121話目 脱出
※後味すっきりしない話です。
「そこを……どけぇっ!」
気合いを込めて降り下ろされるは、今は亡き魔王ガルザートの剣。迎え撃つは、変幻自在に宙を舞う四本の聖剣。
ぶつかり合う毎に飛び散る火花。強度と重量で勝る魔王の剣を相手に、四本の聖剣は常に複数で防御に撤し、入れ替わり刃を交える事で消耗を分散させていた。
「少しは……こっちの話を聞けー!」
イラッとした怒声を上げる剣。漆黒鎧の女魔族剣士は名前を呼ばれた事に僅かな戸惑いを見せたものの、それも一瞬、力ずくでの猪突猛進。猛然と剣達を排除しにかかったのである。
「人族と交わす言葉など、無い!」
魔族であれば当然な台詞。それにも増して、この女性魔族がガルミアであるのなら、人族に対する怨み、悪感情は計り知れないのが当然である。住処を奪われ、母を奪われ、見知らぬ土地へと独り放り出されたのだから……その気持ちは、剣にもよく解っていた。寧ろ、ガルミアと同じくヴェルティエの家族であった〝無銘の聖剣〟だからこそ、誰よりも近い気持ちを抱いていた……が!それはそれ、これはこれである!
「あんな腐れ外道と、一緒くたにしてんじゃねぇぞ、グレ娘がぁ~!」
話せば判る筈なのに……気持ちが通じる筈なのに……そう思うからこそ、聞く耳持たずの聞かざる娘に、剣はかなり苛立っていた。ヴェルティエの娘と思えばこそ、傷付けまいと防戦に撤し説得を続けていたのだが……膠着した事態に、我慢が限界に達してしまったのであった。
四本の聖剣が描く不規則な軌道は速度を増し、女性魔族を撹乱させ迂闊に身動き出来ない刃の結界を造りだした。更に聖波の剣が発生させた水分が高熱、冷熱、旋風によって蒸気を生み出し女魔族の視界を遮り……
「少し……大人しくしろっ!」
「ぐはっ!?ば……馬鹿な……」
視界を遮った一瞬に懐に潜り込み、抉り込まれたボディブローは女性魔族の鎧を打ち砕き、鳩尾に深々と突き刺さったのである!
重厚な音を立てて床に落ちる魔王の剣。女性魔族は身体をくの字に折り曲げ、力なく剣の肩に身体を預けるしかなかった。
「漸く……ここまで、来たのに……マ……マ……」
必死に伸ばした手も、意識を失うと共にだらんと垂れ下がった。
剣はそのまま女性魔族を肩に担ぎ上げると、失敗して落ち込んだかのように溜め息を吐いてから姉妹達へと歩み寄った。
「さっすが~!女性相手でも腹パンとかえげつない!」
「もうね、マジ悪役だよね?」
早速、双子のからかい出迎えを浴びせられ、剣は無愛想な表情で返事をした。
「やかまし。聞く耳持たなかったんだから仕方ねぇだろ……」
そう、誰よりも剣自身が、悪役的な立ち位置になってしまった事を理解していた。
これは剣の憶測であるが……地球とエルヴィアスの時間的ズレがほぼ無いと仮定すると、ガルミアがヴェルティエと生き別れてから十四年の歳月が経っている事になる。その間ガルミアは見知らぬ土地で孤独と絶望に苦しみながら、母の生存を信じ、再会を夢見て希望を胸に生き抜いたのだろう。そして、その手掛かりを求めてリーイース王国に潜入して情報を収集する内に、ヴェルティエの死を知るに至り、受け入れがたい絶望にどれ程苛まれたか……それでも、せめて遺体だけでも奪還しようとして、共にリーイース王国に反抗する仲間を集めたりして、そしてとうとうヴェルティエの目前にまで到達し……
積み重ねてきた努力が、得体の知れない謎の男に腹パンで阻止されてしまったのである。感動の再会であるべきシーンを邪魔してしまい、そんな訳で剣は現在、悪役呼ばわりされても否定出来ない、とてもバツの悪い思いをしているのであった。
「……ま、どうやら周囲のあちこちで騒ぎが起きてるようだし……今の内にトンズラするとしよう!」
「誤魔化した~」
「しかし正論」
本当に誤魔化しなので、剣は双子に取り合わず移動の準備を進める事にした。
「そうだな……取り敢えず、姉さん、翼、希、桜、一本ずつ剣を持ってくれ。梓は燕を頼む。遥と小町は実鳥を」
剣は四本の聖剣を護身用に指名した各々の前へとゆっくり移動させた。
「真剣なんて……上手く扱えるかしら?」
そんな事を言いながらも、聖波の剣を素振りしてみた光の姿は、実に様になっていた。
「見た目より軽い。扱い易そう」
「これで劣化コピー?本物……お兄ちゃんの前世って……マジで勝利の剣級?」
聖炎の剣を持った翼と聖氷の剣を手にした希は、軽くチャンバラを始め、剣の使い勝手を確かめ始めた。……遥と小町が絶句するほど高度な体捌きで。
そして、聖嵐の剣は桜の前に……しかし、桜は聖嵐の剣を手に取らず、床に転がっている魔王の剣へと歩を進め拾い上げた。
「重い……けど、振り回されない程度には扱えそうなのであります!兄様、ボクはこれがいいのであります!」
聖剣よりも大きく重く、存在感も際立っている魔王の剣を桜は野球選手がバットをスイングするかのように振り回す。気分は四番バッターか……昭和のホームラン王の一本足バッティングフォームで突風を巻き起こす!
