123話目 談話
ダラダラ会話するだけの回。
剣が魔族達と交渉している間、聖家の九姉妹は深い森と湖に挟まれた道端で小休止していた。
翼と希は剣から頼まれた通り、周辺の警戒を怠っていなかったが……他の姉妹はまるでファンタジー映画のような魔法戦闘でありながら、本当の命のやり取りを伴っていた殺し合いを目撃し、実際に兄弟である剣が躊躇いもなく人を傷付け、殺す姿まで目にして、これまでの人生で経験したことがない種類のストレスを感じ、精神的な疲労を半端なく溜め込んでいた。
「光姉さん……どうしよう、兄さん……人殺しだよ……」
特に、感性が一番一般日本人的に近い小町は、とても葛藤していた。理性では仕方無かったと理解していても、マトモな小学校教育の道徳授業で培われた倫理観が、人殺しを肯定する事を許してはくれず、理想と現実の狭間で揺らぎ、苦しんでいるのであった……
「……難しい問題よね。ごめんね小町、私にも、何が正解だったのか……上手く言葉にならないわ……」
そう言いながらも、光の中では答えが出ていた。
どう考えても、話し合いが通じる相手だったとは思えず、もし、剣がいなかったら一方的に力で捩じ伏せられていたのは確実であり、それ以前に疑い無く赤い鉱石が付いたままのアクセサリーを装着していたら、逆らうことすら許されず、何もかもを奪われていたのである。
光は膨らんできた下腹部に手をあてながら、妹達を一人一人見回した。
実鳥は未だ目覚めず、遥の腕の中で静かに眠ったままだ。遥も緊張の糸が切れたのか、眠そうに首をカクンとさせては、頭を振ったり頬をつねったりして睡魔と戦っている。
梓に抱っこされている燕は……既に熟睡していた。トラウマになりそうな光景を目にした筈なのに、スヤスヤと眠っている姿を見て、この子は大物になるなぁ……と、光は思わずにいられなかった。そんな将来性を期待させる末妹を抱っこしている梓は、剣が向かった方を、じっと見ていた。その表情は硬く、少し悲しげでもあった。
翼と希は、とても真面目に見張りをしていた。普段の何処か泰然とした雰囲気が薄れ、週末の大型駐車場等で見かける警備員よりも、プロフェッショナルな空気感を漂わせている……まるで、訓練された兵士のように光には感じられた。
桜は……とても落ち込んでいる様子で、ヴェルティエの氷晶を背にして三角座りをしていた。眠っている訳ではなく、時折横に倒れたり、そのまま地面を転がったり……立ち上がって近くの木や石を蹴ってみたりと、かなり苛立っているみたいだった。
「こんな、訳の解らない状況だけれども、取り敢えず皆怪我もせずに生きているわ。剣の行動の是非を問うのは……無事に家に帰れてからにしましょう。ね?」
「うん……でも、帰れるのかな?」
「そ、それは……止めましょう!考えると不安になるから……」
帰る手段のあてが無い。それが現実であった。そして、婚約者と二度と会えないかもしれない状況に陥っている光にとっては切実な問題なのである。それこそ、妹達が傍にいなければ泣き崩れてしまいたいぐらいに……
「まぁ、それは問題だよね~」
光と小町の会話に、梓も参入してきた。
「今は寝ちゃってるからいいけど……パパママに会えなくなっちゃったとか知ったら、ばめたん泣くよねぇ。なんか、こっちの人達が召喚するのに物とか時間とか準備や条件に大層な手間をかけてたみたいだし……方法があったとしても、一朝一夕には無理そうだしね~?」
「……その割には、梓姉さん落ち着いてるよね?……ま、理由は察して聞かないけどね!」
どうせ「けんちゃんが一緒なら何処でも生けていける!」とか言うに決まってる!その程度、生まれてから十一年も梓の妹をしている小町には解りきっているのだ!
