151話目 聖剣砕き
今回から本編再開。物騒なサブタイトルですが、日常回です。
PVが10万突破しました!継続は力なり……読んで下さっている皆様に感謝を!
「ん……あれ?ここは……家か?そっか、帰ってきて、そのまま眠っちまったのか……」
エルヴィアスからの帰還翌日、剣が目を覚ますと、そこに見えたのは、よく見知っている自宅のリビングの天井であった。
時刻は早朝五時前。肉体的にも精神的にも疲労が限界突破し、帰宅して緊張の糸が切れた瞬間に意識も切れてしまったのであるが、常日頃の習性故か目を覚ましてしまったのであった。
痛みと倦怠感を感じながらも、上体を起こそうとして……起こせなかった。何故か、妙に身体が重かった。
「……これは一体、どんな状態なのだろうか?」
剣の身体を左右から挟み込んで、桜と実鳥がピッタリと寄り添って寝息を吐てていたのである。剣はどうしたものかと少しだけ悩み、取り敢えず……二人の頭を撫でてみた。
可愛い。思うべき事はそれ一つであった。
柔らかな撫で心地の良さに、仄かに漂う甘い香り。
眠りのほんの少し前まで、一国の都を蹂躙していたとは思えない……そんな極上の寝起きであった。
そうしていると、ご主人様の目覚めに気付いた忠犬のこだちちゃんも寄ってきて、嬉しそうに剣の頬に鼻を擦りつけてきた。
「……癒されるなぁ」
しばし、幸せに浸る剣であったが……近付いてくる小さな足音が不穏を運び、それがピタリと停止した瞬間、えもいわれぬ悪寒に支配された。
「……………………」
無言の圧力。緊迫した空気に先に耐えられなくなったのは剣であった。
「あの……黙って睨まれてないといけないこと、お兄さんはしてしまったのでしょうか……小町さん?」
「……別に?……思ってたより元気そうで、いいご身分だなって思っただけだけど?それで……起きるの?」
小町は右手に輪っか状に纏めたこだちのリードを持っていた。剣の体調を慮って、こだちの早朝散歩を代行しようと早起きしたのである。睨んでいるように目付きが細いのも眠たいからであり、黙っていたのも頭が半分寝惚けているからである。
しかし、剣にそんな事情は知るよしもなく、小町がとても不機嫌に見え、一瞬リードがまるで鞭のように見えてしまい、極上の微睡みから気分一転、冷水を浴びせかけられたように意識を完全覚醒させたのであった。
「……確かにいい身分なのは認めるが、これは起きたらこの状態であって、不可抗力とゆう奴でだな……」
言い訳ではなく事実なのだが、それでも誤解を解くべく剣は弁明した。だが、小町は当然そんな事は、剣が帰宅してからずっと眠っていたことなんて知っているのだ。
正直、苛立たしくなる状態ではあったが。
「?状況的に、姉さん達が兄さんの寝床に潜り込んだように見えるのだけど……違うの?」
「いや、違わない!全く小町さんの状況判断が正確で冷静であってくれてお兄さんは感謝感激しております!それに、こだちの散歩をしてくれるつもりで早起きしてくれたことにも……頭を下げる以外にない……」
桜と実鳥を起こさぬようにソファーを立つと、剣は恥もプライドもなく、床を額で磨くような低身姿勢の土下座で小町に頭を下げた。
愉快犯女神に兄の威厳を剥がされてしまったので、小町への誠意を示すのに尊大な態度は不必要であり、逆効果にしかならないと判断した結果……こうなったのである。
「……やましい訳でもないのに、どうして頭を下げるの?……まぁ、いいや。それで……行くの?行かないの?私はもう散歩に行きたいのだけれど……」
剣の預かり知らぬところで、小町は低気力低感動状態に陥っていたので、情けない行動をした剣に対しても大して関心を向けたりはしなかった。今の小町に、こだちの散歩以上に優先すべき事柄はないのである。
「あ、ああ、行くよ。すぐ行く」
