153話目 パン買ってきた!
前回のあらすじ
お兄ちゃんが自主的にパシった。
「あれ?今朝はパンなんだ」
「しかも、焼きたてなバターのいい香り……」
キッチンで起きた惨劇など知る由もなく、剣がパンを買って戻り、食卓に並べたのを見計らったようなタイミングで、翼と希がリビングに姿を現した。
二人ともノースリーブのシャツにショートパンツとゆうラフな格好で。純心な男子中学生を殺しにかかる姿である。夏休み中で特に出掛ける用事もないので、だらける気が満々なのが誰の目にも見てとれた。
「流石っちゃ流石なんだが……もう日常に回帰しやがってるな」
「あ、おに~ちゃんおはよ~」
「元気そうでなにより~」
他の姉妹にとっては異常で非日常であった凄惨な鉄火場も、前世で戦争を体験し、戦場を駆け巡ったり、要人暗殺や破壊工作を経験している翼と希にとっては、気に病む程のショックを感じるような事でもなかった。
寧ろ、その後に現れた妙に友好的で図々しい上位存在をやりすごす方に神経を磨り減らしていたぐらいであった。
「それはそうと……」
「遥ちゃん、耳……戻んなかった?」
「……見ての通りだよ……手は戻っていたのに……」
遥は無意識に発現させた魔法によって、猫科動物の耳と尻尾を生やしていた。本来この魔法は、親もしくは先祖が獣人種でありながら、表面的にその性質を持たずに生まれた者が、その遺伝子を魔力によって一時的に活性化させることで変身が可能となる……身体強化魔法の一種である。
何故、地球人である遥にそれが可能なのであるかは、たまたま先祖に異世界からやってきた猫科獣人がいたのか。それとも神の悪戯なのか……どちらであるかは謎である。
「大丈夫です遥義姉様!その猫耳と尻尾は家宝……国宝!いえ!人間世界遺産とすべきと称しても過言ではありませぬ!」
「……どう考えても過言だっつーの。つかよ桜、今日はやけに物理的な距離感近くねぇか?」
今朝、顔を会わせてから、桜は遥にベッタリしているのであった。猫耳メイドのアルバイトが発覚してから桜は遥に対してかなり好感を持つようになり、遥も桜の言葉の端々にそれを感じてはいたのだが……抱き着かれたりとか、そういった直接的な接触をされるのは稀である上、あまりにしつこく感じられたので、遥は戸惑っていたのである。
「それは当然……天然猫姉さんな遥義姉様に萌えずして、一体何を愛でれましょうか!?……と、言うのも本音なのではありますが……ボクがこうして遥義姉様に甘えてみせれば、実鳥たまが兄様に甘えやすくなるのではないかと思った次第なのであります!」
「ぶふっ!?」
啜っていたコーヒーを咳こんで吐き出し、盛大に噎せた実鳥。
「な、何を言っているのかなかな桜ちゃん?」
「一人でなければ恥ずかしくないよ!作戦でありますよ。昨晩も二人で兄様と添い寝をしたではありませぬか?」
「そういや、起きたら二人に挟まれてたな……」
「あ……あれは、魔が差して……」
もじもじと、赤面しながら俯く実鳥。昨晩、半強制的に桜と二人でバスタイムを過ごし、湯上り後に、何の躊躇もなく剣の隣に寝そべった桜に手招きされて、つい、誘われるままに剣の隣に潜り込んでしまったのである。
「うむ。その程度は、みどりん報われてよし」
「前世と幼児期を思えば、プラマイまだまだマイナスだし」
「私って、そんなに不憫!?」
「どりりん自覚ないんだ……」
「そうなんだよ。昔っから不幸耐性高くってさ、幸運に恵まれると逆に不安になったりして……我が妹ながら憐れな……」
「お姉ちゃんまで?酷い言われようだ!」
「いや……実鳥たまの幼少期が不幸でなければ、保護者に虐待されても死んでなければ不幸じゃない……みたいになってしまうのでありますが?」
「実鳥義姉さん。昔の実鳥義姉さんの家庭環境って、児童相談所に普通に保護されるべき状態ですからね。本当、当時の遥義姉さんにそこまでの知恵があれば……」
