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146話目 御宅訪問

よっしゃ!遅れを取り戻した!(ギリ)

七月末、茹だるような暑さの昼下がり、熱中症って何ですか?と言わんばかりに、ふんだんに吸収した日光を熱波として拡散する舗装通路の上を、あっちゃこっちゃと駆け巡る幼児、聖家末妹の燕を、長女の光とその婚約者である明良が、汗だくになりながら追い掛けていた。


「光さん……幼児って、どうしてこんなに……元気なんでしょうか?」


「本当に何でかしら?……あんな事が、あった後なのに……」


現在三人は、都内のとあるテーマパークを訪れている。燕は、見た目だけでも面白そうなアトラクションや乗り物、購買意欲をくすぐる玩具等のグッズや美味しそうなスイーツの売店に目移りし、忙しなくちょこまかしているのであった。


ゆったり落ち着いたペースで楽しみたい……光と明良のそんな思惑は、入園から秒単位で瓦解していた。


「ごめんね明良くん……落ち着きのない子で……」


「ま、まぁ……元気が無いより、ずっと良いですよ。それに、今の内に、子供に振り回されるの……慣れておきたいし……」


一人っ子であり、親戚にも年下の子がいない明良にとって、年の離れた子供と触れ合う機会は殆ど無かった。故に、苦手意識に近いものあったのだが、年末には父親となる現実を前に、子供とのコミュニケーション経験を積んでおこうと一念発起し、光とのデートに燕を連れてきてもらったのである。


光としても、明良の努力しようとする姿勢、自分との子供の事を真剣に考えてくれているいじらしさを感じられ、幸福感に浸れてしまうので、二人きりのデートでなくても全然不満ではないのであった。


「でも……この暑さには参っちゃいますよ……何か乗る前に、冷たい物でも口にしませんか?」


「同感。こまめに水分摂取させないと危ないものね……あんなとこから生還しておいて、熱中症で倒れちゃったら間抜けが過ぎるし……」


「細々と、気になるワードが聞こえる気が……」


昨晩、婚約者が異世界に拉致されていたなどと、誰が思うであろうか?突飛と表現するのも憚られる出来事なので、重大事だとは理解しつつも、光は明良に包み隠さず報告すべきか迷っていた。その迷いから、会話の端々に不穏な言葉が見え隠れしてしまうのは……光にしては珍しく弱気な、察して欲しいと思う……甘えにも似た依存心であった。


二人は燕を捕まえると、しっかりと冷房の効いているレストランへと入店し、早速デザートをメニュー表から選び始めた。


「えっと……僕はアイスティーのセットにしようかな。ケーキはチーズスフレにします」


明良は特に迷いもせずに、あっさりと注文を決めた。決め手は、生クリームが使用されていなくて、くどくなさそうだったからである。大してスイーツに興味を持たない男の判断基準であると言えた。


「あいす……ぷりん……くれーぷ……ほっとけーき……あっぷるばい……くれーむぶりゅれ……くりーむあんみつ……こーひーぜりー……しゅーくりーむ……ひかねぇ、ばめ……」


「そんなに沢山食べきれないでしょ?一つにしなさい」


色とりどりの心踊るメニューを前に、燕は……全部食べたかった!だが当然、燕の小さな胃袋には、そんな量は収まらない。


「ねぇたちいれば、わけっこしてくれりゅ……」


「そうね。でも、今は一緒じゃないからね。燕が色んな物を食べたい気持ち、ひかねぇにもわかるわよ?けどね、頼んだ物を残しちゃったら、作った人が「美味しくなかったのかな?」って悲しくなっちゃうでしょ?どうかな?」


「……あい。いっこにする」


「いい子ね。二つ選んでいいわよ。燕が食べれなかった分は、ひかねぇが食べるからね」


「いいの?じゃ、じゃあ……ひかねぇがすきな、ふるーつぱふぇと……」


光と燕のやりとりを見ていた明良は、感嘆して「ほへー」っと息を吐いた。ともすれば、我が儘を言い出しそうな状況を、単に叱るのではなく、分かりやすい説明をし、克つスイーツの選択権を委ねることで譲歩し、燕の不満を解消させてみせたのである。


「頭ごなしに叱るだけじゃ……ないんですね」


「うん。このくらいの歳になったら、何故叱られているのか、理由を説明してあげれば理解してくれるものよ。理由を説明しないのも、我が儘の理由を知ったかぶって聞かないのも、親として怠慢なだけだと思うわ」


「完全に〝親〟目線なんですね……」


明良から見て、光と燕は完全に親子にしか見えない。端から見れば、明良も含めて家族にしか見えていないのだが。


「歳がこんなに離れてるとね……小学生の頃から、ずっと子育てしているし……そう思うと、私って母親になるには、かなりラッキーな環境にいたのねって思うわ」


「まぁ……二十そこそこで、そんなに何人も子育てなんて、普通はしてないですもんね。みんないい子ですし、僕も、僕たちの子供に期待が膨らんで……あ、いや、その……」


「そ、そこで照れられちゃうと……私も、何だか……ねぇ」


まだまだ初々しい二人なのである。


「ひかねぇ、あきにぃ、らぶらぶ!」


間髪入れずに場を盛り上げて、周囲の注目を集めるは、空気の支配者燕ちゃん。周りのお客さんやウェイトレスさんの微笑ましい視線に、光と明良は、益々表情を紅く染め上げる……


