172話目 燕のバースデー ハルにゃんの受難
一寸のつもりだったのに、全部……
それは、今日の〝29Q〟営業開始から間もなくの事。
「……メイド長、窓際のテーブル席が二つ並びで予約されているとは珍しいにゃん?」
今迄皆無であった訳でもないが、テーブルを二つも必要とする団体御主人様が帰宅されるのは珍しい事である。これが急なシフト変更の理由なのかと、ハルにゃんが気にするのも当然であった。
「うむ!とっても大事な御主人様方であらせられるにゃ!ま、御帰宅されるまで今しばらくあるから、こちらは気にせず通常業務をお願いするにゃあ」
この時、もっと疑問に思ってメイド長に深く追究していればと、ハルにゃんは後悔先に立たずを実感する事になるのである。
尤も、後悔するまでに、さにゃえも予期していなかったアレコレがあったので、ハルにゃんが僅かな疑念を思い返す余裕もなかったりしたのであったが。
そのアレコレが始まったのは、二人が言葉を交わして間もなくの事であった。
「おかえりなさいませにゃん☆御嬢様……ん?」
御帰宅、もとい来店したのは、まだ幼さの残る二人組の少女であった。この店の客層は主に、無類の猫好きかメイド好きな濃いメンズのどちらかである。なので、後者の客層を警戒(偏見イクナイ!)し、保護者同伴でない少女だけで御帰宅される一見の御嬢様はとても少ない。
しかし、ハルにゃんが僅かに戸惑ったのは、少女達に見覚えがあり、単なる御嬢様とメイドの関係でもなかったからである。
「お久しゅうなぁ。ハルにゃんお姉さん」
「いつもみっちゃんにはお世話になってま~す」
御帰宅されたのは、妹のクラスメイトである、夏彩と星和であった。妹の友人とゆう自分と微妙な距離感のある御嬢様の御帰宅に若干思考が止まったものの、ハルにゃんは取り乱す事なく即座に姿勢を正し、深々と頭を下げて御辞儀をしたのだった。
「こちらこそ、いつも妹と仲好くしていただきありがとうございますにゃん。本日は、御二人での御帰宅でございましょうかにゃん?」
たとえ、妹の友人相手でも、店内ルールは絶対である!ハルにゃん心中では「ヤッベ!実鳥のダチ相手に「にゃん」とか言うのメッチャ恥ずいんですけど~!」なんて叫んでいたりするのだが、それを表情には全く出さない!プロである!
鍛え抜かれた接客技術によって、ハルにゃんの動揺は夏彩と星和には欠片たりとも伝わりはしなかった。
「あ、今日はここで待ち合わせしとりますんよ。後からもう二人ほど来ますんで、出来ればテーブル席案内してもらえます?」
「畏まりました。それではお席に案内させていただきます」
そして、夏彩と星和は予約席の隣のテーブルへと案内された。このしばし後、ハルにゃんは「せめて、もう少し離れた席に案内していれば……」とか後悔する事になるのである。
「そういえば、ハル姉さんは今日もバイトなんですね?てっきり休みだと思ってたんですけど」
「せやな。今日はみっちゃん燕ちゃんの誕生日祝いで丸一日使うゆうとったもんな。せやからうちら来たんやもん。妹の友達接客するとか、なんや考えるだけでむず痒いんなぁ?」
この時、ハルにゃんは思った。なんて、デリカシーのある良い子達なんだろうと!この子達の爪の垢を煮込んだ出汁を、リットル単位で飲ませてやりたい連中が、家に何人いることかと!
「御気遣いありがとうございますにゃん。本日、使用人の急な欠員の為、急遽馳せ参じた次第でありますにゃん。それでは、ご用がありましたら、遠慮なく申し付けくださいにゃん」
「はい、おおきに~」
それから十数分後。
「わぁお!かぁわいい!ね?聞いてたとおり、半端なく可愛くない?ここのメイドさん!」
「ちょ…いきなりはしゃぎすぎよ……すいません。私達、こうゆうお店、初めてなので」
またしても、二人組の少女が来店した。ハルにゃんは早速お決まりの台詞とポーズでお出迎えした。今度の二人は夏彩達より少し年上でハルにゃんと同世代。一人は健康的な日焼け肌で活発な、もう一人は対照的に色白で清楚な感じで、共に一般的には好感を抱かれるであろう清潔感が漂う美少女である。
しかし、ハルにゃんはそういった好感度が高そうなクラスの中心的存在の人気者とは、相容れない学生生活を送っているので正直、関わりたくない、友達にはなれない・なりたくないタイプだとゆう印象を持ったのであった。
だからといって、個人の感情を接客態度に表してしまうような素人ではない。メイドスマイルは崩さない!
