120話目 邂逅
一寸戦闘休みます。
「寒っ!こっちまで冷気が来たのであります!」
「夏の薄着にこれはキツい……」
「翼、人肌で暖めあおう……」
ネウグルを瞬間凍結させた余波が、姉妹達にも及んでいた。一瞬ではあるが、食品会社の冷凍倉庫並の冷気が吹き抜けたのであった。
「うっわ~……けんちゃん、マジ魔法使いだ~」
「にーたんすっごい!ひんやり!」
「……ファンタジー世界って、何でもアリね……剣って、地球でも魔法使えるのかしら?……だったら便利ね」
「姉さん達と妹が順応し過ぎている件について……」
「安心しろ小町。アタシも何が何やらだから……」
剣の圧倒的な力を目にして、それまで張り詰めていた姉妹達の緊張感が若干緩んだ。周囲の敵から目に見えて危険に思われる戦闘力が失われたことにより、召喚されてから漸く、一息吐ける余裕が生まれたのであった。
「遥、実鳥の様子はどう?」
「落ち着いて、眠ってます……どうして、こんなことに……」
実鳥はヴェルティエの、前世の自分の死体を目撃してから、自ら閉ざすかのように意識を失ったままだった。
「あの人が、実鳥義姉さんの前世だなんて……とても信じられないけど……それが本当なら、あんなボロボロにされて……それを思い出したのなら……うぅっ……」
それが、どれだけの痛みと絶望だったのか……小町は想像するだけで心が掻き毟られるような悲しみと、そんな仕打ちをした者達への嫌悪感で涙を堪えられなかった。
小町が実鳥を思いやってくれたこと、遥にとってそれは、とても嬉しく、何よりも安堵する思いがした。
「ありがとな、小町」
「え?……何が?」
「いや……こんな、変な事になったのは実鳥に巻き込まれたから……みたいなとこあるし。ぶっちゃけ、責められたりとか……そんな展開もあるかと考えてたから、それより先に心配してくれて……ほっとしたんだ」
一瞬、遥が何を言っているのか理解が追い付かなかった小町であったが、現在の状況に陥った責任の所在を実鳥に求めようとするのでは……と、少なからず思われていたのだと思考が追い付き、ムスッと頬を膨らませ、ジト目で遥に抗議した。
「錯乱でもしてたら解らないけど……心外です!どう考えたって実鳥義姉さんは被害者じゃないですか!悪いのは犯人!責任の在処を被害者に求めるなんて……有り得ませんから!」
「はは……全くもって正論だな。でもさ、さっき剣に怯えてなかったか?あれは、かなり平常心が乱れていたと思うのだが?」
「う……だ、だって……さっきの兄さん、完全に人間を逸脱している雰囲気だったし……魔法だかで人を……しちゃってるし……そりゃ、どう考えたって相手は悪者なんだけど……」
「ま、普通は人殺しなんて怖くなって当然だけどな……でも、アタシに剣と同じくらいの力があったら……多分、アタシは奴等を殺してたと思う。そんぐらい、憎いし……剣一人に押し付けずに……済んだかもなって……」
「遥義姉さん……」
遥と話して、小町は自分が脅えるばかりで、状況を正しく理解していなかった事に気付かされた。
本物の、金属製の槍を手にした鎧の兵士が何十人。ファンタジーそのものな魔法の剣を振るう騎士達。邪悪にしか見えない魔法使いらしき老人。人を見下しきってる態度の王様。
それ等に、一人で果敢に挑んだ剣。
何でもソツ無くこなす剣が、血塗れになり、追い詰められ、それでも……助けを求める遥の声に、迷うこと無く立ち上がって……奇跡的な逆転劇をしてみせた。
こうして、一時の安全が確保された状態になって冷静に考えれば、剣の行動はずっと一貫していた。小町を含め、姉妹を守ろうと必死に出来ることをしていただけだった。なのに……超人的な動きに加え、鬼神のような表情と雄叫び戦う姿に、恐れを抱いてしまって……
「だよね……兄さんに、全部任せるだけで……なのに……私、酷い事を言っちゃったよぉ……」
後悔して落ち込む小町に、遥は慰めるように苦笑いで言葉を贈った。
「……剣もさ、無理もないって思ってんじゃないか?こんなの……まるで漫画だしさ。っと……一先ず、終わったみたいだな」
遥に促され、小町が剣の方に視線を向けると、リーイース王が拘束されて宙に浮かされていた。豪華絢爛なマントをビリビリに切り裂かれ、拘束具として全身をがんじがらめに縛られている憐れな姿で……
剣は治癒魔法でリーイース王を止血して拘束した。正直生かしておくだけ不快ではあるのだが、人質としては非常に有用であるため、渋々……嫌々……苦々しくありながら、姉妹の安全を確保するまでは、取り敢えず生かしておくことにしたのであった。
加えて、改めて召喚された経緯を含め、剣は姉妹達に要点を掻い摘んで説明したのであった。
「……とまあ、殺さなかった理由を説明した訳なんだが……この駄目王、どう思う?」
剣からの説明を受け、姉妹達(実鳥除き)は揃って、リーイース王に蔑みの視線を向けていた。
「剣……貴方が生死を問わず人を傷付けてたのを咎めるつもりだったけど……ごめんなさい、誤解してたわ。こんな、情状酌量の余地なしな悪党を殺さずに我慢して……本当、人質以外に価値の無いゴミを……用が済んだら、家族を代表して私が殺るから」
光様、口調は冷静ながら、完全にブチキレモードに入られました。我慢している弟の顔を立て、この場では我慢しているが……溢れ出る殺意を隠す気は全く無い!
