175話目 燕のバースデー 説明は明確に!
異世界編の振り返り回です。
「ぶっちゃけ、俺は魔法使いなんだ」
剣勿体振らない一言から、非常識な秘密の暴露が始まった。
そんな突拍子もない告白に、日本の常識的な家庭環境で育った四人の少女は、訳も解らず呆然とした顔をしている。
「いや、その前に剣よぉ……実鳥にシャワー浴びさせるのと、掃除を先にさせてくれよ……」
思わず素に戻って突っ込みを入れてしまった遥。実鳥は頭からカレー塗れとなり、剣が咄嗟に魔法で冷却して火傷するのは免れたものの、着ている服や座っている椅子。床までカレーに卵にライスでぐちょぐちょになっている。とても放置していられる状態ではなかった。
と、遥に注がれるジットリとした視線が……
「剣くんに……あんな、気安く声を……」
呟きの主は弓である。遥は先頃からの悪寒の正体を察し、その嫉妬は誤解であると釈明したい気持ちになったが、とても説得が通じる相手とも思えず、それ以上に実鳥を早く不快な状態から解放すべきと判断し、実鳥を従業員用のシャワールームへ連れて行こうとした。
自らも、嫉妬に憎悪まで含まれた視線から逃れたかったから……
「あ、お姉ちゃん待って。シャワーとか必要ないから」
「え?でも、そのままじゃ全身カレー臭く……」
戸惑う遥を安心させるように笑顔で応えながら、実鳥は店内を見回した。都合よく、他の客はいないようであった。
すると、実鳥は首にかけていたネックレスを引っ張り出すと、その鎖に括られている小さな玉を握り締めた。そして、二人の友人に、ほんの少し不安そうな苦笑いを浮かべた。
「その……二人とも驚いちゃうだろうけど……本当のこと信じてもらうのに、これ以上の方法もないかなって思うから」
夏彩と星和が実鳥に疑問を問い掛ける間も無く、実鳥は玉を握り締めた両手を胸元に寄せ、祈るように瞳を閉じた。
「え、なんや!?」
「みっちゃん?」
一瞬、実鳥の全身が強い光に包まれると、光の中の人影が一回り大きくなり、次の瞬間そこには、巫女のような衣服を纏った、翡翠の色をした髪の女性が立っていた。更に、頭にはピンと立った二つの三角形の……耳。腰の後ろには、ふぁさっとしたモフモフの豊かな毛並みの翡翠の尻尾が。
「えっ……と、やっぱり驚かせちゃったかな?……あれ?」
予想外の反応に困る巫女服ケモ耳の女性――前世の身体に転身した実鳥は、剣以外の全員が、姉妹までもが驚き目を見開いている状況にあたふた慌てたのであった。
「……あ、そういや誰にも説明していなかったか?」
そう、剣は説明していなかったのだ。ヴェルティエの身体を修復して、実鳥がヴェルティエの身体と自在に魂を入れ替え可能になっている事実を……
なので、一般人の友人だけでなく、姉妹までもが予想外の展開に言葉を失い固まっているのである。
メイドさん達は「あら?ハルにゃんの妹さんも変身できるのね?」程度の驚きしかなかったが。
「あの……私、実鳥……なんですけど」
女子達の絶叫が木霊したのは……言うまでもないだろう。
「兄さん、何か言うことは?」
「全面的に、俺が悪かったっす……」
場所をテーブルから猫とのふれあいスペースに移し、お仕置き対象も光から剣へと変更された。店一番の巨猫様は、現在剣の膝の上で仰向けになって熟睡中であらせられる。
その剣の隣で、お仕置きから解放されたにも関わらず、光は痺れた足を擦ってしなだれている。
「剣……お姉ちゃんも聞いてなかったわよ。もう、うっかりさんなんだから……」
「いやいやヒカリ様、一般人的にはうっかりの一言で済まされると困りますっ!聖家の常識は世間的に間違いなく非常識ですよ!」
「あめちゃん、別に聖家の常識って訳じゃないよ?私も十八年生きて、聖家の一員となって十五年……異世界召喚されたのなんて初めてだったんだから!けんちゃんが誤魔化さずに魔法を使うようになったのだって、ここ一週間の事だし」
「……まあ、剣んの逸話の数々、魔法だって言われた方が納得しちゃえるアタシもいるんだけどね……ねぇ弓?」
