156話目 竜の少女と双子歌姫
前回のあらすじ
野生の少女を拾ったっぽい。
「剣!貴方ねえっ!突然何を口走ってるの!?ここに住むって……女の子よ!犬猫じゃあないのよ!もっとちゃんと説明しなさい!何がどうしてそうなったの!?」
家で過ごしていた姉妹全員の気持ちを代弁するかの如く、光が猛然と剣に詰め寄った。対する剣は、それが想定内の反応であったかのように涼しい顔をしていたが。
「落ち着け姉さん。胎教によくないから。それに……」
剣は視線と首の微かな動きで、光の注意を少女に向けさせた。少女の瞳は潤むどころか、涙が決壊寸前まで溜まり、ガクブルと震えて脅えていた!
「あ……えと、貴女に怒っている訳じゃあないのよ?……ただ、私達も突然の事に戸惑っているのは……解ってくれるわよね?」
光の言葉に、少女はコクンと頷いた。何度も頷いた。その度にビチャビチャと涙が滴となって床に撒き散らされた……
「お~よしよし。知らない人に怒鳴られて怖かったね~」
「大丈夫だよ。普段はとっても優しいお姉ちゃんだからね~」
翼と希に挟まれて慰められ、少女は僅かに落ち着きを取り戻した。すると、ぐうぅ~と、少女のお腹が鳴った。
「ご、ごめ……とても、おいしそな、初めてのにおい……するから……」
本日の夕食メニューはカレーである。ミックスされた香辛料が放つ香気を嗅覚が捉えれば、空腹を否応なく刺激する。否、空腹でなくとも食欲を暴れさせる!
「ああ、こりゃカレーだな」
「かれ……え?」
「ああ。地球人類が生み出した食文化の極みの一つだ。ま、言葉で説明するよりも、実際食ってみればいい……な、姉さん」
光は観念しながら大きく溜め息を吐くと、少女を食卓へと招いたのだった。
「食事しながらでいいから、ちゃんと説明、それに疑問に答えなさい。いいわね?剣、翼、希」
かくして、突然の同居人を交えてのディナータイムが催されたのであった。
数時間前のエルヴィアス。
深い山奥の森林、その中にポツンと存在していた小さな泉の畔で、少女はパチンと目を覚ました。
(あれ……?私、何時の間に眠って……?)
少女はどうして眠っていたのか思い出せず、ぼんやりとした意識のまま、取り敢えず身体を起こしてみた。
その時、とんでもない違和感に気付いた。起きた時に体から黒色の皮材らしきものが、自身の体に被せられていたのだ。それは、有り得ないことなのに!
(どうして!?私、何でこんな場所で……人の姿で眠っていたの!?そんな危なっかしい事を……どうして!?)
少女にとって、自然の中で、野生動物や魔獣の脅威がある中で居眠りをする事自体は、特に気にする程ではない日常の出来事に過ぎない話だった。それは、彼女の生存を危うくする生物がこの周辺に生息していないからであった。だが、それは少女がドラゴンの姿であったらの話。
愚かな襲撃者から身を守る頑強にして弾力ある竜鱗や、撃退する為の爪や牙がない姿で、無警戒で人の姿で居眠りをしてしまうだなんて、どんなに疲れていたとしたって、こんな開けた場所で無防備な姿を晒すだなんて、あってはならない事なのであった。
「っ?痛っ……何、頭が……」
「あ、起きた~?」
「おに~ちゃん、まだこっち見ちゃ駄目~」
「?誰!?」
少女の視界に、やたら発育の良い二人の、見分けが全くつかない双子の少女――翼と希が心配そうな表情を浮かべながら、少女の顔を覗き込むように四つん這いで近づいてきた。
「私は翼」
「私は希。貴女のお名前は?」
「わ、私は……あれ、貴女達……確か……!」
少女は気絶する前の出来事を、一瞬で全て思い出した。
ドラゴンの姿で気持ちよく水浴びを楽しんでいたら、何処からともなく三人の人族が姿を現し、怖れるどころか僅かにも萎縮せず、ほのぼのと寛ぎ始めたのである。おまけに、男の方はドラゴンである自分に対して、臆す事なく泉を少し使わせて貰うと、堂々と宣ったのであった。
あまりにも慇懃な態度に腹が立ち、脅かしてやろうと咆哮を浴びせ――
頭蓋に響く破砕音と激痛。回転する視界。途切れた意識。
「みぎゃあぁぁぁ!?」
慌てて頭の両側、耳の少し上辺りを擦って、少女は悲鳴を上げた。其処に在るべき筈の角はなく、掌に伝わるのは歪でゴツッとチクッとした硬質的な感触。