「それはそうと、暫くこの世界で生きていくにしてもねぇ……先立つものが何もないのは、困った問題なのよね……お金は勿論、衣食住。それにリーイース王国は政情不安定そうだし……こっちの常識とか全然解らないもの……結局、剣頼りになっちゃうのが心苦しいわ……」
「こっちの事を知ってるのけんちゃんだけだから……それとも、どりりんもかな?起きてみてどうなってるか、とても心配なんだけど……」
「前世……かぁ、私の常識がゴリゴリ削られまくってるよぉ……でも、ヴェルティエさん?の、遺体を見た実鳥義姉さんのオーバーな反応と、それで意識をなくしちゃう程の精神的ショックを考えると……思い出しちゃった……のかなぁ?自分が、死んだ時のこととか……」
ヴェルティエの遺体に刻まれた生々しい無数の傷痕。それを見るだけでも、死の寸前まで、とてつもない苦痛に晒されていたのは想像に難くない。絶望の内に死んだ前世の記憶に、実鳥の精神が耐えられるのか……姉妹達の不安は尽きなかった。
「ねぇ、はるるん。どりりんはどんな様子?うなされてない?」
梓に声を掛けられ、遥は襲いくる睡魔を吹き飛ばさんと、自らの頬を平手打ちして思考を覚醒させた。
「あ、ああ……変わらず、穏やかなもんだよ……このまま、家に帰るまで眠っていたら、全部夢だって事に……してやれねぇかな?」
「どうだろねぇ?はるるんの気持ちは私にも判るよ。これ以上どりりんの過去に不幸の上塗りしたくないってのはね。ま、そうなったら私達で全力カバーするしかないっしょ!けんちゃんが体と命を張ってくれたみたいに!」
「……!そう、だな。剣には、どう感謝したらいいのか解んねぇよ。アタシの、無茶な願いを叶えてくれて……」
「うんうん、血塗れで満身創痍なのに即答だったもんね!惚れ直す……いや、更に惚れ増しちゃったね!てゆうかね、あんな状態のけんちゃんに戦いを強要するとか、はるるんは中々にドSさんだよね!」
「あぐ!?ド、ドSとかゆーな!あんときは、無我夢中みたいな……必死だったんだから仕方ねーじゃん!」
「確かに仕方無いとは認めよう。でもね……涙ながらに叫んで縋るとか……メインヒロインかよっ!と突っ込みたくなるのが人情でしょ?それで見事に助けられちゃったんだから……惚れちゃった?ねぇ、惚れちゃったのかな?」
遥を和ませる為の、梓なりの細やかなおちょくり……だったのだが、遥の反応は、普段のような、むきになったり冷淡に否定するような物ではなかった。
「……まぁ、格好いいなと思ったのは、否定しない」
「あらあら……」
「遥義姉さん……マジ?」
「くそうっ!ここに光源が無いのが悔やまれる!デレて赤面している筈のはるるんの表情を検められないなんて!」
目立たないように松明を灯したり、焚き火をしていなかったが為に、遥の表情の変化や色を確かめられず、梓は心底悔やむのであった。
「ちょっと、緊張感なくしすぎー」
「人以外にも、野生のナニカが出るかもしれないんだからねー」
「うわ……日常で一番緊張とは無縁のつばぞみに叱られちゃったよ……これが異世界クオリティなのかな?」
とても珍しい双子からのお叱りに、光達も申し訳なさそうに肩を竦めた。確かにここは異世界で、すぐ近くには森と湖が在るのである。どんな生物が存在しているか……地球で、日本であっても熊や猪が生息していても不思議ではない環境なのである。
「そ……そうだよね。普通に、熊とか出るかもしれないし……」
「何言ってるの小町?ここは異世界。湖から全身鱗で覆われた半魚的な人や手足の生えたお魚さんが出てきても不思議でないし……」
「森の中から、雌と見たら種族お構い無く孕ませたくなるゴブリンやオークの群れが現れないとも限らない……熊なら単独行動だからどうとでもなるけど……群れは、厳しい」
「い、いくら異世界だからって、そんなクリーチャーが存在していたりは……」
未だ固定観念が現実に追い付いていない小町に、翼と希は呆れたようにヴェルティエを指差し、
「耳」
「尻尾」
と、端的に現実を叩きつけた。ここは、獣人さんがいる世界なのである!
「……いるの?本当に?」
「いる。マジでドラゴンもいる」
「お兄ちゃんが言うには、10メートル越えの魔獣も……まぁ、人里近くにはそんなに出ないらしいけど」
絶句する姉妹達。そして、そんな幻想生物相手の心構えが完成されている双子に対し、疑念すら浮かんでくる……
「あのさ……さっきの祭壇みたいなトコでも思ったんだけど、お前ら、平常心以上に冷静過ぎじゃね?仮にさ、剣からこの世界の事を聞かされてたりしても、それを本気にするような性格のキャラとは思えねーんだが?」
「……遥ちゃん、それは私達を誤解してると思う」
「私達、お互い以外で一番信用と信頼してるのお兄ちゃんだし。それに、信じ難い事は〝有り得ない〟より〝有り得る〟と考える派でもある。面倒だから、口にはしないけど」
「それに何より、私達も前世の記憶がある転生者だし」
「こことも地球とも違う世界からの、だけどね」
光と遥、小町の頭の上に?マークが浮かんだ。突然のカミングアウトに、理解が全く追い付かない!
