125話目 団欒
人の話はよく聞こう。そしてよく話そう……みたいな感じです。
怒髪天を衝く……そんな形相と勢いでガルミアが剣に特攻したのだが、柔よく豪を制す感じで、ポーンと投げ飛ばされた。
「んあっ!?」
一撃必殺を試みた筈なのに、触れる事すら叶わず、突然全身で味わう浮遊感。宙に浮かされた状態でガルミアが地上を確認すると、投げ飛ばしたであろう当の剣は、何故か顔を背けてガルミアを見ようともしていなかった。
それを〝遊ばれている〟と認識したガルミアは、余計に頭に血を昇らせ、体勢を着地迄に猫のように整えると、再度、剣を屠らんと身体強化魔法を全力で行使して、それを右腕へと集中させたのである。
目に見えて肥大化する右腕。それをチラリと見て、剣は大きく溜め息を吐いた。因みに、放り投げられたガルミアを直視していなかったのは別に巫山戯ていたからではなく、今のガルミアの服装の所為である。ワンピースタイプの寝間着の下には、パンツ以外何も身に着けていなかったのであった。フワッと翻った裾からは、美しく引き締められた肢体が露になっていたのである……目を反らしたのは、マナー的な条件反射だったのだ。
「いや……そんな見え見えの強化してどうすんの?破壊力はあっても、攻撃力に偏ってスピードを損なっては意味が無い……昔、細胞を意味する名を持つ人造人間もそんなこと言ってたぞ?」
「訳の解らぬ御託を!当たれば、終りだー!」
「だから……ま、いいや。ママに代わって、少し教育してやるか……」
ガルミアの、まるでゴリラのような豪腕による右ストレートが、唸りをあげて剣の顔面目掛けて放たれた!常識的に考えれば、頭蓋骨がひしゃげて、殴られた剣が豪快に吹っ飛ぶ結果しか有り得ない……事実、周囲でこの茶番染みた戦いを目撃していた剣の実力を知らない魔族の皆さんや、実力を測りきれていない遥や小町は、慌てたり焦ったり、冷や汗を垂れ流したりしていたのであった。
しかし、ガルミアの拳が剣の顔面を捉えた、そう思われた瞬間、その時骨が砕けるような鈍い音はせず、代わってしたのは乾いた破裂音。パァーンッ!と、響いたその音は、ガルミアの拳を、剣が左手一本で、平手で受け止めた音であった。
「当たっても、終わらなかったな?実力差を見誤るなよ、ガチの戦場だったら死活問題だぞ?」
当たれば何百キロ……或いはトン単位の威力はあるだろう一撃を、剣は一歩も退かずに受け止めていたのだった。反対に、パンチを放ったガルミアの方が、足を滑らせて膝を地に着けていた……
全身全霊を込めた一撃を真っ向から無傷で防がれ、ガルミアは茫然自失に四つん這いとなり……やがて悔しさからか、啜り泣きまでする始末……
「あ……まぁ、相手が悪かったってだけで、魔族としては上位クラスの実力はあったぞ、うん。だから、泣くこたないからな?な?」
慌ててフォローを入れる剣であったが、時既に遅し……
「お兄ちゃんのスタンスは理解してるけど……無いわ~」
「同じ相手に、日に二度は……無いわ~」
「剣、お姉ちゃんも……擁護出来ないわ」
「兄さんは、少し自分を省みるべきと思う」
「そんなに差があんなら、もっと上手くやれよな……」
姉妹達からバッシングを浴びせられ、ブルーな気分に陥る剣。「あれ?襲われてたの、俺だよね?」「俺じゃなかったら、撲殺されてる案件だよね?」みたいな、完全に被害者な立場であったのに……
「う~ん……ちょこっと優しさが裏目っちゃったかな?」
「ボクには解るのです!兄様にだって、結果が伴わない事はあるのであります……」
「うん……ありがとな……誰も擁護してくれなかったら、俺も泣いてたかも……」
そう言いつつ、剣の目の端に光るものが……
「ま……皆疲れてんだよな。表面的にしか見れなかっただけだよな……」
