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137話目 抱擁

……基本、コメディですので!

「その声……聖剣さんだ……本物だ……」


精神世界の境界を突き破り、ヴェルティエの眼前に突き立った〝無銘の聖剣〟。勿論、魔王様の模倣品にトドメを刺したまま、変身を解除せずに飛び込んで来てしまった剣さんである。つまり……本物の〝無銘の聖剣〟ではある、一応。


「せ……聖剣さん……私っ……ごめんなさい……よりにもよって、私……聖剣さんで……自分の命をっ!私……聖剣さんに……会わす顔なんて……なのに……うぁ……うぁぁぁぁん!」


ヴェルティエ=実鳥にしてみれば、実に十三年以上の時を経ての再会。しかし、その心中に去来する想いは感激とか感動とか、簡単には表現し難い、様々な感情が複雑に絡み合っていた。


ヴェルティエにとっては誰よりも気心が知れ、懐かしみが込み上げる相手であり、魔王ガルザートとの決戦では、その身を砕いてヴェルティエを救った恩人(剣)であり。ヴェルティエはその剣を用いて……自らの人生を絶ってしまったのである。


命を救ってもらっておきながら、その命を恩人の手によって絶ってしまった……その罪悪感が悔悟の涙を。それでも死を越えて再会出来た嬉しさは誤魔化せず、歓喜の涙を堪えられず……


「わ……わたっ!……聖剣、さんに!……ひど……と、してっ!なのに……全部、忘れて……なん、て……恩……知らず!」


だからこそ、喜ぶ資格が在る訳が無いと思っているから、会わせる顔が無く、俯せるように蹲り、地に顔を伏せた。


そのヴェルティエの背中を包み込むように、二本の腕が優しく回された。そして、耳許に、慈しみに満ちた囁きが……


「いいんだ。ヴェルティエが精一杯頑張ったのは誰よりも判ってるから……それよりも、謝るべきは私の方だよ。……ずっと、近くにいたのに、気付きもしないで、済まなかった」


「……!?」


その声の変化に、ヴェルティエは驚き、思わず顔を上げた。それは……知らない声ではなかった。それどころか、日常的に耳にしている声。だから、尚更驚きは大きかった。


ヴェルティエが顔を上げたその先には、義兄である剣が、微笑を浮かべて、優しい瞳で、ヴェルティエを見詰めていた。


「……剣、さん?」


ヴェルティエには、実鳥には訳が分からなかった。だって……先に死んだのは自分の筈なのに……?だから、聖剣さんが、剣さんである筈がないのに……?


混乱し、身体も心も硬直状態となったヴェルティエを、剣はお構いなしに、優しく抱き締めた。


「……ずっと、こうしてあげたかった。いつも、君が抱き締めてくれたみたいに。あの頃の私には、腕も、優しく包み込める肉体も、温もりを与える体温すら無かった……今、こうして……ヴェルティエを、実鳥を抱き締められる事が……堪らなく、嬉しいよ」


その言葉は、剣にとって偽らざる本音だった。


人の身体を得たことにより、両親や光に抱き締められ、家族の温もりを感じる度に、自分が如何に、ヴェルティエにとって足りていない存在であったかを痛感していた事か。


それは、もうどうにもならない事だと思っていた。失って、取り戻せない過去だと割り切り、その分の愛情を妹達に与えることで、その埋め合わせをしていたのかもしれない。


そんな生き方をしてきた事は剣にとって幸福であったし、充実していて不満があった訳でもなかった。それでも……ヴェルティエの事を思い出しては、心に小さな棘が刺さるような……僅かな悔いが在り続けていたのも事実だった。


だが、エルヴィアスに召喚され、自分の半身との融合によって知り得たヴェルティエの顛末……それは彼女を死へと追いやったネウグル達への怒りを爆発させると共に、剣としては何も知らずにいた事への、〝無銘の聖剣〟としては傍にいながら助けになれなかった不甲斐なさからの……ヴェルティエへの、実鳥に対しての贖罪の感情も膨らませていた。


