

そしてこちらに押し付けるように渡してくる。

「せっかくの良い肉だ。美味しく食いな」

「……ありがとう」

おっちゃんの好意で受け取ったそれ。

思い出し、わずかに唇が歪む。


人の感覚じゃ拾えない程度の温度差でも

牛脂ははっきりと反応する。

特に和牛の脂は通常の牛脂に比べ融点が低い。

二十℃台で溶けだすのだ。

俺はそれを各扉の鍵穴それぞれにねじ込んだ。


炎の部屋から漏れだすわずかな熱気でも牛脂は溶ける。

逆に氷の部屋では固まるだろう。

そして――何もない、ただの常温。

そこだけが違った。

表面が光を弾くように静かに煌めく、わずかな緩み。

そこが正解。

そう確信できた。


まさかあんな使い方をしなければならないなんて……

袋を握る手に、力がこもる。

「断腸の思いだ……」

すまん、精肉コーナーのおっちゃん。

そう小さく吐き出して俺は深くため息をついた。





「なんだこれ……」

しばらく進むと若い男が声を上げた。

進んだ部屋の中央。

そこにあったのは――

巨大なヤジロベエのような装置だった。


細い支点の上に長く太い棒状のもの。

左右に均等に伸びたそれは片側に傾いている。

その周囲を囲むように金属の枠が組まれている。

そして床には焦げたような跡がいくつも残っていた。


「第一のゲームはクリアしたようだな

 ひとまずはおめでとうと言っておこう」

ヴンとモニターが付く音がし

仮面の男が映し出されていた。

「次のゲームの説明をしよう

 その装置の棒を回転させれば扉は開く」

みんながどういうこと?とざわつく。

「回転させる……?」

「え、それだけでいいの……?」

仮面の男は続ける。

「ただし、完全な水平を保ちながら回転させる必要がある」

「わずかでも傾き枠に触れると

 内部の電流が解放されこの部屋全てに電流が流れる」

みんあが床の焦げ跡に視線を落とした。

それは人のような形をしていた。

「ふふふ。それでは楽しんでくれたまえ。

 必要な道具は用意してある」

そう言うと、またモニターは消え、静寂が戻った。


「必要な道具ってこれ?」

と、おばさんが床に落ちているノコギリを指差す。

拾い上げると、すぐに「ひっ」と小さな悲鳴があがる。

ノコギリには赤黒い跡と乾燥した肉片のようなものがこびりついていた。

「これってまさか……」

若い女も顔から血の気が引いている。


「こっちにもおなじようなものがある……」 

若い男が示したのは装置の棒状部分。

浮き上がってる部分には何かを収めるような穴があり

そこにもノコギリと同じように赤黒い跡が付いていた。


「……もしかして、これで身体を切ってここに入れろってこと……?」

「誰かを犠牲にして水平になるように重さを合わせろって……?」


皆が恐怖を覚えた。

そして俺も同様に愕然としていた。

「まさか……そんな……」

しかし、視線の先は皆と別のところにあった。

手元のビニール袋、その中にある肉のパック。

そこには薄い赤色の液体が溜まっていた。

「ドリップ……!」

そう。

常温に晒された肉から

ドリップが出ていたのだ。


ドリップ。


それがどれだけの意味を持つか。

あれは、ただの液体じゃない。

血にも見えるが、違う。

肉の内部からにじみ出た、水分とタンパク質。

それは旨味そのものなのだ。

ドリップが流れ出るということは

肉の中にあるはずの味が逃げ出しているに等しい。


肉は締まりを失い

焼けばパサつく。

もちろん肉汁も減り

香りも立たない。

結果として味が落ちる。

「致命的だ……」

ぽつりと漏れた声に空気が一変した。


「兄ちゃんもそう思うか……」

「こんな仕掛け無理じゃん」

「誰かが犠牲になるなんて……」

ざわざわと相談がはじます。

「兄ちゃん何かいいアイデアないか?」

「え?」

急な問いかけに思わず聞き返す。

「え?やないで。この装置をどうやってクリアするかや」

「あ、あぁ。」

そして俺はしばらく考える。

「……くそ、しかたない……」

俺はビニール袋の中にあった小さな容器を取り出し

その中身を床に捨てた。


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