「ひかねぇ、もいっこはほっとけーきにする!おっきぃから、ふたりでたべてもいっぱいなの!」


そして燕は平然と注文を決めていた。更に、臆することなく近くにいたウェイトレスを呼び寄せた。


「おねーさん、ちーずすふれとふるーつぱふぇとほっとけーきをどりんくせっとでおーだー!どりんくはあいすてぃーとおれんじじゅーすとこーらをぷりーず!」


「え?は……はい!御注文を繰り返させて戴きます!」


あまりに堂々たるオーダー振りに、ウェイトレスのお姉さんは意表を突かれて畏まってしまった!幼児相手に!周りの席のママさん達も「え?家の子より小さいのに立派……」「あんなにハキハキ喋れるものなの?」みたいに、つい、自分の子供と見比べてしまっていた。


一番驚いたのは、燕の向かいに座っていた明良である。自分の選んだメニューだけでなく、メニューに見入りながらも明良の呟きを聞き逃さず、ちゃんと覚えていた記憶力に……


「す……凄いね燕ちゃん……僕の注文まで、してくれて……よく、覚えてたね?」


「?こんなのたいしたことないです。にぃたんやばさねぇとぞみねぇは、うまれるまえのこともおぼえているし」


「あはは……それは剣君達の冗談でしょ。燕ちゃん、からかわれたんだよ」


明良がそう思うのは、至って当然の反応。それが世間の常識なのだから。だが……燕にとっての常識は……


「にぃたんは、ばめにうそいわない!うそいったら、すぐにうそだっていうってやくそくしてる!だから、うそじゃないの!」


烈火の如く怒る燕。突然地雷を踏んでしまい、明良は困り顔で光に助けを求めた。


「参ったな……燕ちゃんにとって、剣君は絶対なんだな……剣君も、どうしてそんな冗談を訂正しないのか……光さん?」


光さん、冷房がガンガン効いてる店内で、伏し目がちな表情で冷や汗をジットリ流しておりました。


「そう、ね……剣は、嘘吐かない……ものね。うん……燕はなんにも、間違って……ないわ。でも、燕……その話は……」


「いっちゃいけないっていわれたこといってない!」


「そ……それはそうなんだけど……」


出掛ける前に、燕が光としたお約束。


1.異世界に行った事を言っちゃいけません。


2.にぃたんが魔法使いだと言っちゃいけません。


3.ガルミアさん達、青い人の事を言っちゃいけません。


ちゃんと、約束を守っているのであった。


「ごめんなさい……燕がお利口だってこと、ひかねぇ解ってなかったわ……もっとお約束をしておかなかった……ひかねぇがいけなかったのよ……」


「光さん……?」


「明良くん……夜に、ちゃんと説明するから……今は、何も聞かないで……ね?」


光の思い詰めたような表情に、明良は何も言えなかった……




その日の夜、明良の実家、浅見家に招かれた光と燕。


明良の父・孝弘(たかひろ)と母・紫織(しおり)にとっては、初めて紹介された光の家族であった。だから、精一杯気に入られようと気合いを入れていたのだが……


「あきにぃのパパとママ?ひかねぇのいもうとのばめてす!ほんじつはおせわになります!」


あまりの愛くるしさとちんまさに、出会い頭に、堕ちた。


「いやあ、まるでもう、孫が生まれたみたいだなあ!」


「初孫への期待が高まっちゃうわ!」


とても、上機嫌で燕をちやほやし、()が若干拗ねてしまう程であった。今も、親子三人ではないのに、川の字になって眠っているところである。


一方、光は明良に、異世界で見知った事を説明したのであった。


「まるで……出来の悪いラノベの筋書きを聞いた気分です……」


「本当にね……終わってみれば、実に都合のいいことばかり。でも……誰も死なず、帰ってこれたのは一つ一つの事象が、奇跡的に積み上がったからだったのよ……もしかしたら、誰かが何百回もタイムリープしたんじゃないかって思うぐらいに……」


明良の自室で、彼のベッドに横並びに腰掛けながら、光は自嘲気味に嘯いた。


「凄く、複雑な気分です……だって、光さんがこんな……嘘みたいな話を、する理由……嘘だったら……余計、無いじゃないですか……本当の話なら……光さんが危険な目に遭ってる間、僕は……何も知らずに……」


明良は自分を責めた。何も知らずに、安全域にいただけの自分を。そして、もし一緒にいたとしても、何の役にも立たなかったであろう役立たずな自分を。


「明良くん……信じて、くれるのね……」


光はそっと、明良の肩に身体を預けた。幻想や妄想だと笑い捨てられるかもと思っていた話を、信じて悩んでくれるだけで、自分の想い人がそんな人であるだけで、光は堪らなく嬉しかった。


「光さん……ありがとう……帰ってきてくれて……僕に、すぐ会いにきてくれて……僕は……果報者です。……あの!光さん!」


「な、何!?」


俯いていた明良が顔を上げると、そこには、未だ幼さを残しながらも……決意を秘めた、男の顔があった。


「前に……剣君に言われたこと……とても、身に染みました。光さんを守るだなんて、思い上がりも甚だしかった……僕では、光さんを、守れなかったと思うから……」


「明良くん!そんなことは……」


「でも!それでも僕は……光さんが好きです!だから……もし、同じような事が起きた時、僕が一緒にいたら……どんなに情けなくても……見苦しくても……やれること全部やって、足掻いて……光さんに守られてでも……最後まで一緒にいます!絶対に裏切らず……それだけは……約束します!」


「……うん。うん!私も……明良くんと……この子と、何があっても……傍にいるから……」


二人は、改めて誓いを交わした。共に寄り添って生きる事を。


その頃、妹達がわやくちゃしている事も知らずに……




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