剣の返事も待たずに、こだちの首輪にリードを取り付ける小町。剣は急いで自室に戻り、エルヴィアスで貰って着用していた革の衣服から日常の象徴たるジャージへと秒で着替えて、小町を追い掛けたのであった。
お日様が東の空低くにある早朝。日中程の茹だるような暑さはないが、都内の朝は既に空気が若干温んでいるのであった。前日の朝が森……とゆうより大自然に囲まれ、樹々の新鮮な香りを含んだ新鮮でひんやりとした静謐な空気を感じてきたばかりであったので、剣も小町も不快指数がグイグイが上昇していた。
「……コース変えて、川の方に行くね」
「そっちの方が、幾分マシだろうな……」
少しでも気温が低い方へと、二人は普段の散歩コースを逸れて、河川敷へと向かう事にした。
河川敷には早朝でありながらも、まばらに人が訪れていた。剣達と同様に犬との散歩を楽しんでいたり、普段からの体力作りかジョギングをする人や、グラウンドで野球の練習をしている学生らしき集団もいる。
「平和な朝の光景だなぁ……」
「……そうね、人より大きな野生がいなくて安心するわ」
なんてことの無い平凡な日常の風景が、二人の心に染みた。見ようと思えば毎日だって見られる筈の景色が、二度と見れなくなっていたかもしれないとの思いから、小町は歩く早さを緩め、ぼんやりとしながら、その景色を眺めたのであった。
「……大丈夫か小町?その……色々と」
普段よりも大人しい様子の小町を心配して、剣が声を掛けた。家族で、姉妹で誰よりも世間の常識と倫理に沿って、堅実に着実に現代日本を生きてきた小町にとって、異世界なんてものが本当に存在し、目前で血飛沫舞う本物の殺し合いが繰り広げられたのである。
剣でなくとも、小町が人生観や価値観を盛大に揺さぶられ、とてつもない恐怖も加わり、精神的ストレスを溜め込んでしまったのではと想像するのは容易であろう。
自分自身の存在さえも一因だと考えられるのだから、剣としては申し訳なさ一杯なのであった。
「……色々、だよね、ホント……たったの一日だったのに濃密な体験だったよ……ちょっと、元の生活リズムに戻すの厳しい……」
「そうだよな……まぁ、夏休み始まったばかりだし、あまり、焦らずにな。しばらくだらけてたって、誰も文句なんて言わないだろうし……」
「かもね。それが……逆に辛いんだけど。凄いよね、みんな……私だけ、こんなにウジウジしてて……一番、何もしてなかったのにさ……」
「小町……」
「正直、ね。こんなことになったのは兄さんの所為だー!……とか、考えちゃったりもする自分もいる訳で……でも冷静になると違うと思って……でも、また同じ事を考えちゃって……そして結局自己嫌悪……本当に、自分が嫌になるよ……」
エルヴィアスから帰宅してからのこと。
一番疲労していておかしくない筈の遥が誰よりも早く現実へと立ち返り、バイトへ出掛けたのには驚愕するしかなく。
燕を連れて婚約者とのデートに行った光。よく、そんな元気があるものだと感心した。
燕は幼さ故か、異世界体験による精神的ダメージを残しておらず。……羨ましかった。
桜は、寧ろ元気になっていて……呆れた。
梓は……終始梓だった。日本だろうが異世界だろうが、全然揺らがず、剣を信じて自分を見失わず、平常心であった。その動じない心の強さに、尊敬の念すら抱いた。
普段は気ままで奔放なのに、エルヴィアスでは率先して剣をサポートしていた翼と希も、帰ってきた途端に普段……以上にダレて夏休みを満喫し始めた。まるで、何事もなかったかのような平静さには脱帽するしかなかった。
そして、一時は心を完全に閉ざしてしまう程の、前世での凄惨な最期の記憶と自責の念から解放された実鳥の笑顔は、とても眩しかった。
「みんなと比べて、私……弱すぎて……今迄、実鳥義姉さんを守ってた気になってたことや、桜姉さんが前世云々を宣ってたのを戯言だと断じて、一度たりとも真面目に考えようともしていなかったのが恥ずかしくて……」