「あ~……後でちゃんとコイツに返してやれよ。ゴネると面倒だからな」
魔王の剣を王国の人間に回収されるのは面白くないので、剣は元より自分が魔王の剣を持っていくつもりであった。何しろ自分の刀身の欠片から八振りの劣化版聖剣を造り出せる鍛治師が王国に存在するのは確定的なのである。聖剣よりも頑丈な魔王の剣を量産なんぞされてたまるか!なのだった。
剣は懐にヒナを収めると、右手に桜が受け取らなかった聖嵐の剣を持ち、左肩に女魔族を担ぎ上げ、念動魔法でリーイース王とヴェルティエを氷晶ごと浮遊させて脱出の準備を整えた。
「じゃ、俺が先頭を歩くから……」
「はいは~い!私達が殿する~」
「二人でなら~、お兄ちゃんの次に強いし~」
「ああ、頼むぞ翼、希」
剣は最初から双子に殿を頼む気であったので、願ったり叶ったりである。単純な個々の戦闘力であれば光の方が強いのだが、今は身重であるし、何よりも双子には他の姉妹にはない強みがあるからだ。それは、敵の生死に動揺しない精神力。即ち、前世での人殺しの経験である。
自己と大切な者の命を守らねばならない状況で、その経験が在るか無いかは、一瞬の判断に大きな差が出る。
姉妹達の中で、迷い無くその判断が可能なのは翼と希だけであった。
隊列は剣を先頭に、光、非戦闘員の五人を挟んで桜、最後尾に翼と希の順となった。
そして、祭壇の階段を順にゆっくりと降りて行き、祭壇の上には翼と希が残るのみとなった。
「さて……準備は整った」
「悪く思っていいよ?こっちはそれ以上だから」
剣にやられて既に虫の息となっていた騎士達を、双子は聖剣の試し斬りを兼ねて淡々とトドメを刺していった。
「やっぱり、刃物は実際に使って確かめないとね」
「よく切れてよく刺さる。魔法の使い方解らないのが残念」
「我ながら甘くなった。小町や燕に見せたくないとか」
「ま、普通の子には刺激が強すぎる。心が壊れちゃったら目も当てられないし」
呼吸や瞬きを無意識で行うのと同様に、平然と罪悪感無く騎士達の命を刈り取り終えると、双子は何事も無かったように殿を務めるのであった。
「あ、鞘を貰っとかないと」
「ずっと抜き身で持ってるの、疲れるしね」
ついでに、死体漁りも躊躇い無く実行する。生存の為にやるべき事を躊躇しない、敵に対して何処までもドライで、リアリストな双子であった。
祭壇は湖畔の崖上に建てられていて、階段を降りた正面側以外に陸路は存在しておらず。その階段から伸びる石を敷き詰められ舗装された道路には死屍累々と、無数の死体が転がり、夥しい量の血溜まりが幾つも在り、切断された身体の部分が散乱し、血の臭いと、炎属性や雷属性の魔法によるであろう焦げ臭さが風によって運ばれていた。
「だ……駄目……私、吐きそう……」
辺りを漂う、濃密な死を感じさせる異臭によって、早くも弱音を吐く小町。平和な日本で育った小学生なのだから耐性がゼロであって当然である。それでも、追手を呼び寄せないように泣き叫ぶのを我慢しているだけ気丈であると言えたが。
「これは……ね、死んでる人には悪いけど、つわりが再発しそう……日中だったらと思うと……」
ゴロゴロと転がり横たわっている無数の死体に、光も怖気を隠せなかった。先頭を歩く剣が魔法で剣先に灯した小さな灯りと、夜空に浮かぶ月と星の輝きだけが光源だからこそ、凄惨な戦場の痕跡を色鮮やかに視認せずにいられるのである。光は死者に対して不謹慎だと自覚しながら、夜であることを不幸中の幸いであると思わずにはいられなかった。
「……見た目と臭いがキツいのもだけど、実害あるのは足下だよねぇ……せめて靴だったらなぁ……」
梓の呟きは、姉妹達共通の目下の悩みであった。召喚されたのは家の屋上での花火中……全員の履き物がサンダルないしスリッパなのである。夜道であるが故に血溜まりを避けて歩く余地もなく、既に何度も足裏にぴちゃぴちゃした感触を味わい、飛沫が甲や脛に纏わり着いているのは確実で……それは想像するだけて気持ち悪く、明るい場所で確認するのも気が滅入るのであった……
因みに剣は四騎士の合体攻撃に吹き飛ばされた際にサンダルを紛失し、靴下もボロボロになったので脱ぎ捨てて、現在裸足であったりする……
しばらく歩くと、前方から剣戟の金属音と、散発的な発光が瞬き始めた。紛れもなく戦闘をしている証しである。
「まあ、当然増援と足止め部隊がいておかしくねぇわな……」
国にとっての最重要人物がいる場所が急襲されたのだから、救援が来るのは当然である。しかし、魔族勢力はそれに備えてか同時多発テロ的にリーイース王都の重要地点各所を襲ったのであろう。王国の兵力を分散させる為に……
「さて、すんなり通してくれるかな?」
剣は姉妹達を待機させ、王様と女魔族を持ち込んで戦闘に介入するのであった。
人でなし兄と双子姉妹でした。
こいつら戦闘経験値が半端無いんです……殺られたくなきゃ殺る。が魂に染み着いているんです……
そんな訳で、脱出開始なお話でした。
次回サブタイトルは【交渉】という名の脅しです。




