136話目 実鳥
最近遅れ気味なので……急いでみた!
そこは始まり、或いは再出発の場所。
あらゆる権利を奪われ、人の所有物として扱われていた翡翠狼族の幼女が、一人の人間としての意思と尊厳を取り戻し……結果的に、破滅に至る事となったスタートライン。それはヴェルティエと、彼女に生まれて初めて同族以外で温もりを与えた存在〝無銘の聖剣〟との出会いの場所。
彼女はそこで、眠っていた。彼女の心は自らの人生を省みて、そこから進むべきでなかったと、それが誰にとっても一番正しい選択だったのだと、そう判断したのであった。
もう、誰も傷つけたくない。
もう、自分の所為で大切な人が悪意に晒されるのを見たくない。
もう、誰にも優しくされる資格が無い……
その心の現れが、ヴェルティエが〝無銘の聖剣〟に接触するより前の状態での、静止だった。
だが、そんなことは心を病みそうになりながら、必死の覚悟でここまで辿り着いた二人にとっては知った事ではない!
「おい!起きろよ!実鳥なんだろ!?」
「ママ!起きて!起きてってば!」
遥とガルミアは、幼女姿のヴェルティエを抱き上げ、その身体を強く揺すり始めた。ヴェルティエは小さく呼吸をするのみであったが、やがて虚ろに瞳を開き始めた。
「……お姉、ちゃん?……ガルミア?……駄目だな、私。まだ、自分を甘やかすような、夢をみてるんだ……」
「何言ってんだよ!アタシはアンタの姉の遥だ!正真正銘のホンモノだっての!」
「夢なんかじゃないよ……ママ……私、ママにもう一度会いたくて……ずっと……ずっと!」
「嘘だよ……有るわけない……そんな、都合のいい事……あるわけが無いよ……私が、二人に、皆に、許されていい筈ないんだから……私は、周りの人を……不幸にしか出来ないんだから……」
実鳥はヴェルティエの死体を見た瞬間に、全ての記憶を取り戻し、そして、悟ったのだ。
自分が原因となって家族を異世界召喚に巻き込み、あの状況下では、どうしようとも誰一人、守れはしないだろうと。
ネウグル達リーイース王国のやり口は身を以て経験済。ヴェルティエとしての死の前に、自分をどう利用するかを、歪んで下卑た笑いと共に説明していたネウグルの顔が脳裏に蘇った。
次代に勇者の血を遺す為に、子を孕むだけの道具として鎖に繋がれ、死ぬ自由すら奪われるのだろうと。
方法は解らないが、ネウグルは転生した魂を、元の身体に戻す方法を発見したか開発したのだろう。だからこそ実鳥は召喚され、それを拒めるだけの力は実鳥には無く、姉妹の命を盾にされては、従う以外に術は無く……だから、実鳥は心を閉ざしたのだった。
辛い現実から目を反らす為に。大好きな人達が傷付き、虐げられる姿を見たくないから……
「実鳥……アタシが偽物だと思ってんなら……それでもいいから聞け!ここに来るまで、お前の記憶を幾つか覗いて来た。何もかもに絶望しちまっても仕方ねぇって思う……それでも!アタシには実鳥が必要なんだ!実鳥がいなきゃ……アタシはとっくに、生きる希望を失ってたんだよ!」
辛そうに顔を歪め、遥は思いの丈を吐き出した。
「実鳥は昔の家族が壊れたのは自分の所為だって、アタシに守ってもらってばかりだって思い込んでるけど……そうじゃないんだ……守られてたのは、アタシの方だったんだ……姉だからって……妹を守らなきゃって……そうでなきゃ、強がれもしなかったんだよ……アタシは、実鳥がいないと……駄目なんだよ……」
「お姉ちゃん……?」
ヴェルティエの表情に、困惑の色が浮かぶ。実鳥の知る遥は、強く、優しく、冗談混じりに弱音は吐いても、実鳥の前で弱味とも思える本音を晒す人ではなかったからだ。想定外の行動を示す遥、それは計らずもヴェルティエにとって、自身の創造と記憶の産物ではない可能性を感じさせたのであった。
「……最悪だ。お姉ちゃんが、こんなこと言うなんて……ネウグルに、洗脳されちゃったんだ……いや、私の事なんて、もう、妹だとも思ってないのかも……私、化物だもの……」
「……なん、でだよっ!?」
ヴェルティエのネガティブ思考は、遥の想定以上に深刻であった。遥を本物だと信じたとしても、ネウグルに利用されていると、遥が保身の為に実鳥を引き渡そうとしていると解釈してしまう程……寧ろ、見捨ててほしいとすら、願ってしまう程に。
「違うよ……ハルカも、私も!ママが大好きだから!目を覚ましてほしいからここまで来たんだよ!それに……私はママに不幸になんかされてないよ!だから……自分を責めないでよ……」
ガルミアは少女姿の自分よりも幼い姿のヴェルティエの胸に縋り着いて泣きじゃくった。
「ガルミア……本当に、貴女なの?だとしたら……どうして?私は、貴女を捨てたのに……恨まれて、当然なのに」
「恨んで……ないよ!そりゃ……突然独りになって、辛くて、悲しかったけど……私を守る為に仕方なかったって直ぐに判ったもの!だから……ママが生きてるって信じて、私は……」
「……ごめんね、勝手に死んじゃってて」
「ん……いいよ、許す。こうして……生まれ変わったママに会えた奇跡に免じて。それに……生きたままクソ人族に苦しまされてたより……転生してハルカみたいな優しい家族と幸せに暮らしていた方が、ずっと嬉しく思えたもの!」