「うあぁぁぁん!角!私のつのぉぉぉ…………」
恥も外聞もなく、少女は号泣した。有って当然な身体の一部が割れて砕けて喪失していたのだから、然もありなん。
「……不味い。思っていた以上に、女の子だった……」
「慰めの言葉が思い付かない……」
翼と希は居たたまれなくなり、どうしたものかとソレに視線を移した。少女も釣られるように双子の視線の先を確かめ……余計に泣きじゃくって、脱兎の如く木陰に身を隠した。
地面に突き立てられた、真珠のような光沢を放つ、二振りの剣と見紛うような、角が、有ったから……
「嗚呼……小動物みたいにプルプルしちゃって……」
「おに~ちゃん、流石にこれは悪者だよ」
「……まさか、蒼い瞳の白竜に、あんな小さな女の子が変身していたとは俺も思わなかった……結果的に、やり過ぎ感は否めないと思っちゃいるんだが……」
剣は本気で悪いことをしたと思い、謝罪したい気持ちで一杯ではあるのだが、面と迎えずに困っているのである。何故なら、変身が解けた少女の姿が……素っ裸であったから。介抱の為にかけておいたマントを放り出してしまっているから。下手に目を合わせたら、失禁させてしまいそうな程に、少女がガクブルしているものだから……
「このまま放置していくのも寝覚め悪いし……どうすっか?」
「一先ず我等に任されよ」
「お子様と動物の扱いには慣れているので」
「そういや、そんな設定もあったけか……すっかり忘れてた」
「設定ゆーな、特技と言って」
「ま、危険はないと思うけど、目の届く範囲内にいてね」
剣はドラゴン少女とのコミュニケーションを双子に任せると、手持ち無沙汰になってしまったので、双子から付かず離れずの距離を徘徊するのであった……
「さて、任されたはいいとして……」
「どうやって警戒解くか、だね」
実際に角をへし折った剣程ではないにしろ、同行者である双子に対してもドラゴン少女はビクビクと脅えながら警戒していた。それでも逃亡しないのは、気絶している間に拘束すらされていなかったので、これ以上危害を加えるつもりはないだろうとの判断が出来たからである。だが、相手はドラゴン(全長10メートル以上)に脅えもせず、いとも容易く体術で倒してしまう相手である。
……そんな化け物は知らない。
命を奪われる心配はないとしても、機嫌を損ねたら何をされてしまうのか……ドラゴン少女は恐怖から混乱し、逃げることも対話に応じることも出来なくなっていたのであった。
「……え?」
ドラゴン少女は自分の目を、それよりも耳を疑った。突然、翼と希が唄い始め、その歌声によって、周囲の空気がまるで自分を優しく包み込むように感じられたからだ。
ゆったりとした身振り手振りを加えながら、翼と希は穏やかな雰囲気を纏って唄っていた。ドラゴン少女を慈愛に満ちた瞳で見つめながら。
「きれい……これが、本当に正人族?」
何時の間にか、ドラゴン少女の身体から恐怖による震えは消え失せ、溢れんばかりであった涙も、目端から一筋の痕跡を遺して雫となった、感動の涙へと意味合いを変えていた。
翼と希に見惚れ、その歌声に聴き惚れていたのは、ドラゴン少女だけではなく。周囲の森や泉に住まう動物達も、双子の歌唱を一切邪魔する事なく、心穏やかに聴き入っていたのである。
翼と希に目覚めたスキル。それは自己の感情を込めた魔力を歌唱によって放出する精神干渉系の魔法である。
双子は今、ドラゴン少女を落ち着かせようと、敵意がない事を示そうとゆう気持ちを込めて唄っている。魔力のコントロールが不完全な為に対象指定も範囲指定も設定不能で周辺のナマモノを巻き込んでしまっているが……もし森のくまさんとか接近してきても、おに~ちゃんがいるから平気平気!とゆう、呑気な気分も歌声に含まれていたりした。
因みに、選曲は双子が尊敬するアーティストが、銀河を回遊するクジラみたいな生命体と通じあった歌であったりする。
やがて、歌が終わると動物達が我を取り戻したように一切に行動を再開して森の草木を揺らし、まるで拍手のように葉擦れの音を立てたのであった。
その中に、一人分だけ本物の拍手が混じっていた。
「ご静聴、ありがとう」
「お話も、聞いてくれるかな?」
