174話目 燕のバースデー 話する場所考えよう
ほぼ痴話喧嘩。
何かを耐えかねたように激昂し立ち上がった弓。皆が目を丸くして呆ける中、猛然と剣の眼前へと肉薄した。
「どうなってるって訊いてるのよ剣くん!」
「……何が?俺、なんか赤月を怒らせるような事……したか?」
全く身に覚えがありません的に、弓とは対称的に落ち着いている剣。その極めて冷静な様子に、弓は益々心を荒ぶらせる。
「何が?じゃないでしょう!色々おかしくなってるから!ほんの少し会わないでいる内に、突っ込みどころ満載だから!個人的に、すっごい危機感覚えたから!」
ガシガシと捲し立てる弓ではあったが、剣にしてみれぱ弓に対して悪いことをした自覚など……
「あ?もしかして、メールの返信が少ないとか?いや、それは申し訳ない。最近疲れ気味で、文面考えるのも億劫でさぁ」
「そんな事で怒ってないわよ!必要最低限は返してくれるし……贅沢言えば雑談メールにも十回に一回は返して欲しいけれども……違う!私が言いたいのはそうじゃない!」
弓は剣と実鳥を交互に見据えると――
「距離感が近くなってるから!ほんの一月前には、剣くん!彼女を〝実鳥ちゃん〟って呼んでたわよね!?義妹だからか気を遣ってる感あったのに……平然と呼び捨てしてるし!実鳥ちゃんも普通に受け入れてるし!訝しむのも当然じゃない?」
「ん?」と、顔を見合わせる剣と実鳥。剣としては、前世で非常に近しい関係であったので、それが発覚してから必要以上に気を遣わないようになり、自然と呼び捨てするようになっただけなので、何を問われたのかすらばっとしなかった。
しかし、鈍感にして達観している剣に比べ、前世を思い出したばかりで肉体年齢相応に精神の成長を育み、感受性が豊かである実鳥にしてみれば、他者から言われると色々と意識してしまうには充分であり、弓の言葉に含まれている意味を感じとり、羞恥心から表情を紅潮させてしまったのであった。
それを目敏いお友達は見逃さない!
「みっちゃんのその反応、まさか?……お兄さんに、女の子にされてもうたんと違うん!?」
「されてないよ!てゆうか、弓さんもなっちゃんもコンプライアンス考えて!燕がいるんだよ!」
そう、本日の主役は、誕生日を迎えて三歳となった燕姫様なのである!その場で痴話で修羅場るなんてもっての他!年長者としての常識を疑われても仕方がないのである!
燕も、以前に会った大人しいお姉さんが興奮して怒っている様子に驚いて黙り混んでいた。しかし、その瞳に怯えの色は全くなく、むしろ興味津々で成り行きを窺っている辺り、三歳にして既に困ったお姉ちゃん達の悪影響に侵されているようで、この場にママさんがいたらきっと、将来を不安に思って憂いたに違いない。
「まあ、みっちゃんの言いたい事も分かるけどさ。それにしたってみっちゃんの感じがなんかね……雰囲気もなんか大人っぽいつーか、余裕があるように感じられて……マジでなんかあったと思って、友人としては心配にもなる訳よ」
「せっちゃんまで……何かあったかと言われれば、無い訳じゃないんだけど……」
実鳥は剣にチラリと目配せをした。すると、剣は口許に手を当てて思考する仕草をして見せた。
(つまり、話すべきかどうか、考え中ってことだよね?)
夏彩と星和であれば、異世界の出来事を話しても物証もある事だし平然と、それどころか大歓迎的に受け入れ信じてくれるだろうと実鳥は信じていたし、近い内に落ち着いて話す機会が出来たら説明しようと思っていた。しかし、この場には剣のクラスメイトもいる訳で、その説明をするのに剣が乗り気ではなさそうだったので、実鳥は言い澱んでしまったのであった。
それに、恋する乙女は過剰反応してしまう!
