173話目 燕のバースデー 燕VSさにゃえ
現実が7月に入りましたね~。作中、一年近く7月やってます……
「もうやだ。お家に帰り……帰っても気が休まる気がしない。のんびり一人で過ごせる場所で心を癒したい……」
ハルにゃんは休憩時間になると、店内の猫様ふれあいスペース奥にある階段からメイド長の自宅に入り、壁を向いて体育座りをしてメソメソ泣いていた。もう、心の耐久力が残量ゼロにまで陥ってしまったのだ。
日頃献身的に世話をしてくれているハルにゃんのただならぬ様子に、猫様達も心配してか、ハルにゃんを労るように何匹か寄り添っている。
とても哀れな姿であるが、こうなるまでハルにゃんは逃避したいのを我慢して、休憩時間に入るまで懸命にお仕事していたのである。姉妹の友人やクラスメイト、そしてシスターズ(+2)の前で、ハルにゃんである事を貫いたのだ!
……羞恥心が限界突破し続けたままで。もう、自尊心がズタボロになりながらも、職場放棄をせずに耐え忍んだのである。そして今、張り詰めていた糸が、プツンと切れてしまったのである。
これより時間を遡り、ハルにゃんがこうなる迄の顛末を御拝読して戴きたい。
時は、ハルにゃんが姉妹全員の来店に衝撃を受け硬直してしまった直後。
「なんや騒がし……あ、みっちゃんや~奇遇やなぁ?」
「え?なっちゃんにせっちゃん?本当に奇遇……ん?」
思わぬ場所での友人との出会いに顔を綻ばせた実鳥であったが、一転して訝しみの表情を浮かべた。友人との遭遇以上に、その同席者の方が珍しかったから。
「あれ?赤月に倉田じゃんか。それに実鳥の友達まで……まさかとは思うが……」
目を細めて光を見据える剣の視線に、光は手と首を激しく振って否定を示した。こんなサプライズまでは仕掛けていないと。そこへ、燕の誕生日にかこつけた〝ドッキリ!るかねぇの仕事場突撃訪問〟の共犯仕掛人が現れた!
「御予約の聖家御嬢様御一行おかえりなさいませ~!お席は此方になりますにゃ~ん!」
猫耳ぴくぴく!尻尾ふよんふよん!見た目は幼女。中身はアラフォー!猫とメイド少女をこよなく愛する〝29Q〟のオーナー。メイド長さにゃえ参上!
とても楽しそうに登場したさにゃえの姿に、硬直していたハルにゃんの時間が動き始め、刹那に喰ってかかった!
「メイド長!アンタ、どうして黙って……騙しやがったなぁ~!?」
急な人員不足によるシフト変更、それがこのドッキリの為であったことを、ハルにゃんは完全に悟ったのである。
「こらこらハルにゃん、語尾を忘れちゃ駄目にゃよ?」
「るっせぇ!アネさんもどーゆーつもりっスか?雇い主にまで虚偽の指示させるなんて!悪戯にも程があるっしょ!」
一拍。光とさにゃえは顔を見合わせると……
「燕が「るかねぇのメイドさんみたい!」って言ったから?ゴメン!」
「それでハルにゃんの「普段通り働いている姿を見せてあげたい」って言われたから?許してにゃ!」
成人女性二人による、頭をコツンとしてのベロ出し謝罪のポーズに、聖家一の常識人でも流石に、キレた。
「……二人して、ペ○ちゃんみてーなテヘペロして誤魔化してんじゃねー!!それが大人のする事かぁー!?」
既にストレスが溜まりに溜まっていたハルにゃん。暴発するのも当然であった。これには光もさにゃえも予想していたのとは違う反応だったので困惑顔である。普段のハルにゃんであれば、羞恥心から縮こまったり。勘弁してくれ~的に黄昏たり。そこに怒りの感情は込められていようとも、自身に対する影響には極めて良識的で外側に発散するには至らない筈……だと思っていたのだが、現在のハルにゃんは光とさにゃえの想定を越え、限界ギリギリの精神状態で踏ん張っていたのである!
