170話目 燕のバースデー お怒り小町
また、少し遅れてしまいました。
「……遅かったわね?」
水族館屋内施設の見学を終え、館内見学チームに浴びせた、小町の第一声であった。不敵な笑みと共に額に血管を浮き上がらせ……とてもイライラしている御様子。まるで、憤怒の七大罪さんがキレる寸前みたいに。
二時間――それだけの時間を、小町は炎天下の屋外(勿論日影に入ったり、こまめにスポドリを飲んでいたが)で待っていたのだ。それはもう、不機嫌になるのも仕方ないというもの。無言で「誰か一人ぐらい気を利かせて交代に来いや!」と、威圧もしたくなる心情なのであった。
因みに、小町に凄まれているのは剣と梓だけである。年長者であるが故に、責任を問われているのだ。ネフェは無邪気にコツメカワウソやペンギンの様子を見て回り、翼と希はその保護者をしている。実鳥は小町の怒りを宥めようとオロオロしている……そんな具合である。
「あのね、人がとても多くて中々進めなくて……ホラ、今も人目が沢山あるから」
「黙れ勇者」
「……ふぁい(泣)」
ノンスキルのJS、天変地異クラスの魔法を自在に使いこなしていた元勇者を、一睨み、一言で黙らせる。
「…地震、雷、火事、こまたんみたいな」
「何か言った?梓姉さん…」
「い、いえ……遅くなってごめんなさい」
茶化そうとしたら鷹の眼光で射抜かれる。梓でも空気を読まざるを得なかった。
「そもそも、私が一番怒っているの梓姉さんにだからね!何でか解ってる!?」
「ど、どうしてでせうか……?」
解っていない梓に、小町は「チッ」とあからさまに舌打ちすると、次いで大きく溜め息を吐いた。とても、下級生には見せられない、ヤンキーみたいな生徒会長様の姿である。
「まず、ネフェちゃんが水族館に来るのは初めてなんだから、夢中になって見学に二時間費やすのは、納得出来るし文句を言うのも無粋。寧ろ当然の権利だわ。そして、一番懐かれている翼姉さんと希姉さんが保護者するのも必然だし当然。それでも有事に備えてネフェちゃんを腕ずくで何とかしちゃえる唯一の存在である兄さんが同行するのも仕方がない。けど……梓姉さんがそっちのチームにずっといる必要、なくない?」
「せ、正論でございます……でも、それ言ったらどりりんだって」
そう、必ずしもネフェと行動を共にする必要性が無いとゆう意味では、実鳥も梓と同じなのである。だが、小町は何故か実鳥を非難の的にはしていなかった。
「そうだよ小町ちゃん、私にだって交代にこなかった責任はある筈じゃ…?」
申し訳する実鳥に、小町は手のひらを突き出して言葉を遮った。そして、反対の手の人差し指で自身の額の脇をくりくりしながら、目蓋を下げた半眼状態で視線を剣へと移した。
「これ、私の口からは言いたくなかったんだけどね。出来れば、兄さん自身に気付いて貰いたかったんだけど……」
「な、なんだよ?」
「……もっと実鳥義姉さんを構ってやれよ〝無銘の聖剣〟」
どうゆう意味か理解出来ず、キョトンとする剣。赤面してキョドる実鳥。「あぁ~……」と納得したように苦笑する梓。
「いや、無自覚?兄さんさぁ、異世界から帰ってから、実鳥義姉さんと二人でじっくり話す時間作った?てか、無いよね?翌日からネフェちゃんが来て、それどころじゃなくなったよね?実鳥義姉さん、完全におざなりだよね?」
