144話目 やさぐれこまこま
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします!
「……凄いな、遥義姉さんは……」
自室のベッドで無気力に寝転びながら、小町はそんなことを呟いた。それは、異世界からの帰還直後に、当たり前のようにバイト先へと出掛けて行った遥に対しての賛辞であった。
こうして、夏休みの宿題に手を付けようとせず、家事手伝いもする気になれず、快適な室内で柴犬のこだちを惰性で撫でながら現実逃避をしている自分がとても、矮小に感じてしまう程に。
小町は、聖家で誰よりも現代常識的な感性を有していた。それが、体験したいとも思っていなかった異世界を、自身の五感でフル体験してしまったのである。自分の身体と心が事実と認めてしまった現実が、あまりにも重かった……
小町は、まだ小学生である。例えば、非現実なファンタジー世界を舞台とした物語、ゲームや漫画や小説は嫌いではない。だからと、そんな世界の登場人物と自分を同一視したりはしない。本当にそんな世界があるとは思ってなかったし、本を読むことでその世界を疑似体験した気分になったりもしない。異世界はあくまで架空で娯楽。それが、小町のスタンスだったのである。
良い意味では現実と空想の境界を自分で線引きできる子。
敢えて悪く言えば、想像力が貧困。自身の常識外の〝もしも〟を否定しがちな性格なのだ。
だから、完全に安全圏である自宅に帰ってきたことで、緊張感から解放されたことで、やっと昨夜からの一連の出来事を自分の中で消化しようとして……逆に迷走して、無気力化しているのであった。
いつになく元気の無い小町を心配してか、こだちはずっと小町に寄り添っていた。先だって小町達が帰って来たときには、剣がいないことにショボくれた忠犬ぶりだったのだが、流石は優秀なトレーナーに鍛えられたイエイヌ。「主に代わり、元気の無い妹様を御守りする!」みたいな使命感を、キリッとした表情から漂わせていた。
三匹のにゃんこは、お腹丸出しで双子とゴロ寝をしている。
考えが少しも進展しないまま、一般生徒に見られたら敏腕生徒会長のイメージが倒壊しそうなダラケっぷりでモフモフに癒されること、しばし……急にこだちが天井を見上げ立ち上がり、ゆっくり部屋のドアの前まで歩を進めると、くるんっ!と振り返って「わん!」と一言小さく吠えた。
「開けて欲しいの?……あ、兄さんと実鳥義姉さん、帰って来たのかな……」
のそのそと立ち上が……らず、小町はベッドから滑るように転がり降りて、そのまま床を這うように進んだ。こだちより頭の位置が低い。そして、上体だけ起こすとドアノブに手を掛け、ドアを開けながら、のそーっと、ゆっくり立ち上がった。
「なんか、身体がダルいかも……」
心的ストレスが、確実に肉体に影響を与えていた。小町は姉妹の中で、誰よりも精神的ダメージを負っていたのである。妊娠中で不安定な光よりも。幼すぎるが故に受けたダメージ以上に回復力が強い燕よりも。頑固で融通の利かない性格には、不可思議現象だらけの世界と、超常存在との邂逅は、精神負荷とゆう言葉で片付けるには刺激が強すぎたのだった。
「ありえねー……って言葉は、なんて無力なんだろう……私に、相応しい言葉だなぁ……」
普段の強気が見る影もなく、覇気の欠片もない虚脱状態。今迄オカルトやファンタジーを否定して生きていた自分が滑稽に思えて、どうしても元気を出せなくなっていた。
本当は主の元に急ぎたいこだちであったが、あまりにも今の小町が心配で、ちょこちょこ進む度に、小町が付いて来ているかを確かめるのであった。それが更に、小町の気持ちを下降させる……
「こだちにまで迷惑掛けて……私、ダメダメだぁ……」
……早急なメンタルケアが、必要である!
重い足取りで階段を物語登り。屋上のドアを開くと……剣が実鳥に覆い被さり、折り重なる男女の姿が……しかも、実鳥は剣の背中に腕まで回している……
そんな状況で、慈しみに満ち溢れた実鳥の瞳と、小町の生気を感じさせない虚ろな瞳が、遮る物無く交差し……
「……ごゆっくり~」
小町は、ドアをゆっくり閉めて、フェードアウトした!
「ま!待って小町ちゃん!誤解だよ!ってゆうかリアクションが予想外なんですけど!?小町ちゃんなら、普通は怒るとこだよね!?な、何があったのぉ~!?それより根本的な問題!剣さんを退かすの手伝ってぇ~!」
※剣さんと実鳥ちゃんは、優秀犬こだちちゃんが他の姉妹を呼んできてくれたので、無事に救助されました。
「さて……大問題だね!」
テーブルを囲むのは梓・翼・希・桜の四人。議題は〝こまたんが限界な件〟である。
「前々から精神的に脆いとは思っていたけど……」
「異世界召喚は、かなりキャパオーバーだったみたい」
「あんな無気力な小町たま、母様が亡くなった頃にも見た覚えがありませぬ……」
カーペットに転がり、手足をダラ~ンと伸ばしてダラける小町。普段は家族にだって見せない、だらしない姿である。
「あれは……言葉でどうにかなる段階じゃなくなってるよね……」
「先ずは……ストレスフリーな環境が必要。充分な栄養と休養に勝るものなし」
「幸い今は夏休み。ゆったりさせてあげられる」
「ですな!取り敢えず、小町たまの大好きなディ○ニーミュージックをエンドレスでBGMに!ヒーリング効果期待値高し!」
満場一致で可決された桜案。最初にセレクトされた曲は、季節外れの氷の女王と、その妹王女が主人公な作品の主題歌だ。
誰もが知ってるメガヒット曲であり、テンポも良く、日本語版の歌詞もポジティブなのである!……が。
「ありのままの私……役立たずな私……私も、エ○サみたいに、氷のお城に引きこもりたい……」
逆効果だった。
「失敗です姉様!スピ○チア反応が反転しております!」
「作品の内容にも注意を払って!音楽自体は陽気だけれど、リトル○ーメイドのアン○ーザシーも同じ理由で禁止!」
「くっ……今の小町には、ポジティブが通用しないのか……?」
「かといって、暗い曲では更にネガティブにさせるだけ……どうしたら……」
今の小町では、お魚食わえたドラ猫追っかけて、車に轢かれる発想に至ってしまうかもしれない……マイナスイメージからのネガティブ発想には際限がないのだ!