最早、泣いて喚いて暴れる寸前。そうなった場合でも、光にさにゃえ、剣や双子には遥を腕ずくで大人しくさせるだけの絶対的な力量差はあるのだが、どう考えたって状況的に遥は悪くない訳で、武力暴力で遥を押さえつけては遺恨を残してしまう……そう考え、誰もが遥を平和的に宥めるべく思考を切り換えた一瞬――
「とおっ!」
剣の腕から、天使が舞い降りた。
「よくわかんないけど……るかねぇおこってるの!ちゃんとあやまって!ひかねぇ!ねこのおばちゃん!」
光とさにゃえをビシッと指差し、店内にいる人間の中で、最年少の幼女が吠えた。
その瞬間、店内にいた全ての人と、猫の誰もが……ビシッ!!と、空間に亀裂が走り、何かが大きな音を立てて割れたような音を、確かに、聞いた。
「お……おば?……おばちゃ?……おばちゃん!?」
呆然自失とばかりに、さにゃえは燕が自身をそう名指して表現した単語を繰り返した。
フロアにいるメイドや厨房スタッフからは、苦笑と悲鳴が半々といったところである。
一撃必殺ならぬ一言必殺。燕は、自重の三倍はある大男ですら軽々と持ち上げ投げ飛ばす天下無敵のメイド長を、無自覚にも言葉だけで倒してしまったのであった。
確かに、燕からすればさにゃえは〝おばちゃん〟と表現するに可笑しくない実年齢ではあるが、さにゃえの見た目は某名探偵と机を並べていても違和感ゼロなのである。このお店にだって幼児は稀に来るが、さにゃえは一度だって〝おばちゃん〟だなんて呼ばれたことはなかったのだ!
そこで、梓が燕に投げ掛けた疑問符が、さにゃえに更なる追い討ちをかける!
「ねぇばめたん。どうしてあのメイドさん、おばちゃんって思ったの?」
「どうしてって……ママやひびきちゃんとおなじくらいにみえるけど……ちがうの?あらふぉーじゃないの?」
ズブリッ!さにゃえは心臓をゆるりと抉られるような錯覚を感じた。雇い主として、従業員の家族構成、特に未成年者の両親については頭に叩き込んでいる。そう、ハルにゃんの、燕の母親の美鈴とさにゃえは、ドンピシャ同世代なのである!
「しょ……初見で見破られただなんて……恐ろしいにゃ。なんて、末恐ろしい子!あう!?やめてにゃ!曇りなき眼で全てを見透さないで下さいませにゃー!」
逃走した。お魚くわえたドラ猫みたいに、さにゃえメイド長はバックヤードへ姿を消した。
「嘘……メイド長が仕事を放棄して逃げ出すなんて……ハルにゃんの妹ちゃん、何者?」
「メイド長を〝おばちゃん〟呼ばわりした時は背筋が凍ったわ……大人気ないからどうなるかと」
従業員の口々から漏れる感嘆の声。この出来事は〝29Q〟の全従業員へと口頭・SNSを通じて即座に伝わり、燕は入店して料理の注文の一つすらすることなく、本人の預かり知らぬ内にVIP御嬢様として認知される事になったのである。
そんな燕を、遥は後ろからそっと抱き締めた。
「ありがとー……燕は優しいなぁ……お姉ちゃん、これでまだ頑張れそうだぁ……燕はアタシの天使だよぉ……」
さにゃえがやり込められた事で、遥は溜飲を下げて涙ながらに燕を一頻り抱き締めると、ハルにゃんとして立ち上がったのであった!
「それじゃ、燕ちゃん!誕生日おめでと~う!乾杯!」
乾杯の音頭をとったのは、飛び入り参加の安芽である。先日のお祭りで燕と初対面して以来、すっかり骨抜きにされてしまい、毎日学校で剣や梓に〝昨日の燕ちゃん〟の報告をせびるくらいに溺愛している始末である。それが夏休みに入って以来連絡も覚束無く、正直燕ちゃん成分に飢えていたのだ。
それが!思わぬ再会を果たしたのである!張り切って盛り上げるのは必然である!