的確に、痛いところをグサグサ突き刺す小町。剣自身には、実鳥をおざなりにしているつもりはなかったのだが、結果的には、客観的にはそう見えなくもないかと少なからず納得させられたので、ぐぅの音も出せずに怯む他なかった。
方や、実鳥は……
「端から見てると、そう思われちゃうのかな…?確かに二人きりって無いかもだけど、意識的に剣さんの側には居るようにしていたつもりなのに……キャラ的に、不遇な扱いに見えちゃうのかなぁ?」
とても黄昏ていた。自分では意識していなかったのに、客観的な意見を聞かされたことで不遇な扱いを受けている疑念を抱いてしまい、うちひしがれてしまったのだった。
「小町、そのぐらいにしてあげなさいよ?異世界最強のツートップが見る影もないわぁ…」
ここまで、小町のイライラ発散を聖女の微笑みで見守り(見過し)ていた光であったが、剣の為す術の無い様子に。流れ弾の被弾によって悲惨な目に遭っている実鳥を見かねて、助け船を出したのであった。
「いや、光姉さんだって散々待たされたんだから、少しは怒ってもいいと思うけど?」
「私の分も、小町が充分に怒ってくれたわよ。それより……早く館内に入りたいわ。流石に暑さで疲れたもの」
光にそう言われてしまったら、小町としては黙るしかない。同じだけの時間を屋外で過ごしていたのだから。その上、光は身重である。小町よりも体力を消耗しているのは明らかであるし、体調を慮れば、剣達への説教は二の次にするのが正しかった。それでも、言い足りないようで、
「……兄さん、梓姉さん。光姉さんの顔を立てて、これ以上は勘弁してあげるわ。私達が戻ってくるまで燕から目を離さないでよね?もし、熱中症にでもなろうものなら……」
「はいはい、剣が燕をそんな目に遭わせるなんて有り得ないでしょ?小言は御仕舞い。さっさと涼みにいきましょうねぇ~」
光はまだ物足りない様子の小町の腰に片腕を回すと、まるで猫か犬でも抱き上げるかのように、肩へと担ぎ上げた。
細身の、しかも妊婦である美女が、まるで重力を無視したかのように振る舞うその仕種に、通りすがりの人々は目をひんむいて仰天している!
「ちょ!?光姉さん!恥ずかしいってば!降ろして!」
「あまりジタバタするとスカート捲れて余計恥ずかしいわよ?それじゃ、行ってくるから後よろしくねぇ~」
「光姉さん、実は全然消耗してないてしょ!?どんな化物体力してるのよ~?」
光に担がれ強制連行されながら、小町は剣達に恨めしそうな視線を送り続けたのであった。
光と小町の姿が館内に消えると、梓はほっと息を吐き、やれやれと肩を落として脱力した。
「いや、お姉ちゃんのお陰で助かったねえ。それにしても、こまたん元気になったなぁ。帰還直後は無気力だったのに……安心したけど、今からあれじゃあ将来ガミガミおばさんになっちゃわないかと別意味で心配だよ」
「梓さん、それ本人に言っちゃ駄目ですからね?本気で怒らせるやつですから。それにしても……小町ちゃんに私、可哀想だと思われてるんでしょうか?そんなに不幸に見えるのかなぁ?」
「それ言ったら俺も……確かに実鳥と二人きりってのは無かったけど……蔑ろにしている訳じゃないのになぁ……」
剣は帰還してから毎日、エルヴィアスに赴いていた。各国の情勢調査やゲートの設置。安全な行動拠点の確保と、やらねばならない事が山積みなのである。日中の時間をそれに費やし、夕刻に帰宅してからは、就寝までの時間を高校三年生としての本分に――受験勉強に勤しんでいるのである!