「ほら!またアイコンタクトしてるじゃない!何なのその通じあってる感じは!?……梓さん!どうなってるの!?」
珍しくも煮えきらない態度の剣(どう説明するべきか悩んでいるだけ)に業を煮やし、剣の事なら本人以上に理解していそうな梓へと弓は矛先を変えた。
「ん?どう……?そうですなぁ……肉とか血とかを超越して、ある意味、私よりも深い絆で結ばれた、魂と魂で繋がれたような宿命的な存在、みたいな?」
全く嘘は言っていないが、思い込みに誤解を重ねるような返答でした。
「梓さん!そんな説明だと余計に誤解されます!」
「いや、事情は兎も角、心情と事実的には真実でしょう?これでも、常識に反しないように言葉は選んだつもりなんだけど」
確かに梓は異世界諸々の非常識的な事情説明を避け、剣と実鳥の関係性についても明確にはせず表現を曖昧(但し全力で誤解を招く)にしたのである。
「そう、おに~ちゃんとみどりんは、切っても切れない縁で結ばれている」
「それどころか、阻む者総てを共に斬り裂き突き進むような関係であるとも云える」
更に、火にガソリンを注いだ上にグレネードを大量投下するかのように真実を畳み掛ける双子の言(当然、楽しんでやっている)。
「その通りですね。お兄様と実鳥さんは、死に別れしようとも生まれ変わり、巡り会う強固な運命力に導かれていると言わざるを得ないのです」
そうなれば、この流れに乗らない桜ではない!だって、実際二人は転生して再会を果たしているし!そして当然、こう言えば恋愛脳の乙女がどう誤解するかを判っている上で!大方が恋人関係だと誤解すると判っている上で!
誰だって、事前説明がなければ勇者と聖剣だったと思い至る筈がないのに……
「か、家族があっさり受け入れてる!?いや、でも、実鳥ちゃんって中一でしょ?それでいいの聖家?」
「……ウチ、みっちゃん家の日常に益々興味湧いたわ。でも、禁断の扉を開けてしまいそうで怖いわ……」
弓と夏彩の心中では、剣はハーレムの主となり、聖家は既にリアルギャルゲ(18禁)環境に成り果てていた。
「酷いよ剣くん!中学生に手を出す前に、どうして私を求めてくれないの!」
ぼふっ!傍観者を決め込んでいた小町が、ちゅーちゅーしていたストローからジュースをリバースした。
「……兄さん、何時の間に余所様までたらしこんで……」
「人聞きの悪い。お前の中で俺はどんだけ節操無しに……お願いだから俺を見る目を細めないでくれ……」
「こまたんに対しては、けんちゃん形無しだよねー」
「なんか、剣ん家の力関係見えてきたな……それにしても弓、告白する前が懐かしいよ。とっても奥ゆかしい箱入り娘だったのに、なんだか、私の手を離れてしまったのね……」
「安芽、貴女は私のオカンかっての?それで、実際貴方の口から何も聞いてないわよ剣くん!実鳥ちゃんとどうなってるの!それと……それと同じくらい気になってるんだけど……そこの真っ白な女の子は何者?今日は家族水入らずなんじゃなかったの!?」
「まぁ、当然気にはなるよな」
そう、帰宅(来店)した時点で聖家一行に交ざっているのが当然のような顔をしていた異物。そもそも日本人には見えない白銀の髪に白磁の肌、蒼い瞳の欧州系の美少女。美少女揃いの聖家姉妹の中にあっても、質の違うその美貌は、浮いて目立つのが当然だった。
……とはいえ、その美少女は初実食中のオムライスに魅了されていて、口の周りを卵の黄色とケチャップの赤で斑に染めている残念美少女に成り果てていたのだが。
「なくなった……遥おねーさん!もう一皿食べたいです!」
ネフェたん。弓さんをガン無視。
完全スルーされた弓は激昂。ネフェに「貴女ねぇ!」と声を荒げて怒鳴り散らした。が、次の瞬間、ネフェの眼光に居竦められた。
「先程から……何様のつもりだ人間?ここは、食事を楽しみ、猫を愛でる場ではないのか?そして、私の妹も同然である燕を祝う為の集まりだ。立場を弁えねば……喰らうぞ?」
竜人であるネフェにとって、一般地球人なんて取るに足らない存在でしかなく、本来であれば捕食対象ですらある。角を折られて本来の能力を発揮出来なくなっているとはいえ、その体力筋力は日本最強の野生肉食獣である熊に勝るとも劣らず。迂闊に怒らせていい残念美少女ではないのである。
「ネ、ネフェ御嬢様!今度は此方のオムカレーは如何ですかにゃ?カレーはお好きでしたよにゃん?」
さっとメニューを開き、ネフェの意識を誘導したハルにゃん。燕の誕生日を惨劇させてなるものかと必死のフォローであった。このまま放置していたら、捕食者の眼光に弓が失禁させられていたか。剣のお仕置きでネフェが失禁させられていたか……どちらにしてもハルにゃんのファインプレーであった!