そして、猫耳メイドさんを交えハッピーバースデーの大合唱(ハルにゃんも頑張って歌いました!)。燕によるケーキに立てられた三本の蝋燭吹き消しと定番のプラグラムが進む。
因みに、光さんは悪戯が過ぎた事を小町ちゃんから滅茶苦茶叱られ、店内で一番重いにゃんこを膝に載せての正座刑に処されていたりする。
「ヤッベー!かわゆす~!マジ姫様だよ燕ちゃ~ん!このペンギンをモチーフにしたドレスもメッチャプリチー!」
「ふふふ……お誉めに与り光栄ですぜあめちゃん!それを仕立てたのは、このワ・タ・シ!」
無言で梓に手を差し出し、ガッチリと握手を交わす安芽。
「いや、ホントええ仕事しとるわ梓お姉さん。ひょっとしなくても、桜ちゃんセンパイのメイド服も、梓お姉さんの作品なんですやろ?」
「……その前に、メイド服でメイドカフェに来てるのを突っ込むべきじゃない?どんだけ強心臓なのよって」
「本日の私は、姫様の専属侍従ですので。そこが如何なる場所であろうとも、その在り方を示すのにこの姿は必定。そこに、私個人の羞恥心など捨て置くが当然でしょう?」
「……アカン。口調まで上品に変えとるわ。なんか、人として間違っとる気もするけど……それでこそ桜ちゃんセンパイや!憧れるわ!痺れるわ!」
「実鳥義姉さん。義姉さんの過去に色々あって、他人との付き合い苦手なのは私も承知してるけど……他に友達いないの?」
「あはは……小町ちゃんの言いたい事も解るけどね?確かに一寸……かなり……凄く変わってるかも……変わってるけど。二人とも優しい子なんだよ?」
「みっちゃん。コイツと私を同じ扱いしないでくれ」
「せっちゃんのいけずぅ~。にしても……こうしてみっちゃんの姉妹さん全員と会えるとはなぁ。ハルにゃんお姉さんがバイトに入っとったから、もしかしたら……とは、思ったんけどなぁ」
「え……それって、」
「簡単な推理やねん。ハルにゃんお姉さんが妹想いで優しい人なんは知っとったからな。そんで、今日は燕ちゃんの誕生日で、世間の学生さんは皆して夏休みやろ?他の姉妹全員が燕ちゃんを構っとるのに、一人で寂しくバイトやん?ウチ、ここのメイド長さんも人情家やと感じとったから、なんか奇妙やな~思ってたんよ。コレ、裏ないか?って」
名推理やろ?とばかりに鼻息を荒く吐く夏彩。それを呆れ顔で星和が繋ぐ。
「そしたら、この憶測推理が当たるんだもんなぁ。あんなプチ修羅場になるとは思わなかったけどね。ねえ、ハル姉さんだけどさ、大分情緒不安定になってなかった?本当に大丈夫?」
「う~ん……まあ、多分大丈夫じゃないかなぁ。それより、二人が剣さんの同級生のお姉さん達とお茶してたのに私は驚いたよ……お祭りの時、連絡先交換してたの?」
「せやねん。みっちゃんの代打で声かけたんよ。今日は忙しいん知ってたし、決してみっちゃんをハブった訳やないで?」
「そうそう!今日はハル姉さんが休みだと思ってたから来た訳だし。本当に!」
二人とも、実鳥が些細な事で落ち込む性格であると認識していた。だから、わざとらしく思われたとしても、強く言葉にしておかなければと思ったのだ。
「うん。ありがとね。気にしてくれて」
しかし、実鳥の反応は実にアッサリしたものであった。二人が思わず拍子抜けしてしまう程に。
「さ、さよか?……ほならええんやけど。そんなら、ちょい別の質問してもええかな?その……」
チラリと、夏彩と星和の視線が一点で交差する。その先にいるのは、どう見ても日本人とは思えないのに。聖家一行に交ざってやって来た白銀の少女。神秘的な美貌を持ちながら、口の周りをトマトケチャップで赤くベトベトにして台無しにしながらオムライスをガツガツかっ込んでいる残念ドラゴンであった。
「あはは……それは気になって当然だよね……どう、説明したものかなぁ?」
実鳥は夏彩達にネフェを紹介するなんて想定をしていなかったので言葉に詰まった。
助け船を求め、剣にアイコンタクトを贈ってみる。
「ん?どうした実鳥?」
気付いてくれたー!そう喜びを表情に出した瞬間。
「どうゆう、こと、なのかしら?」
急に、弓が立ち上がったのであった。
ばめたんの瞳は真実を見抜く!
さにゃえの捨て台詞は、もの○け姫から流用しちゃいました(アレンジしましたが)。今、映画館でやってますねー。
新型コロナの影響で新作映画の公開が延期されていますが、改めて大画面で観るチャンスがやってくるとは……ナウ○カなんて、これを逃したら一生スクリーンで観る機会がないかも……
なんて、名作リスペクトしてみた。
次回は更なる修羅場!