「ああ、道理で小さな頃から頭が良かった訳だよね~。私、小一ん時、二人から算数教えて貰ってたな~」
「ん、流石は梓ちゃん。理解が早くて助かる」
「更に付け加えると、転生前は一人だった。多分、母胎内で身体が分裂したから魂も分割された。なので、転生前の記憶は共有されてる」
だからこそ、剣が分裂していた前世の自分――〝無銘の聖剣〟との再結合をしたと言う話も、双子にはすんなりと受け入れられたのである。逆に、剣も双子と言う前例を知っていたからこそ、自身の魂が分かたれていたことを容易に受け入れられたのである。
「元々一人だったの!?そりゃ驚きだけど……納得だわ~。外見だけじゃなく性格までソックリだもんね~。てゆっか!そんで相思相愛とか、どんだけナルシーさんなのかな!?」
「それは仕方無い。とびきり可愛く生まれた自分が、もう一人いるだなんて、奇跡と言う他無いじゃない?」
「天下無双ならぬ天下双麗。唯一、世界に並び咲く、優劣なき麗しい華の如く……そう生まれたんだから、愛し合うのが必然じゃない?」
「……そだねー。自分大好きなんだから、自分と寸分違わない相手を好きになっても仕方無いよねー……」
とっても理解者な梓ちゃんに、双子はとっても満足そうにドヤ顔で胸を張った。その胸こそが、双子にとっての自己愛と相思相愛の象徴なのであったりする……
「え、えっと……確認していいかしら?貴女達の前世について……剣は把握していたのかしら?貴女達は当然、剣の前世を知らされていた……のよね?」
どうにか理解が追い付いてきた光が、そもそもな質問を投げ掛けた。
「うん。梓ちゃんが家族になる前から知ってたし~」
「見ず知らずの旧時代な世界で、生まれながらに理解者が傍にいたのは有り難かった~」
「そ、そうなんだ……旧時代?貴女達の元いた世界って……」
「ぶっちゃけ、現代の地球より数百年は技術的に革新しちゃってる世界だった」
「星間戦争とかしちゃってる、SFちっくな世界だった。ある意味、ここより殺伐な世界でもあった」
「なにしろ、人型生体兵器だったからね」
「死山血河な人生だったねー。精神制御されてたから、命令拒否権なかったし~」
そんな訳で、リアルな殺しあいは経験済みで、全然平気と双子は説明したのであった。
「まぁ、破壊工作・潜入暗殺・広域殲滅……色々やらされたな~」
「精神制御されてたから、嫌悪感も快感もなかったけどね~。感情を得てから振り返ると……」
「「ないわ~……って感じ」」
何者にも縛られない自由な感情を得た結果、前世の記憶に高度な文明の知識が含まれていたが為に、生後間もなく双子は完全に他者を見下しがちな性格となっていた。
日本の一般常識的に、殺人行為が社会的にハイリスクであることを知ると、何の得も報酬もなく、つまらない事をやらされていたものだと馬鹿馬鹿しくなったのは必然であった。
「……同じ両親から生まれた弟と妹達が、ハイスペックだった件について理由を聞かされた姉の気持ちは……」
とてもショッキングな事実を聞かされ、光は疲労がピークに達してしまったようである。虚ろな視線を空へと向けて、近くの木を背もたれに腰を下ろして休んでしまったのだった……
「アタシから見りゃ、アネさんも充分バケモ……只者じゃねぇんだけどな……実鳥も前世が勇者でケモミミだったりして……梓、お前まで妙な前世だったりしねぇだろうな?」
「まさかぁ……と、言いたくはあるのだけれども、こうなってくると自信無いなぁ……既に十人中五人が転生確定でしょ?わたしも、覚えていないだけかも……って思っちゃうよねぇ~」
「え?五人?兄さんに翼姉さんと希姉さん、それに実鳥義姉さんで四人でしょ?」
「いや、さっきから会話に加わらず考え込んでる……さっちゃんがいるじゃない?普段から、前世からヲタだって公言してたっしょ?」
「いや……それは流石に桜姉さんの冗談でしょう?勇者とか伝説の聖剣とか、超科学文明の生体兵器に比べて、普通のヲタが前世とか……スケールダウンにも程が……ねえ?」
「だよな……せめて昭和の漫画の神様ぐらいは言ってくれねぇと、冗談にしても釣り合いとれねぇよなぁ?」
梓が冗談を真に受けていると解釈してか、小町と遥は苦笑いを浮かべあった。だから……続く双子の言葉に凍りついた。
「ホントだよ。桜は前世からの生粋ヲタ」
「喋れるようになった頃には、八十・九十年代のメジャーな作品の知識あったからね~」
そう……桜は〝馬鹿は死んでも治らない〟を地で行く鋼のヲタである。
その桜が一人黙考している訳は……剣から特訓を受けていたにも関わらず、戦力になれなかった事を悔やんでいるから……違う。
異世界召喚なんて胸踊る展開が、かなりのバッドスタートだったことを疎んでいる……それも違う。
落ち着いてから、桜の頭の中では、ある一言がずっと渦を巻いていたのであった……それは、この状況下で口にするには、あまりに不謹慎で空気を読まない一言である。故に、桜はずーっと我慢して黙っていたのである。
喋っていると、口を滑らせて叫んでしまいそうだから……
だが、我慢はすぐに限界に達する。だから、とても小さな呟きとして、その欲望……もとい、悩みを漏らしたのであった。
「早く帰らないと……コミ○に、間に合わないのであります……」
とても程度が低くも、なんとも桜らしい大問題な悩みであった。
お姉ちゃんには衝撃の事実でした。そんな弟妹に負けじと努力した結果、尊敬される姉になれたのですけれどね。
小町はしばらく悩み続ける筈。誰も彼も抵抗なく剣にイエスマンだと……ゴメンね小町!
桜はやっぱり桜でした!
次回は魔族の方々と合流します。
サブタイトルは【交流】ってことで。