それ以外にも、普段から日課であるこだちの散歩や桜の戦闘訓練に加え、葛乃葉一門と魔法道具の研究。ネフェへの常識教育等もあるので、夏休みに入ってからというもの、剣は普段よりも休めていないのであった。
実鳥は剣の事情を(自身も関係している件なので)判っているので、無理に時間を作ってもらおうとはしていなかったのだが……
「どりりんは自分から積極的に出るタイプじゃないからねぇ。そしてけんちゃんも女の子の心の機微には疎いし……どりりん寄りに考えちゃうこまたんの目には、けんちゃんが怠慢しているように映っちゃったのかもねぇ」
「まあ、逐一説明しちゃいねぇもんな。それで察してくれってのは、虫が良すぎるか。どうすりゃいいかなぁ?」
なんとも、気難しい年頃だなぁと、剣は苦笑いしながら頭を掻いた。他の妹……翼から桜迄は前世の経験を持っていたが為に、所謂思春期の少女らしい思考を持ち合わせていなかったので、小町の成長は剣にとって対応に困る事ばかりなのであった。
「ま、取り合えずペンギンでも見ながらペンギンに夢中になっているばめたんも眺めて癒されるのはどうでしょう?」
「是非も無し」
剣、即答。
「私達がこうしている間も、ずっとペンギンだけ見てたんだ燕……なんて集中力。てゆうか、桜ちゃんも、ずっと燕を見てたんだよね……あ、小町ちゃん…また桜ちゃんを心配してなかったよね?」
幸せそうな笑顔でペンギンを眺める燕の背後で、桜は表情を崩す事なく、淑やかに控えていたのである。何事にも即応可能に。ずっと!
そんな桜の顔を、ネフェが不思議そうに下から覗き込んでいた。
「桜お姉さん、それやってて……楽しい?」
「はい。姫様の健やかな姿を見守っていられる以上に、幸せな事など私にはありません」
「……理解できないです。燕ちゃんと歌ったり踊ったりしている時の桜お姉さんの方が、ずっと楽しそうですけど?」
「ネフェお嬢様。それはそれ。これはこれなのです。私は贅沢で貪欲な俗物ですので、どれだけ幸せであろうとも毎日同じことの繰り返しでは飽いてしまい満たされないのです。故に!こうして時に自ら演出し変化を起こす事によって新たな境地を切り開く必要があるのです」
「とか言いつつ、これもさっちゃんの一番の趣味であるコスプレに括られちゃうんだけどね。外見だけでなく、心から設定に忠実に装う……それがコスプレイヤーSAKUTANの生きる道!なんだよね~」
「梓お姉様……見も蓋もないご説明、ありがとうございます」
「つまり……どうゆうことです?」
ネフェが理解するには、コスプレとゆう概念は複雑なのであった。素で変身出来てしまうからこそ、変身願望が理解し難いのかもしれない。
「成る程。するとこのあと、更に理解不能な出来事に遭遇するかもしれないな。いい社会勉強にはなるかもしれないが。ふむ」
思案顔で悪巧みしているような剣に、同様に薄ら笑いを浮かべ、納得したかのように双子が近づいてきた。
「やはり、次の目的地は……あそこなんだ」
「全く……私達にも内緒とか、おねーちゃんも悪戯好きだよね」
「やっぱ、お前達は察して黙ってたか。まぁ、これも燕のリクエストなんだから……仕方がないと、アイツにも納得してもらうしかないだろう……気の毒だが」
神妙な剣と、空々しく笑う双子。
「え、えと……皆さん何の話をしてるんですか?私、凄く不安になってきたんですが?納得って、誰に?」
動揺を隠せない実鳥の肩に、梓がそっと手を置いた。
「ん~……朝から不自然だとは思ってたんだけど、やっぱり、そゆことなんだろうな~。てな訳でどりりん。事が終わった後のケアはヨロシクっ!」
「私が、ケア?………………あ、え?それじゃ……光さん、そこまで手を回してたって事!?水面下で……そこまでやりますか?」
正に、戦慄。今回の、燕の誕生日の計画総責任者の企みに気付いた実鳥は、驚愕するしかなかった。
「時々、愉快犯になるのですよね。光お姉様は……私も、身に染みております故……」
長女のお巫山戯の犠牲になった経験者は、染々と呟いた。
「皆さん、どうしたのです?剣お兄さん、この後行く場所に、何か問題あるのですか?」
「まあ、特殊ではあるんだが……オムライスなんかが美味しいお店だな。それと……猫が沢山いるのが特徴か。店に問題はない」
問題は、店員である。
小町ちゃんご立腹回でした。真夏に二時間屋外で待たされたら……ご理解下さい。いい子なんです本当に!
さて、次回は……ネコミミだ!