「いや、それは本気で信じさせようとする努力を怠っていた桜にも問題があるし、実鳥の方は……かなり助けになっていたと思うぞ?あまり自分を貶めるなよ」
実鳥が過去のトラウマから人付き合いが苦手で、孤立しがちであった小学生時に、イジメの標的にされないように姉妹の誰もが、特に小町が目を光らせていたのは事実であった。
「……てゆうか、俺の方こそそれに関しちゃ、小町に謝らなきゃいけないし、礼を言わないとなんだよな……」
「兄さんが?何で?」
「それは、実鳥が前世で俺の娘だった訳だし……もう四年近く一緒に暮らしていて、全然気付かなかった俺も充分マヌケな気もする訳で……気付いていれば、他にもやりようはあったかも……なんて、仕方ないことも考えちまうんだよな。怖い目にあわせちまって……本当に済まなかったな」
「……ん、確かに怖かった。……学校でさ、少し気に入らない事があるだけで「死ね」「殺す」とか口にしちゃう子とかいるけど……そんなのとは比べ物にならない程、本物の殺意が、それ以上に悪意が自分に向けられるのって……怖かった。でも、それと同じくらいに……」
相手が、殺意と悪意に満ちた説得不能な敵であったにしても、それに対して躊躇う素振りすら見せずに対峙し、血に塗れながら戦い、これを皆殺しにしてしまった剣の事も、小町は恐ろしかった。
「俺の事も怖かったか……ま、そう思われて当然だとは覚悟していたけどな……当然だけど、キツイな~……」
溜め息を吐きながら肩を落とす剣。
召喚時、姉妹の誰も死なせず、身柄も奪わせない為にした選択であったが……その結果全員が無事であったのだから、選択自体は最良であったと後悔してはいないのだが……大事な大事な妹を怖がらせ、怖がられるのは……やはり、精神的に堪えたのであった。
「くっそ~……召喚なんてされなきゃ、誰も嫌な思いしなくて済んだのに……王都一つを潰した程度じゃ、割に合わねぇ……」
「発言に注意してよ兄さん。報復で国の都をリアルに落としちゃうとかリアルに怖いから。……実鳥義姉さんに二度と手出しさせない為の見せしめを兼ねてたの判ってるから、今は、まぁ、そんなに……怖くないし」
「少しは、怖いのか……」
「何それ?私なんかに怖がられるのが……そんなに嫌?」
「当然だろ。妹に嫌われるのは、お兄ちゃん的にワースト1位レベルでショックな事だ!まだ、蔑まされる方がマシ!」
「それ、どう違うんだろ?……でも、なんか、笑えてきた……うふふ、何万人をも恐怖のドン底に落とした〝常闇之刃皇〟サマは、妹一人に嫌われるのがそんなに嫌なんだ?」
「ぬぐぅ……小町に言われると……痛い異名だな。まぁ、二つ名ってそんなもんか……」
「二つ名どころか〝無銘の聖剣〟が既に痛くない?」
「ぜ……絶好調な突っ込みですね小町さん……」
小町は普通に会話をしているつもりである。その証拠に、突っ込みの象徴たるハリセンは成りを潜めている!
「そう?まぁ……人間やめちゃってるような兄さんでも、人並みに悩みはあるんだなぁって思ったら、少し可笑しくなっちゃってね……怖くなくなってきちゃった」
「……いや、怖がられるのとは別で、これはこれで精神にグサグサ刺さってくるのですが……人間だよ!遺伝子的には!」
この情けないお兄ちゃんが、異世界で勇者やら魔王に匹敵する存在であると、言葉だけで誰が信じるであろうか?きっといない!
「兄さん……あ、そっか……安心したよ。そりゃあ怖くなくなる訳だ。今の兄さん……お父さんにそっくり!」
「ぐぼあっ!?」
国一つすら容易く壊滅させる〝常闇之刃皇〟の精神に、クリティカルヒットを与える唯一の存在。
小町は無自覚に、何のスキルも持たないままに、エルヴィアス最強を引き摺り降ろしていたのであった……
小町ちゃん、ちょい復活!つか毒舌……ナチュラルに心(兄限定)を抉る言葉を連発……過酷な経験は、思わぬ方向に人を成長させるんだなぁ……
剣さんも、人並みに父親と似ていると言われるのが嫌なお年頃なのでした。