その程度には、剣にも殊勝な心は在る……在るのだが……


「剣さん……本当に、聖剣さんなの?こんな……夢みたいな……こんな奇跡、私には勿体ないよ……」


想像もしていなかった、有り得ない奇跡の再会に、ヴェルティエは喜びに身を震わせて剣にしがみついて啜り泣いた。


「よし!それじゃあさっさと起きろ。精神体なんかじゃなくて、ちゃんと実体で抱き締めさせろ」


あまりにも回りくどくない物言いに、ヴェルティエは思わず泣き声を止め、キョトンとした表情で、まじまじと剣の顔を見つめ返した。剣は……悪びれた様子もなく、スッキリと爽やかな笑顔を浮かべていた。


「……あのな、剣。もう少し余韻とか情緒とかをだな……」


「聖剣さん……私も、もうしばらく、せめて自然に泣き止むまで待ってあげるべきではないかと……」


姉と娘の立場から、至極真っ当な突っ込みを受けるも、剣は全然動じない。


「いや、皆待ってるから。実鳥を大事に想っているのは俺達だけじゃない……だろ?」


「「…………」」


剣なりの反論に、遥とガルミアは言い返せなかった。それはそれで正論であったし、最優先目的が実鳥を無事に起こすことであったのだから。ヴェルティエに、実鳥に対して確かに負い目を感じてはいるものの、それに引き摺られて、やるべき事を躊躇したりはしない。剣の精神は(女神絡みの案件を除き)そう簡単に状況にブレたり流されたりしないのである。


「うぅ……その決断力と割り切った考え方、紛れもなく剣さんだし聖剣さんだよ……」


なんだかトホホな気分で「私、真剣に思い悩んでいたのに馬鹿馬鹿しくない?」と、やるせなく涙を流すヴェルティエ。泣きっ顔なままではあるが、流している涙の意味は、つい先程までとは全く別物と成り果てていた……


「いや……それを言ったらマジで説得していたアタシの方が……すっげー無力感なんだが……」


「ハルカ……そこは、私達がママの心を揺さぶっていたからこそだと思おう……思い込もう!絆は絶対に在る筈だから!」


もしかして、自分達必要なかったんじゃない?と……剣によって破壊された空気の中で、空気にされかけた二人は、互いに背中を擦りあって慰めあった。……少なくとも、この二人の間には短い間に、かけがえのない絆が出来上がりつつあったようだ。


「……なんだかなぁ……そう言えば、剣さん、私の事……実鳥って、呼んだよね?いつもは「実鳥ちゃん」なのに……」


「ん?ああ、今までは美鈴さんの連れ子って事で馴れ馴れしくすんのに少々抵抗感っつーか、遠慮していた訳なんだが……もう、そんな必要ねーだろ?実質的に姉さんより付き合い古いんだし……嫌か?」


「そ……そんなこと無いけど……そ、それじゃ……」


泣き腫らしている上に、恥ずかしげに頬を紅潮させて俯くヴェルティエ。言いたいことを、恥ずかしがって言い澱んでいる様子である。


「?ま、続きは現実でな。ちゃんと、起きてこいよ?ヒナー、強制送還頼むわー」


「あ!剣!マジで余韻とか考えろよ!」


「聖剣さんは、判断が合理的過ぎますぅ!」


本当に、惜しむ間もなく……三人の姿はヴェルティエの目前から掻き消えた。ヴェルティエを無理に連れ帰るでも、おてて繋いで仲良く帰るでもなく……


「……気になるよ!こんな放置のされ方、確かめに起きざるを得ないよ!……これがネウグルの罠だとしたら巧妙過ぎるよ……でも……」


遥に、ガルミアに、そして剣から感じた温もりを、偽りだとは思えなかった。


そして、失ったと、奪われたと思っていた大切な人達が、今も傍らにいて、見守ってくれているのなら……


もう一度だけ、信じてみよう。


少女は、心に灯った希望を胸に、勇気を取り戻して絶望へと立ち向かう決意をした。


少女は、勇者と呼ばれる者だから。




「ん……ここは……?」


実鳥が目蓋を開けると、そこには……


「実鳥義姉さん!」


「実鳥たま~!」


飛び込んで来たのは、一つ年下の義妹と一つ年上の義姉。二人とも瞳に大量の涙を溢れさせながら、眠りから覚めたばかりの実鳥に抱きついてきた。


「良かったのです~。起きたのであります~!」


「もうっ!凄く心配したんだからね!」


「ご、こめんね……きゃっ!?」


「おはよん!どりねぇ!」


桜と小町の頭を飛び越え、実鳥の顔へとダイブしてきたのは末っ子妹の燕であった。


「燕……うん、おはよう」


無邪気に全身で喜びを表現する燕の頭を軽く撫で、実鳥は慈愛に満ちた微笑を浮かべた。そして、視線を少し反らすと……室内の壁に背を預け、草臥れたように腰を降ろしている翼&希の姿が……