「初めての御帰宅でございますかにゃん?御嬢様。それではお席の方へ……?」
早速御案内しようとしたハルにゃんであったが、何故か、活発そうな日焼け少女が、顎に手をあて思案しながらハルにゃんの事を目を細めてジ~っと値踏みするように見ていた。故にハルにゃんは妙な圧を感じて言葉を詰まらせたのである。
「そ、そちらの御嬢様……如何されましたにゃんか?」
「あ、ごめんなさいね?なんか、メイドさんと会ったことが有るような……見覚えが有るような……」
「そ、そうにゃんですか?申し訳にゃいですが、他猫の空似ではありませんかにゃ?」
「あら?そう言われると、私もメイドさんの顔を何処かで見たことような気がするわ」
何だか口説きの常套句を浴びせられているような気分であるが、ハルにゃん的には二人は初対面であり、普段はヤンキーメイクで出歩いてるので目撃される覚えもなかった。
「あ…メイドさん変な事を言ってごめんなさい!えと、ここで待ち合わせの約束をしてるんですけど。中学生ぐらいの女の子達が来ていませんか?」
「それらしい御嬢様方でしたら、先程席に案内しましたにゃあ」
(実鳥の友達の知り合い?実鳥とも面識があるのなら、アタシの顔に既視感持っても不思議じゃないか)
ハルにゃんが一人納得していると、待ち人の到着に気付いた夏彩が嬉しそうに手招きしながら二人を呼び寄せた。
「弓さ~ん安芽さ~ん、お待ちしとりました~」
高校生の二人組、弓と安芽はハルにゃんに会釈すると、軽い足取りで夏彩と星和の待つテーブル席に向かい着席した。ハルにゃんもそれに追随した。
「それではすぐに御二人分のお冷やを御持ち致しますにゃん。御注文が決まりましたら、御気軽に声掛けお願いしますにゃん」
続いて、初帰宅である弓達に猫とのふれあい方ルール等を説明すると、ハルにゃんはそそくさと踵を返して場を離れようとした。相手が実鳥とも知り合いであるのなら、その姉だなんてバレるのは面倒事に繋がるとしか思えなかったから。世の中、何が何処と繋がっているかなんて予想もつかないものなのだから……今日は、ハルにゃんにとってそんなことを嫌というほど思い知らされる日なのであった。
そして、ハルにゃんが離れたテーブルでは、四人のガールズトークが始まっていた。
「ありがとな~お姉さん達、今日は来てくれて」
「なに、いいってことよ。弓と二人っきりだと気が滅入っちゃうからさ~。高校最後の夏休みなんだから、アタシとしちゃあ、パーッと過ごしたいとこだったワケよ」
「滅入るって?弓さん嫌な事でもあったんですか?」
「……その、大した事じゃないのよ。一寸ね、最近安芽以外と都合が合わなくてね……」
言いづらそうに口ごもる弓。その恥ずかしそうな、気まずそうな様子から、お祭りで出会った時の諸々も含め、夏彩と星和は何がどうしてそうなっているかを瞬時に察したのであった。
「弓お姉さん、しばらくみっちゃん家のお兄さんに会えてへんの?」
「なっちゃん言葉を少し包もう!?」
完全に図星であった。弓は真っ赤な顔でテーブルに突っ伏した。そして、いじいじと指で髪を玩びはじめた。
「梓さんとは毎日連絡取り合ってるんだけど……なんだか忙しいみたいで、夏休みに入ってから一度も剣くんに会えてない……」
「ね?顔会わす度、こうして愚痴るの。滅入るでしょ~?」
毎日散々愚痴られて辟易しているのか、安芽はこの問題について弓を適当に受け流す事を決め込んでいるようである。その証拠に、弓にチラリと一瞥をくれると、すぐメニュー表へと視線を落としていた。
「だって……忙しい理由だって教えてくれないし、梓さんも「けんちゃんから情報開示許可が出てないので、聖家トップシークレット案件なので」ってぇ~!」
まるで、幼児退行したかのように弓が喚いても、安芽は知らぬ存ぜぬでメニューの色鮮やかなサンプル写真を眺め、注文の品定めをしていた。ここ数日似たようなやりとりが幾度も行われているので、相槌を打つのにも飽きてしまっているようだ。
しかし、中学生二人にとっては新鮮なワードが含まれていた!
「せっちゃん……聖家トップシークレットやて?」
「私達もみっちゃんと最近ご無沙汰なんだよね……メールが来ない日もあったし……気になってきた」
因みに、二人が実鳥と会わずにいたのは、夏彩が夏休み中にオリジナルの漫画を一本仕上げようと挑戦して部屋に籠っていたからである。その間星和は夏彩に差し入れしたり、感想を述べたり、編集者気取りでアドバイスしたりしていたのだった。そして昨日下書きが終わり、その区切りで遊びに出たのである。
「そう言えば、今日は実鳥ちゃん一緒じゃなかったのね?」
「ああ~今日は元々、夏休み前から用事ある言うてたんで。何でも、燕ちゃんの誕生日なんで家族で過ごすて~」
「え!?今日燕ちゃんの誕生日なの!……知ってたら誕プレ用意して押し掛けたのに……」
「安芽、それはまかり間違うとストーカーチックな迷惑行為よ?家族水入らずの邪魔しちゃ駄目でしょ。夏彩ちゃん達もそう思ったから、私達を呼んだんでしょ?」
「まぁそんな感じですけどもぉ……それより!聖家のトップシークレット、気になりません?折角ここに当事者おることですし、直接聞いてみません?」
夏彩の提案に、弓と安芽は意味不明といった具合にキョトンとした。
「それはまぁ、気になるけど……」
「当事者って、誰?」
二人の疑問に夏彩と星和は顔を見合わせると、遂に、気づいてしまったのであった。
「実は、さっきのメイドさんなんですけど……みっちゃんのお姉さんなんですよ!」
「つまり~、剣お兄さんにとって、血の繋がらない義妹さんって事になるんですな~」
「「………………な、なんですってぇ~!?」」
ロリ顔で、スタイル抜群で、可愛さの権化とでも表現すべき猫耳メイドが……義妹。その事実は、弓の精神を多いに揺さぶったのである!