双子にニッコリと微笑まれ、ドラゴン少女はモジモジと恥ずかしそうにしながらも、身を隠していた木から……一歩を踏み出した。
「あ……あの、とても……素敵、でした」
ドラゴン少女が踏み出した一歩に応えるように、翼と希も一歩を踏み出し、視線の位置を合わせるように膝を折った。
「改めまして、私は翼、こっちは希だよ」
「お姉ちゃん達に、貴女のお名前教えてくれる?」
「わ、私はネフェリ……ネフェ、です」
名前を一度言い淀んだドラゴン少女=ネフェに、翼と希は一瞬首をひねったが、以前に剣から聞いていた事を思いだし、追求はしなかった。
曰く、本当の名前を知られることで、最悪精神を完全に支配されてしまうような魔法が存在していると。
奇しくも、翼と希が使えるようになったのも精神干渉系である。ネフェが翼と希にそこまでの危険性を感じているかは兎も角として、双子はネフェが(種族的には)ちゃんとした教育を受けている事を確信したのであった。
そうして、互いに名乗ったところで一先ず、双子は深々と土下座して、オロオロとするネフェに自国で謝意を示す最上位の礼儀の姿勢であると説明したのであった。
「ウチの兄が、角を折っちゃってごめんなさい」
「できる限り補償しますので許してください」
双子からの謝罪に、ネフェは脅えた様子はないものの、再び涙を流しながら、今度は悲しみの表情を見せていた。
「……いえ、この世は弱肉強食ですから。正人族相手だと自惚れていた私が悪いのです……殺されていないだけ、私は感謝しなければいけないのです……」
「……そういった教育を受けてましたか」
「幼いのに、なんとゆう自己責任感」
なんて潔く殊勝な娘なのかと、翼と希はネフェの助けになってあげたいと思ったのであった。
「ネフェちゃん、お家は近いの?」
「なんなら、おに~ちゃんに送らせるけど?」
その言葉に、ネフェは涙も枯れ果て、ズ~ンと顔に幾つもの縦線が入ったような暗い表情を浮かべたのだった……
「いえ……集落に異種族を招くのは掟で禁じられているので……角を失った私は巨竜にも変身できなくなったので……」
自力で帰るか。ここに仲間が来る偶然を待つか。はたまた弱肉として野生の獸の胃袋に納まるか……
「いや、それは認可しない!出来ない!」
「そう!諦めるのはまだ早い!掟は、ルールは、その穴を突く為にある!」
「え!?あ……あの?」
「だから掟とか、そこんところ詳しく!」
「より多くの情報を制する者は敗者とならない。それが、情報化社会の理!」
困惑するネフェを余所に、翼と希は不敵な笑いを浮かべあった。それがどんな掟であろうと、論理的な会話が可能な相手であれば、コテンパンに説き伏せるだけの自信が双子には有るからだ。
それが通じない感情的な相手には、リアルなドラゴンスレイヤーに一言お願いすれば済む話である。
そんな、一人蚊帳の外状態で待機中のおに~ちゃんは、ネフェちゃんを泉に投げ落とした時の衝撃で打ち上げられた魚を拾い集めて、せっせとお魚バーベキューの準備をしちゃっていたりしたのであった。
「……せめて、魚ぐらい捌くの平気にならないかなぁ?」
『まだ無理ですねぇ。どうしても気持ち悪くて……』
訂正、ヒナちゃんとの会話を楽しみながらの作業であった。
『そういえば、先程の翼様と希様の歌。精神干渉の作用が働いていたようですが……』
「そうだな。ま、俺は元々魔力耐性高いし、片割れと融合して更に耐性向上したから、あの程度の放出量じゃ影響受けないな。俺にとっちゃ、何時も通りの天使の歌声でしかなかった」
『……なんと自然な妹自慢ですか』
「だから、もうヒナの叫びでもダメージにならないな。今の俺なら、ヒナで平然と魚を捌くぐらい、文字通りメシ前だな」
『素晴らしい妹様方ですよね!天女様の如しです!』
「はっはっはっ!お前も分かってきたなぁ」
モクモクと煙が昇り、ジュワジュワ焼けた魚の香ばしさに少女達が空腹を抱えてくるまで、もう少しであった。
ネタ
OVAマクロ○ダイナマイト7でのバ○ラさんソロ楽曲。マ○ロスは異種族交流の宝庫!
ドラゴン少女=ネフェちゃんは、出会った直後に角とプライドをへし折られた結果、オドオド系になりました……みたいな説明回でした。