「翼さん希さん……何ですか、そのえっちぃ格好は?」


目を覚ましたら、姉妹の中でもとびきりグラマーなスタイルをしている双子の姉が、非常に際どい露出度のレザー製ビキニアーマーを纏っていたのである。何事かと思うのも当然であった。


「どりりん……この格好は、単なる趣味の延長上なので、お気になさらず……」


「疲れているのは……別の要因であります故……」


基本的に、剣を信用しきっている双子であるので、剣がやると宣言した以上、実鳥が目を覚ますことを疑ってはいなかったので、他の姉妹程には心配してはいなかったのだが……ここまで疲弊している理由は、()()()の接待に気を揉んでいたからである……


実鳥が更に室内を見回すと……梓に膝枕をされた剣と、同じく光の膝枕で眠っている遥を見付けたのであった。


梓は実鳥と目が合うと、口許に人差し指を当てて、シーッとジェスチャーと目配せを送ってきた。


「二人とも……どうしたの!?」


その疑問には、すぐ傍にいた桜が答えた。


「お二人は、実鳥たまの精神世界から帰還した直後、疲労からダウンしてしまったのであります。遥義姉様は常人でありますので……兄様は、心身共に……過労が祟りまして……あ、命に別状は在りませぬぞ!ほんの少し、うたた寝させてあげて欲しいのです……」


「過労……!?そうだ、剣さん達が、私の心の中に……あれ、夢じゃなかったんだ……信じて……良かった……うぅ……」


瞳から溢れる熱い物を、掌で覆い隠す実鳥。彼女にとって、前世を含めて、最も勇気を振り絞った結果は、大事な人が誰一人欠けていない、最高の結果を彼女に与えたのであった。


その時、部屋のドアが開かれた。


「皆さん、水を汲んで――」


入室した女性と、実鳥の視線が交差した。刹那、女性の身体が硬直し、とても緊張し、怯えたような表情を見せた。だが、その表情は、次の瞬間には……


「……おっきく……大人になったねー。それに、とても美人さんだぁ……立派になったね、ガルミア……」


「……ママ!」


十四年も離ればなれに、別人のように成長したガルミアを、実鳥は一目で見間違えなかった。それが再会の感動と共に、ガルミアは堪らなく嬉しく、既に実鳥に抱きついていた姉妹達もろともに、実鳥を堅く抱き締めた。


「もう……こんなに……あの頃の私より大人なのに……甘えんぼさんだなぁ~」


「だって、だってぇ~!」


本来思っていたのとは違う形ではあるが、思わぬ形であれど、奇跡的に想いが報われた事に、ガルミアは一切合切感情を取り繕わず、人目を憚らずに泣きじゃくった。


生き別れ、死に別れまでした親子の再会。室内にいる実鳥の姉妹達も、部屋の入口から見切れているガルミアの仲間達も、誰一人として、その再会に口を挟まず、暖かく見守るのであった。


……そう、()は皆、しっかり空気を読んだのである。


「いや~、感動の再会に神様貰い泣き!あ~、えがったえがった!エンタメのラストはハッピーでないとね!」


「……誰?」


勇者ちゃんの、凄いジト目を受け止めたのは……


「神様だよ!」




おもっくそ感動をクラッシュさせてしまいました!ま……前回の後書きで予告してましたしね!

反省も後悔も……一寸した。

それでも、こうしたかったんじゃあ~!

……一先ず話の区切りも着きそうなトコまで来ましたので、エルヴィアス編を畳みに入ります。

後、3~4話位かな?それが終わったら夏休み編だと思って下さい。

次回サブタイトルは【開門】です。

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