「ある意味、小町ちゃん私より病んでるんじゃ……」
今回、実鳥は剣のお世話担当である。帰った途端に寝てしまった剣は微熱気味だったので、冷やしタオルを逐一交換してあげているのであった。剣が寝ているのは、小町が転がっているのと同じリビングのソファーである。なので、梓達の様子は丸見えであった。
因みに光は燕を連れて、明良とデートしている。端から見れば親子三人でのお出掛けである。遊園地デートだ。長女様と末っ子様は、肉体的にも精神的にも、とってもタフであった!
そんなこんなしているうちに、日が陰ってきていた。
「あ……すっかり忘れてたよ。こだちを散歩させてあげないと!今日は、朝外に出してあげられなかったから、夕方は絶対行かないと!けんちゃんは……」
梓が実鳥に確認すると、実鳥は小さく顔を振った。
「まだ、寝かせてあげないとだね。それじゃ……」
「私……行く」
その声をあげたのは……
「……立った!こまたんが立った!」
でも、フラフラだった。
「小町たま……無理しなくていいのですぞ?」
「散々、姉さん達に心配させて、世話焼かせて……こだちの散歩すら任せるんじゃ、私、役立たず以下じゃない……兄さんが無理な時は、私の、仕事なんだから……大丈夫よ」
誰が見ても、大丈夫には見えなかった。
だが、家族の誰もが知っていた。一度言い出した小町が、とても強情であることは。
「……梓ちゃん、希とゴハン買いに行ってくるね」
「日も暮れそうだし、こだちと小町に、散歩ついでに護衛を頼む」
無論、夜道といえど、ご近所を歩くのに双子に護衛なんて必要は無い。本人達の戦闘力に加え、お兄ちゃんの知り合いが、常時護衛をしているのであるから。だからこれは、小町の顔を立てる為の方便である。
「……姉さん達がいる方が危ないと思うけど……ま、いいんじゃない?」
今の小町に、そこまでの判断能力はなかった。自分のしようとしている事が否定されない。それだけで充分だったのである。
散歩に出掛けても、小町の足取りは頼りなかった。力無く身体を揺らし、歩みも遅かった。しかし、こだちが上手く歩高速度を合わせてくれるので、無気力な小町は不自由無く、自分のペースで歩いていられるのであった。
だが、周りの目は、明らかな違和感を感じていた。
ゆったりと犬の散歩をする無気力系美少女の後ろに、神様が巫山戯て造型したかのような魅惑的なスタイルに、ロリ顔な双子が連いて歩いていたのだから。
「そー言えば、小町と三人で歩くの久し振りかも」
「滅多に無い組み合わせではあるね」
それは、普段二人が剣と梓にベッタリだからである。そして、小町が家族(特に双子)と歩くのが恥ずかしい年頃だからであった。色々……比べられたくないのであった!
そして……普段なら、こうなるのが簡単に予測出来るからでもある。
「鬱陶しいなぁ……」
やたらと、男性が声を掛けてくるのである。剣がいないことを、これ幸いと。
大抵は辛辣にあしらわれると諦めて去ってくれる(一部、ありがとうございます!とか言って土下座する)のだが。時にしつこい相手もいる。
そんな時、最近双子が選ぶ手段は〝歌〟である。
街中、店先、聞こえてくる音楽に合わせて唄う。すると、あまりに見事な歌声に周囲の人々が耳を傾け、双子が唄うのを邪魔しようとする不埒者を、彼等が自発的に排除してくれるのである。
バンドの宣伝にもなるので、一石二鳥である。
だから、今日も軽い気持ちで、流行曲を何の気なしに歌ってみたのだ……
(う……嘘!なにこれ!?)
(な……なんで!?どうして……こんなに人が集まるの!?)
双子の歌声は、通行人の全てを立ち止まらせ、周辺の店から続々と人を招き寄せた。
明らかに異常である。そんなに、店の中に届くような大きな声で歌っていない。アカペラであるのに。
なのに……誰もが双子の歌声に魅了されたかのように集まってくる!
「……凄い」
ぽつりと、傍らにいた小町が声を漏らした。その瞳に、彩を宿らせて……
(希、まさか、これって……)
(うん。遥ちゃんと同じ。無自覚に、発現させたかも)
双子が、自分達の〝スキル〟を自覚した瞬間であった。
「それよりも戦略的撤退!」
「続きを聴きたきゃライヴでね!」
双子は愛犬と妹を抱えあげると、突風の如く走り去ったのであった。
余談
双子の歌声に聞き惚れて、仕事をしなかった陰陽師さんが何人か上司に怒られたそうです。
急いだので雑感ある……