涙と鼻水で顔を汚しながら、満面の笑みを向けるガルミアに、ヴェルティエも瞳から溢れ零れる涙を止められなかった。
「ご……ごめっ……ありが……と、私なんかの、娘で……」
目前のガルミアが本物か偽物か、悪意ある者によって操られているかは問題ではなかった。
ガルミアに再会出来た事が、許された事が、幸せを言祝がれた事が、堪らなく嬉しく、申し訳なく……謝罪と感謝を伝えずにはいられなくも、感情が溢れて言葉にならなかった。
そうしてヴェルティエが言葉を詰まらせていると、ヴェルティエを羽交い締めするかのように、遥がヴェルティエを背後から優しく抱き締めた。
「お姉……」
遥は、少しムスッとした膨れっ面をしていた。
「ガルミアとの扱いの差、酷いんじゃねーの?……ったく、あんな程度の言われようで、アタシが実鳥を嫌いになんてなってやるとでも?このまま目を覚まさねぇつもりなら……一生お前の世話に費やして、端から見たら棒に振ってるような人生を幸福に過ごしてやるんだから……覚悟しやがれよ?」
「そ……そんな言い方、狡いよ……私だって、出来ることなら……」
自分が死んでも、それでも終わらなかったネウグルの執念深さが、ヴェルティエには恐ろしかった。もし、実鳥として再び死んだとしても、それでも諦めなかったらと思えばこそ、死すら救いにならない状況に絶望したのである。
そして、奴隷として生きた経験からヴェルティエは既に知っていた。エルヴィアスが、リーイース王国が、日本に比べて、どれだけ非人道的な世界であるかを。虜囚とされた者に、尊厳など与えられないことを……
目を開いて、そこに突きつけられる現実を、ヴェルティエは恐れていた。大好きな人達から、笑顔が永遠に失われていたら……それこそ、誰が許してくれたとしても、ヴェルティエ自身が二度と自分を許さないだろう。
思い詰めた表情で悩み苦しむヴェルティエに、遥は少しばかり気まずそうに、妹が思い悩んでいるであろう元凶が、既に取り払われている事を話始めた。
「あのさ……実鳥がすっご~く思い悩んでるのに悪いんだけどさ?実はその悩み……殆ど解決……しちまってるんだよな」
「……え?」
「いやその、ネウグルってジジイとか、部下の魔法使いとか、王国の騎士とか……ついでに王様とか。ズタボロにされてっから……剣に」
「……ええ!?」
続けて、なんともやるせない苦笑いを浮かべ、ガルミアも当時の状況を語った。
「私は、その……リーイースで奴隷にされている魔族を解放するレジスタンス活動的な事をしてて……奴等が大規模な魔術儀式を行うって情報を掴んで、ママ達が召喚された祭壇に突入したら、既に王国勢が死屍累々で……そこで、ママの死体を見て頭に血が昇って……気付いたら、腹パン喰らってた……」
「えええ!?それも、剣さんが?」
訳が分からないと、ヴェルティエは頭を抱えた。無論、剣が強い事は知っていたが、あくまて地球人レペルでの話である。
ネウグルは間違いなく、魔法使いとしてエルヴィアス全体でも人族のトップクラスであるし、王国騎士ともなれば身体強化魔法が使えて当然。魔法が使えない常人が、どう足掻いたとしても……それこそ虎と子猫以上の戦力差があって然り……な筈なのである。
しかも、短い間といえど、ガルミアはヴェルティエ自身が育てたのである。幾ら剣が強かろうとも、本職から戦闘訓練を受けた訳でもない一般人に、軽くあしらわれる筈が……
あまりに想像の埓外。どう考えても、こんなストーリーをネウグルが仕込んでくるとも思えず……だとすれば真実かとも思えず……ヴェルティエは先程までとは別の意味で現実から逃避したくなってきていた……
その時である、暗い洞窟の中に、何かが割れ砕けるような音が響き、爆発的な光が溢れた。
三人が突然の事態に目を閉じると、強い衝撃と共に、ガギイィィィィン!!と、金属が激突したような音が反響した。
光が治まると、そこには、一振りの剣が地面に突き刺さっていた。それは、ヴェルティエの傍らの岩に突き刺さっている古びた剣と、寸分違わない……否、それよりも丁寧に手入れをされた姿の〝無銘の聖剣〟であった。
「え……?何が、どうなってるの……?」
ヴェルティエ自身が心の拠り所として、記憶のままに創造した〝無銘の聖剣〟は、確かにそこに在った。ならば、今突き刺さった〝無銘の聖剣〟は、一体誰が?一体誰に、完全な姿の〝無銘の聖剣〟を、再現出来ると言うのか……?
「ここは……そうか、懐かしいな……」
その声は、ヴェルティエの心臓を、大きく跳ねさせた。
心に直接響く声。その声を知る者は……ヴェルティエと、声の主以外には、今は亡き魔王しかいない。
「聖剣……さんっ!」
サブタイトルは実鳥と書いて、読みはヴェルティエで。
今回は特にネタ無し。
本人が深刻になってても、外野がいつの間にか問題を解決していた……みたいな話でした。
……剣さんが割りと死にそうな目に遭って解決したんですけどね。
てな訳で……次回は剣さんによるシリアスブレイクで実鳥ちゃんが起っきします!サブタイトルは【抱擁】です!