「カレー!カレーのオムライス?是非もなし!です!」
パアッと朗らかな笑顔で喜びを露にしたネフェ。威嚇を解かれた弓は、脱力したように背もたれに身体を預け、冷房の効いた店内であるのに、全身から汗を噴き出していた。
「ちょと……弓、アンタ大丈夫?どしたの?」
「……なんでかしら?あの子に睨まれたら、身体が本能的に固まって……あれかしら?蛇に睨まれた蛙?そんな気分……」
弓が呼吸を整えている間、突発的な怒りから本気威嚇をしてしまったネフェを双子が軽く嗜めていた。
「コラ。簡単に怒っちゃダメでしょ」
「でも、そこも可愛いから許す」
「えへへ~ごめんなさ~い」
甘々の溺愛振りと、甘えっぷりであった。
「なんや、あの三人のバックに満開の百合畑が見えるなぁ。で?あの娘は何者やねんな、みっちゃん?」
ここで私に振る!?そう思いつつも、会わせてしまった以上、友人として紹介するのは避けられないと悟る実鳥であった。
「えっと……ネフェちゃん、ていってね。今、家にホームステイ?している……みたいな感じ?」
「感じ?って何よ?それにしちゃ急じゃない?夏休み前に一言も聞いてないんだけど?」
「うぐ…」
言葉に詰まる実鳥。どう考えても苦しい説明であったし、星和の意見は非の打ち所がなく模範的であったから。
「そーよね。それに、ネフェちゃんだっけ?体格的に……小学生じゃないの?ホームステイするには幼すぎない?どうなのアズっち?」
「え~と……拠ん所ない事情が御座いまして……どうしようけんちゃん?苦しい言い訳しか思い付かないよ……」
超・小声で剣に相談した梓であったが、そこに弓が追撃した!
「ホームステイ!?理由はどうあれ、一つ屋根の下で暮らしているのは本当なのね!?」
「しまた。ゆ~みんには、それだけでも大問題だったか……あ~バレてもうたら仕方ない。はい。それは真実です」
「なんてこと!義妹だけでなく、赤の他人の白人美少女まで……私も!私も同居させて!夏休みの間だけでも!」
「無茶言うな。何でだよ?」
ガックリ項垂れる弓。
「けんちゃん、無茶は兎も角、何では無いわよ。ゆ~みんがけんちゃん好きなのは周知でしょうが」
「んな理由で同居出来たら、同居人が際限なく増えちまうわ。なんだか……尤もな言い訳考えるのも面倒臭くなってきたな……」
最近疲れを溜め込んでいる剣さん。些事に気を割く余裕を持ち合わせていなかった。
「お待たせしました~オムカレーお持ちしまし」
「全部、ぶっちゃけるか?」
「にゃ~!?」
ハルにゃんが配膳しかけたオムカレーは、驚いた彼女の手から滑り落ち、事もあろうに最愛の実妹の頭に直撃した。
「きゃっ!?熱っ!」
「み、実鳥!?」
「あれ?熱く……ない?むしろ……冷たい?」
出来立ての、熱々の筈のオムカレー。それを頭から被りながら、実鳥には焼けるような痛みは一瞬しか感じられなかった。それもその筈、本来トロトロに柔らかさである筈のオムレツが、まるで氷みたいに冷たく固まっていたのだから。
「ったく、当たる前に対処出来なかったとか……我ながら情けない。ま、説明する手間は省けたか……」
剣のこの台詞で、聖家のメンバーは何が起きたのかを察したが、弓に安芽、夏彩と星和は、瞬間的にオムカレーが凍結してしまった事に、驚きから声を失い、或いは絶叫するしかなかった。
「ネフェの……オムカレー……ぐすっ……」
泣きかけたネフェであったが、代わりを直ぐに用意してもらえると聞くと、現金にも直ぐに落ち着いた。
そして、一般人四人の目前で起きた奇跡。それにも関わる説明が始まった。
異世界召喚と、それにまつわる前世のあれやこれやの大暴露告白劇が……メイドカフェで。
内緒にしておけない人達……
過保護者は義妹の安全優先で行動してしまいました。
てな訳で、次回は暴露大会です。
光おねーちゃんとさにゃえメイド長にも復活して参加して戴きます。