「ぬぐ……アタシにまで飛び火しやがった。てか、何時の間にか突っ込みする気力が回復してやがるじゃねぇかよ小町?」
「……少々、悩むのも馬鹿馬鹿しくなりまして。夏休みの計画、いきなり一日分遅れちゃいましたし。考えれば、私にダラダラ悩んでいる余裕なんてありませんから」
「こまたんは長期休みを計画的に過ごす優等生さんだよね~。偉い偉い!」
「いや、この夏は梓こそ計画的に勉強しろよ。真面目にやんねーと、俺と同じ大学に合格しねーぞ?」
「梓ちゃんは昔っから、追い込まれ型だからね~」
「8月31日は、お姉ちゃんから例年外出不許可されてたし~」
「ぐぬぉ!私にも誘爆が……でも平気!私は、やれば出来ちゃう子でありますので!」
「まぁ、実際に毎年なんとかなりましたし、高校受験もどうにかしてしまったでありますからなぁ。そうそう、計画と言えば梓姉様、夏イベ用の衣装を改良したいと仰ってましたよね?」
「あ、うん。何だか異世界召喚された影響か裁縫レベルがめきめき上昇しちゃったみたいだし。それに、あっちの世界で貰ってきた素材も試してみたくて」
貰ってきた素材とは、エルヴィアスのモンスターから採取された素材である。今夏の桜のコスプレ衣装は、ファンタジー世界の防具と同等以上の性能となるのだ!
「魔物素材の衣服……わくわくする響きであります!ぐふふ……」
「……その服着て、勝手にあっちへ狩りに行ったりしないでくれよ?頼むから……」
「では兄様!ドラゴン狩りにオトモさせて下さいませ!」
「同行ならいいとは一言も……夏休みの宿題を片付けた後なら、考えてやらなくもないが」
「約束でありますよ!この夏……ハンターデビューするのであります!」
駄目とは言えない剣に、小町の冷ややかな視線が突き刺さる。
「……どうしようもない、兄バカ」
「いや……桜は、ほっといたら一人でも行きそうだし……それなら目に見える範囲でと……」
言い訳する剣であったが、それは余計に過保護者振りを露にするだけであった……
「てゆーかおに~ちゃん。私達もあっちに行きたい」
「魔法のコントロールを練習したい。荒野とか草原とか、広い場所に連れてって」
歌にオートで魔法効果が付与されるようになってしまった双子。このままではバンド活動にも支障をきたし兼ねない切実な問題であった。
「歌……歌唱による魔法発動か。しかし……遥といい梓といい、スキルに目覚め立てで無意識に効果を発揮するとか、揃いも揃って天才かよ……」
「そんな兄さんは、天才を凌駕するバケモノだけどね?」
「いや、俺の場合は何千年もの積み重ねがあってだな……」
剣からして見れば、得たばかりのスキルを当然の様に使いこなしている梓。変身を一晩以上維持している遥。何十人をも一度に魅了してしまった翼と希の方が、よっぽど驚異的なのであった。
「……まぁ、魔法の練習に適した場所は、早速探しに行ってみるよ。ついでに、治安の国に拠点でも作っておくか。正直、エルヴィアスの世界情勢がどうなってるか判らないし、ちゃんと調べてみっか……」
元々、他の国がリーイース王国の様に馬鹿な真似をしないか調べ、場合によっては〝常闇之刃皇〟して釘を刺すつもりでもあったので、妹達の要望に応えるのは手間でもなかったのである。
「後は……遥の方は、実鳥が診てくれるか?魔力の流れを抑えるか、逆に枯渇寸前まで使い切らせれば解除されるだろ」
「は、はい!任せて!」
「枯渇とか……すっげぇ不安を感じるワードなんだけど?」
遥の不安を余所に、剣は減少している血量を補い回復させんと、焼きたてふわふわの食パンに、薄切りハムを何層にも重ねてサンドしたハムサンドを頬張るのであった。
「やはり……ハムサンドはハムを何枚も重ねてこそだよな!一枚だけのハムサンドの、なんと味気ないことか」