理解を示してくれた梓と妹に感謝をしつつ、他の姉妹に辛辣な御意見を頂戴したのは、疲労からくる判断力の低下だと自分を(無理矢理)納得させて……
気を取り直し、剣はガルミアに対して果たすべき義務を……大切な娘の亡骸を、この世界でたった一人託せる相手に、返すべき相手に返す事にした。
「……いつまで泣いているつもりだ?十四年……離れ離れだった母親に、悔し涙なんて見せる為に生き抜いてきた訳じゃないだろう?」
はっと顔を上げるガルミア。その瞳は驚きに見開かれ、剣を凝視している。漸くガルミアの耳に響いた剣の言葉は、ガルミアにとって摩訶不思議でしかなかった。
「ど……どうして、お前なんかが、それを知っている!?」
「お前なんかって……そうだな……それは俺が〝聖剣さん〟だからだって言ったら……信じるか?」
「!?」
〝聖剣さん〟それは、母が娘に話し聴かせた、ヴェルティエの冒険時代のパートナーにして、常にヴェルティエの傍らに在った……折れた剣。
ヴェルティエの語った冒険の中で、喋る剣として登場した〝聖剣さん〟だったが、ガルミア自身は一度もその声を聞いた事がなかった。だから、いつしか〝聖剣さん〟はヴェルティエが話を面白おかしくする為に創造した架空の、擬人化されたキャラクターだと思っていたのであった。
だから、声も出せない程に驚いたのである。少なくとも目前の男は、ヴェルティエが〝無銘の聖剣〟を〝聖剣さん〟と呼んでいた事を知っている。しかし、それは有り得ない……その事実を知っているのは、ヴェルティエが死んだ以上、ヴェルティエから直接話を聞かされていたガルミア以外にいる筈が無いのだから……例外があるとしたら、呼ばれていた当人以外に、有り得ない……
「ま、信じなくても構わないけどさ。それより……折角のママとの再会なんだ。もうちょい顔を綺麗にしたらどうだ?」
剣が親指を立て、クイッと指し示した先……そこには、ガルミアが生き別れた時のまま。ガルミアと人質となっていた魔族の子供達を庇い、無抵抗でボロボロにされたヴェルティエが、〝無銘の聖剣〟によって、魔法で構築された封印の凍れる水晶の柩で眠っていた。
「ったく……コイツを取り戻す為に頑張ってきたんだろうに……少しは冷静にだな……」
そんな言葉は、ガルミアの耳には届かない。
ガルミアは剣を無視して、氷晶に包まれたヴェルティエへと駆け寄り、そして、すがりつくと、まるで子供のように泣きじゃくり始めたのであった……
「ママ……ママ……うぅ……ひぐっ……やっと、やっと……ごめんね……おそくなって、ごめんなさい……うあぁぁ~~ん!」
その言葉に、涙に、どれだけの想いが込められているのか……それは悲痛な泣き声で……聴く者の胸を抉るような辛苦を感じさせる嗚咽であった。
悲しみが伝播したかのように、ガルミアの仲間達だけでなく、聖家の姉妹も、辛そうな表情でガルミアを見守るしかなく……
そんな中、剣が神妙な面持ちで後ろ髪を掻き乱しながら、ガルミアの背後へと忍び足で近寄り、その後頭部へと手をかざして……場の空気を読まずに睡眠導入魔法を行使したのであった。
すると、ガルミアはすーっと泣き止み、安らかな寝息を吐てはじめてしまったのだった……
これには全員が「えっ!?」な表情を隠せない。魔族達からすれば「アンタ、母娘の再会だって解ってたよね?思う存分泣かせてやってよ!」な気持ちであるし。聖家姉妹からしても、泣いてる女性を強制シャットアウトさせてしまう……それが出来てしまう神経の図太さに戦慄するしかなかったのであった。
「えっと……理由は……あるんだよね?けんちゃん……」
その行動の意図は読めずとも、意味が無いとは思わない。決して夫を短慮に責めはしないのが、梓の嫁としての矜持である。全然意図は読めて無いけれども!