「あ、丁度ええとこに、ハルにゃんお姉さ~ん。ちょい聞きたいんやけど~」
弓と安芽のお冷やを運んできたハルにゃん。そして、コップを弓の手前に置いた時、ハルにゃんの背筋に強烈な悪寒が走った!
キョロキョロと辺りを見回すハルにゃんだったが、後輩ストーカーみやみゃーみたいな不振人物は見当たらない。
(自意識過剰か?……いや、確かに嫌な視線は感じたんだが……でも、なんか、感じた事のない種類、つーか属性のような?)
「ねぇハルにゃんお姉さん、プライベートな質問してもええかな?無理だったら全然断ってくれてええんやけど」
「えと……それは質問の内容によりますにゃあ」
「そうですか?じゃ……最近、お家で変わった事なんてありました?あ、こっちのお姉さん達梓お姉さんのクラスメイトで、夏休み入ってからよう会えへんらしくて。ウチらもみっちゃんと会えてへんかったから……」
この時、ハルにゃんの胸中は……
(やっべ、アイツらとの関係が即バレした!関わりたくなかったのにぃ~!そりゃ、口止めなんてする余裕も権利もなかったけどさぁ!んでもソッコー過ぎじゃね?つか、家で変わった事?変わった事しかねぇよ!異世界召喚されました。剣が聖剣の転生でガチ魔法使いでした。実鳥が前世で勇者でした。双子の前世は宇宙人の生体兵器でした。桜にも前世の記憶がありました。その異世界とはほぼ自由に行き来出来ます。ドラゴンに変身する少女がホームステイしてます。アタシは猫耳と尻尾が生えるようになりました……なんて、この店で妙な価値観を養われた訳でもない一般人に、そして実鳥の友達に実鳥の許可なく言えるかー!)
かなり、精神的に追い詰められていた。その瞳は光を失い、瞳孔を収縮させ、見る者に空虚を感じさせた。
「よ……世の中には、知らない方がいいことも、あるんですにゃあ……家族の個人情報にも関わりますので、私の口からは、とても言えませんにゃん」
夏彩達が呆気に取られる中、ハルにゃんは彼女達に背を向け、すごすごと立ち去ろうとして、またしても、背筋に悍ましい悪寒を感じた。こっそり後ろを振り向くと……清楚系美少女が、呪い殺さんとばかりの、負の感情に満ちた視線でハルにゃんを睨み付けていた。
弓は誰にも聞こえないように、然れど隣に座る安芽には聞こえてしまうような、小さな呟きを……
「義妹?あんな可愛いメイドが?剣くんと同居しているなんて、なんて忌々しい……憎々しい……羨ましい……妬ましい……しかも話せないって何?秘密?剣くんとの、誰にも話せない秘密があるってこと?同居してるってだけで何の努力もなしに?私が、どれだけの勇気を振り絞って告白したか解る?解るはずないわよね?あんなあざとい女が、私よりも剣くんに近しいだなんて……」
(あ、アタシの親友が、なんかヤバイ病に……)
闇堕ちしたような形相の弓に、引き攣った笑みを浮かべるしかない安芽。その向かいに座る夏彩と星和は――
「なんや、ラブコメの鬱展開みたいな雰囲気感じたわ。弓お姉さんから、女の情念迸っとらん?」
「う~ん……思い込みだけで負のオーラ放つとか、恋愛感情ってコワイ。ハル姉さん、背中から刺されなきゃいいけど」
それからハルにゃんは猛烈な嫉妬の視線に晒されながら、SAN値をゴリゴリ削られながら職務を全うしたのであった。
そうして限界ギリギリにストレスを溜め込んだ頃合いである。家族による抜き打ち職場訪問が始まったのは……
全部、聖家一行が御帰宅される前の話に。
……と、言うわけで、家族水入らず+1でしたがゲスト参戦!
次回、登場人物多いな……
さにゃえメイド長は、ハルにゃんに秘密裏に燕ちゃんのパーティー準備をしていたので表に出てきませんでした。
弓ちゃん嫉妬の鬼化。そりゃ、惚れてる男に知らん虫が纏わりついてると思えば……久々の登場でこんな扱いしてごめんなさい!
この更新で、丁度丸二年になりますか……
この一年で、作中は一ヶ月ちょいしか経ってなかったよ……