「聞けや人の話!」
「大丈夫だ。少し痛かったり、疲れて気絶する程度で済むだけの話だから」
「それ、大丈夫とは言わねぇ!」
「一番安全なのは、変身が維持出来なくなるまで自然に魔力を消費するのを待つ事なんだが……三日は掛かると思うぞ」
遥は絶句すると……表面がカリッと、パン生地ふんわりのメロンパンを噛り始めて、自分の心を慰めたのであった。
「お、お姉ちゃん……だ、大丈夫だからね!痛くしないように頑張るから!」
魔力を外科的にコントロールする方法は、直接肌に触れて魔力を流し込みながら調節するのが、エルヴィアスでの一般的な方法である。
しかしながら、この方法には幾つかの注意点が存在する。
特に、魔力を使用した事がない、肉体が魔力を使用する準備の整っていない対象に行うと……最悪ショック死する程の激痛を、全身を血管の様に張り巡らされている魔力経路から、痛覚神経全てに与えてしまうからである。
また、魔力に目覚め立てだと、他者の魔力に対しての抵抗力が大きく、死ぬ程ではなくとも、外部から魔力を流し込まれる事には痛みや不快感を伴う事が少なくない。
それを抑える為には、性質の似た魔力によっての外部コントロールが最善である。それには魂から魔力を放出する為のフィルターである肉体の性質の近しい者が、即ち血縁者であることが望ましいのである。
「その理屈だと……私達は、おに~ちゃんにシテ貰えばいい?」
「初めてだから……優しくしてね?」
「姉さん達……わざと卑猥に聞こえるように言ってるよね?突っ込み待ちかな?そんなに私のハリセンで成敗されたいのかな?」
「「もごぉ!?」」
ハリセンが手元になかったので、小町は取り敢えず双子の口を手近にあったコロネを投げて塞いだ。翼の口にはクリームコロネ。希の口にはチョココロネだ!
「……小町たまは、スキルがいらないくらい基本スペックが高いのでは?」
「前世が軍用生体兵器のつばぞみが避けれないんだもんね……」
「少なくとも、今の私よりは強いなぁ」
「やっぱ、天才ばっかりなんだよなぁ……」
感慨深く呟く、誰にも負けない経験値に裏付けされた能力を持つお兄ちゃんであった。
「さて……こんなもんか」
朝食後。剣は家の屋上に地味なマント(桜から拝借したコスプレ衣装)を纏い、姿を現した。ベルトにはヒナを差している。
『……私も食卓に招いて下さっても……折角皆様に周知して戴きましたのに……』
「悪かったって、そう拗ねるなよ……。こうしてちゃんと、連れてくんだからさ」
起床から慌ただしくしていたので、剣はヒナの存在をすっかり忘れていたのであった。こうして出掛ける寸前になって、預かってくれていた梓から渡されて、漸く思い出すとゆう失態を晒していたのである。
『お役に立ったと思ってましたのに……』
「だから、悪かったって……侘びに、今度いいもの作ってやるからさ」
中々機嫌を治さないヒナに頭を抱えながら、剣はエルヴィアスへ渡るべくカードキーを起動させた。
「……やっぱり、削がれる」
『異文化人から見たら……どうなんでしょうか?』
出現するは、ファンシー全開なピンク系カラーが配色されているハートの扉。こうして起動する度に、剣の脳裏には笑い転げる女神の姿が浮かび上がるのであった。
「機能には問題無い……問題無いんだ……」
自らに言い聞かせながら、剣は扉を開いて歩を進めた。
「油断大敵だよおに~ちゃん!」
「前世でスパイもしていた私達の隠密能力、ここにあり!」
「なっ!?翼?希?」
翼と希からラグビータックルを腰に喰らった剣は、そのまま倒れるようにエルヴィアスへと姿を消したのであった……
姉妹間での、遠慮なしの弄りあいでした。
トラウマを乗り越えた実鳥に対して、誰もが忖度しなくなってたり。
次回からは地球とエルヴィアス、両面で進行します。