「まぁ、理由は幾つかあるな。例えば……ガルミアが思った以上に短気だったからなぁ。氷晶を物理で壊そうとしたら……目前で母親が砕け散る様を直視することになる……とか」
そう、封印の氷晶は術者の解呪と時間経過による解放以外の手段で、ある程度以上の魔法攻撃や物理的衝撃で溶かしたり破壊しようとしたりすると……封印物もろともに、粉々に砕けてしまうのである。
剣は先程、ガルミアの拳を受け止めた際に「あ、コレで殴ったら余裕で〝氷晶柩牢〟壊れるじゃん。なんか単細胞っぽいし……何か予防線張らないと」そう、思ったのである。そしてガルミアの聞く耳持たずは剣の想定を上回っており……突発的に氷晶を壊そうとするのを怖れたが故の行動が……〝取り敢えず、眠らせちまえばいいんじゃね?〟だったのである。
「そーゆー訳で、悪いけどバルテ、眠ってる間にガルミアをヴェルティエから引き離しておいてくれ。起きたらその辺りの事情説明ヨロシクってことで」
バルテへと無遠慮に事後処理を押し付ける剣。僅かな間に、バルテのポジションを完全に把握していた……。
「……いいですけどね、自分の役回りは承知していますから……それでは、他の者に部屋まで案内させますね……」
疲れきっている聖家御一行の案内を仲間に任せるバルテ。バルテ自身も王国への襲撃や戦闘、ここまで馬車の御者を勤め……肉体的に相当疲れていた。そして、ここへ来てのガルミアの暴走と剣の意外性溢れる諸行……精神的にも疲労が溜まり、確実に、誰よりも休息を必要としているは彼女であった……
「剣ったら……明日になったら、バルテさんにちゃんと御礼と御詫びをしなさいよ~」
「解ってるって、あの場は、バルテのプライド的な物を優先しただけだからさ~」
魔族達の隠れ家の一室、そこは高級どころかビジネスホテルと比べても設備的に簡素であり、ベッドどころか布団もなく、寝具として用意されていたのは、動物から剥ぎ取ったらしい毛皮であった。とは言え、床一面を覆い隠す程に広げられた毛皮は実にふかふかで、姉妹達は疲れを癒さんと異世界の謎生物の体毛の上に寝転び、モフモフ感を全身で堪能しているのだった。
「上々の寝心地……駄目になりそう」
「まるで、にゃんこのように柔らかで艶々……これぞ至極」
バルテが夜食にと差し入れてくれた果物や木の実をつまみつつ、剣達は漸く気を抜き、聖家で普段しているような、一家団欒な雰囲気で雑談に興じるのであった。
やがて、誰もが緊張が解れた事によって抗い難い睡魔に襲われ、自然と口数も減り、一人、また一人と夢の中へと墜ちていった。
異世界で迎えた最初の夜。召喚されてからここまでほんの四時間程度。その間に、あまりにも衝撃的な出来事の連続であった。そして、今後に対する数多い問題から生じる不安……
姉妹達全員が寝静まるのを確認してから、剣は姉妹全員を五体満足で守れた事に安堵しつつ、明日には全員で話し合うと決めた議題……今後の方針について考え、一つの結論にたどり着いていた。
「やっぱ、思い付かないな……自力での帰還方法は……」
思い込みが強い人と、説明不足が織り成す喜劇でした~。
次回は聖家御一行の今後の方針についての会議が中心のお話しになります。
そしてサブタイトルは【着信】……?