「う、うん。正直、理解が全然追い付いてこないんだけど……百歩譲って剣くんが魔法使いだってのは認めるとして、実鳥ちゃんが変身したのは……疑問が多すぎて、何から訊いたらいいのか纏まらないわ……」
目の前で常識をビルの爆破解体のように木っ端微塵にされてしまった心境の安芽と弓。二人は元々剣の事を同世代の男子より飛び抜けた身体能力だとは思っていたのだが、それ以上に計り知れない存在であった事を見せつけられ、言葉通り理解が、真実に心が追い付かずにいるのであった。
一方、中学生女子はと言うと……
「ヤッバ!この耳、マジもんのモフモフ犬耳や~ん!温い!柔い!ピクンピクンしはるわ~!」
「ほんと、ふわっふわだよこの尻尾!毛並み艶々!それにこの体温感……本物と認めるしかないよ」
ヴェルティエ化した実鳥の身体検査に夢中になっていた。
「ひゃうっ!?せっちゃん尻尾の毛をさかだてないで~!あうっ?なっちゃん耳!そこ凄く敏感だから息を吹きかけないで~」
時折実鳥の喘ぎ声らしきものが聞こえるが、友達同士仲が良さそうにしているので、誰もが聞こえていない事にしていた。
「異世界……魔法……あったらいいなぁとは思ってはいたけど、こうして現実として突き付けられるとショックだわ……あの子達、順能力が高杉さんだわ。変身するとかマジ魔法だし」
「変身とは少し違うんだけどな。正確には入れ替わり……魔法で作られた道具で、魂を別の身体に移し替えてるんだ。因みにあの身体は実鳥の前世の身体で、死亡直後に封印保存されていたから、細胞レベルでは蘇生可能な状態だったんだ」
改めて、剣は実鳥がヴェルティエの身体に転身可能になった理由を説明した。無惨にも血塗れの傷だらけで水晶体に封じられていたヴェルティエを見ていた姉妹達も、漸く一応の納得をしたのであった。
「前世とか、更に強力なワードによって当たり前の日常と常識がファンタジーに侵食されてゆく……」
「言っとくが、まだ触りだぞ?」
「正直どんだけよ……まあ、そんだけ濃厚な事件があれば、距離感縮まるのも当然なんじゃないの?ねぇ弓」
「そ、そうね……」
特異な経験を共に乗り越えたが故に、余所余所しさも薄れたのだろうと思った安芽と弓であった。が、
「安芽様。弓様。それは違います。正しくは距離感が縮まったのではなく、戻ったと表現すべきと進言させて戴きます。お兄様は前世において、実鳥さんの前世であるヴェルティエ様と十年以上行動を共にされたパートナーであったのです」
優秀なメイドを演じる桜が、即座に誤解を訂正すべく解説した。
「パ、パートナー!?それ、本当なの剣くん!」
またしても動転して剣を問い質す弓。更に夏彩と星和も聞き捨てならないとばかりに実鳥に詰め寄った。
「みっちゃ~ん?前世のお兄さんと、どこまで深い関係やったん?」
「見た感じ、その身体、二十ぐらいはありそうだもんね?大人の関係だったとしても、それはちっともおかしくない。私達は不純とも不潔だとも思わない。だから……白状してみ?」
友達が獣人になった事よりも、義理のお兄さんとの関係の方が気になってしまうらしい……そんなお年頃の乙女二人(+1)。
「あ~……友達が人間じゃなくなっても平気なんだ。些末な問題なんだ。実鳥義姉さんはいい友達もったな~」
「ちょ!小町ちゃん呆れてないでフォローしてよぉ!二人(と弓さん)が思ってるような関係じゃなかったって知ってるでしょ!」
「うん、知ってるよ?十年以上片時も離れずに寄り添っていたような関係、だったよね?」
「そうだけど……間違ってはいないけど……関係性を明言して欲しいかな!」
「明言……どんな言葉にするのが妥当かなぁ?」
小町は悩みながら、実鳥と剣を交互に見比べ……何かを思い付いたように、ニヤリと笑みを浮かべた。
「そう……前世の兄さんは、前世の実鳥義姉さんの愛剣だったんだよね!」
その台詞は、文章としては極めて正確であったが、言葉として発すると……全力で誤解を招きかねない爆弾発言であった!
あいけん。その言葉を以て犬と思うか剣と思うか……一般的日本人の統計を調べれば、恐らくは前者が多数派となるに違いなし。
「愛犬!?みっちゃん御主人様なん?」
「前世、ドS女王様だったの?」
「は……破廉恥よ!!」
案の定、盛大に誤解を招いたのであった。
小町は、それを見て不敵な笑みを溢していた……
「こ……小町まで実鳥を弄るようになっちま、なってしまったにゃん……ヲイ、コラ実の血を引く姉様ども!揃っていい笑顔で親指立ててんじゃね、にゃーよ!魔王殺しの聖剣様が膝上のにゃんこ様に顔を埋めてしまったにゃんよ!」
小町におちょくられて、マジ凹みする剣と。血走った目の三人に詰め寄られて涙目の実鳥。異世界最強の勇者と聖剣タッグが揃って無力化されている光景があまりにシュールでいたたまれなく、ハルにゃんは異世界での顛末を代弁して聴かせたのであった。
そう……〝29Q〟メイドの営業口調で。代弁しながらハルにゃんは「これ、更にシュールな状況に自分を追い込んでるよなぁ……」と、自問自答しながら……
なんとか(不安を残しつつも)誤解は解け、ハルにゃんが休憩に姿を消すと、待っていたかのように、さにゃえメイド長が話の輪に参戦した。
「ず~っと猫耳立てて、お話し聴かせて戴いておりましたにゃん。いやはや、ハルにゃんが猫耳生やせるようになったと思ったら、妹様は犬耳でしたにゃんと……素晴らしき姉妹だと思わずにはいられませんにゃりん!」
「犬じゃなくて、狼なんですけどぉ……」
「流石はメイド長さんやわ。こんなお店やっとるからって、猫耳以外認めへん派閥なお人やないんやな。犬耳の良さも認めてくれる心の広いお方やわ~」
「あの、狼だってば……」
「まあ犬耳にもダックス系のくたっとしたのや、みっちゃんみたいにピンとしているので好みが別れるところだけどね。因みに、私は今日で断然ピン立ち派になりました!」
「だから、狼……」
誰にも狼だと思って貰えず、ピンとしていた実鳥の耳は、しゅんと萎んで垂れた。
「まあ、それはそれとして……ハルにゃんからちらっと聞いてたにゃんけど、そちらの白人系美少女ちゃんが、噂のドラゴン娘さんですかにゃん?」
さにゃえは、絨毯の上をゴロゴロしながら猫と戯れていたネフェに対し、あざとくも可愛らしく首を傾げる仕種をしながら問い掛けた。
「ん?ネフェは、えと……」
ネフェは今の今迄、話が難しかったので会話に加わらず、猫と燕と遊んでいたので、ドラゴンかと問い掛けられてもどう答えるべきか判断に迷っていた。聖家の人の許可なく、ドラゴンであることを明かしてはいけないと教育されているからである。そこで剣の顔色を伺ってみると……何だか憔悴していた!
「お、お兄さん……ど、どうしてそんなに疲れているのですか!?ネフェは、とてつもなく恐ろしいと感じるのです……ネフェの身も心も一方的に弄んだお兄さんが、どうしたらそんなになるのですか……?」
ネフェの無自覚天然口撃!嘘は全く言ってない!その言葉の真実を知っている聖家姉妹は思わず噴き出して笑いを堪えるのに必死であったが、ネフェが聖家の居候になる顛末を知らない者達にとっては、色めき立つ事受け合いの、事実確認せずには居られない、ハバネロとブートジョロキアに花椒を山盛り混ぜたぐらいに過激で刺激的な内容であった!
「剣くん!こんな小さな子に何をしたの!?」
「あかんてお兄さん。小学生は犯罪やわ」
「剣ん……自首しよ?」
「調教、上手なんですね?」
「絶倫なんですにゃあ」
「……あらぬ誤解……もう、嫌」
誤解とはいえ、身から出た錆びであるのもまた事実。剣はまたしても、ここ最近の行動が迂闊であった事を思い知らされたのであった。
説明を掻い摘むと、あらぬ誤解を招く典型でした。説明を面倒臭がると、ろくなことになりませんね……
次回は一般人(とは言い難い?)視線からの意見も交えつつの反省会っぽくなります。
バースデーから遠ざかっている気が……
きっと気のせいだ!