「コレ……完全に女の敵じゃん!この世界の全女性の為にも、今の内に股間だけでも殺しておかない?」
梓は特に、自分達を後宮に加えようと考えていたらしい件に不快感を露にしていた。大好きな妹達が、権力で女を従わせて当然と思っている下衆男に慰み者にされるなど、想像するだけで耐えがたい苦痛なのであった。
「剣、後でその剣を一本貸してくんね?こんなに人を殺したいって思ったのは久し振りだ……」
遥は当然、実鳥が召喚の対象であった事に憤っていた。実鳥自身に一切の非がない、理不尽な理由で拉致されたも同然なのであったから。過去に、理不尽な暴力によって生死の境をさ迷った実鳥の事を思えば、尚更に怒りが沸き上がるのであった。
「こんなのが国家元首とか、この国終わってるし」
「そもそも、世界を終わらせてるし」
翼と希は、この召喚の目的である〝勇者の血脈再生〟が、リーイース王国の不手際による自業自得である事を蔑んだ。放っておけば将来子を成したかもしれないヴェルティエを、欲をかいて管理しようとして自決させてしまったのだから、愚かと断ずる以外になかった。このまま新たな魔王が誕生し、対抗策が用意出来なければ人族は滅ぶのみである。リーイース王国の愚行によって……
「因果応報……単に殺すより、獸人族国家の奴隷商に売り飛ばしてやりましょう。身をもって、差別される苦しみを思い知ればいいのであります……」
簡単に殺すのは生温い。その前に充分苦しませるべきだと桜は主張する。実鳥の前世、ヴェルティエに対する酷い仕打ち、それが刻まれた無惨な遺体を目にした剣の気持ちを推し量れば、容易に許せる筈もなかったのである。
「本当にいたのね、人を拉致して悪びれない権力者って……もう、見てるだけで不快……」
小町は度を超えた嫌悪感と、非現実的な状況に疲弊しきっていた。もう、最低国王の為に思考を費やすのが勿体無くなるほどに……そんな事を考えるぐらいなら、剣に謝る言葉を考えるべきだと思っていたのだった。
「このひと……きらい!だいきらい!」
今まで、誰に対しても笑顔で接してきた燕が、少しの好意も感じさせない程の敵意を示していた。幼い故に事情の全てを理解している訳ではないからこその、単純で純粋な、聖家とリーイース王国の関係を現しているといえた。
「ま……この粗大生ゴミの処理はおいおい……先ずは、安心して休める場所を探さなきゃならない訳なんだが……」
剣は周囲を見回して、何とも困ったような表情を浮かべていた。
「そう言えば……落ち着いてみると周りの様子がおかしいわね。火が灯っているから夜なのかと思っていたけど、星が見えないし……建物の中だとしても、壁とか見えないし……そんなに広大な空間なのかしら?」
外部から光が差し込まない、不自然な空間とするのが正しい表現だといえた。
「多分、結界系の魔法で覆っているんだと思う。術師を全滅させても維持されてるって事は、時間経過で解かれるか、外部の魔法使いが維持しているかのどちらかか……ま、力ずくでブチ破れるから問題ないけど。問題は外部の様子が解らない事なんだが……外の連中が、王様に忠実ならいいんだけどな……」
「肉壁として役に立たないなら、生かした意味が無いのです」
「人望……あんのかコイツ?剣の力にビビって何にもしてなかったじゃねーか……アタシなら尊敬できねぇ……」
「さにゃえちゃんは出来た上司」
「はるにゃんが尊敬しているだけある」
「つばぞみ、今は和ませなくていいから。はるるんも一々恥ずかしがらない!それで……結局は強行突破するしかないのかな?けんちゃん」
「出たとこ勝負になるけどな……結界の外が郊外なら身の隠しようもあるが、地下だったりすると面倒だ。それに……」
剣は視線を、氷晶の柩で眠るヴェルティエへと向けた。
「彼女を……ここに置き去りにはしたくない。既に生まれ変わっていて、ただの骸に過ぎないと解っちゃいるが……せめて、日の当たる場所に弔ってやりたいんだ……」
ヴェルティエは剣にとって、今でも大切な存在であり、先程まで彼女を守り続けていた半身と記憶の共有をしたことで、その思いはより一層強くなっていた。
「この人、実鳥の前世なんだよな……そう考えると、アタシも、無下な扱いはしたくねぇけど……」
なにしろ、大きくて目立つ。只でさえ人数が多いのだから、逃走するには不利でしかない。
剣もそれが解っているから、無理を押し通せずにいた。一旦姉妹達の安全を確保してから、この場に戻って奪還するべきかと思考を巡らせていると……突然結界が鳴動を始めた。
「結界の時間切れ?……いや、外部から破壊されている!?」
自然に溶けるようにではなく、強制的な解除による結界破壊が外側から行われていた。
剣は、内部からの結界解除が遅い事に痺れを切らしたネウグルの部下達が強制解除に踏み切ったかと考えたが、リーイース王が青ざめた顔で藻掻いている事に気付き、それとは全く逆の来客が現れたのだと考えを改めた。
「これは……果たして吉と出るか、凶と出るか……皆!どうやら、王様にとって招かざる客が来たみたいだ……俺の後ろに退がってくれ!」
その注意と同時に、祭壇の周りを覆っていた漆黒の結界が、陶器が割れるかのような音を立てて崩壊し、星が散らばる夜空が露になった。
そして、遠目に見える地上のあちこちでは、幾つもの火の手が上がり、人の叫び声や、獣の鳴き声などが忙しなく響いていた。
『主様!凄い速さで来ます!一人です!』
ヒナの報せに一瞬遅れ、黒い鎧兜を纏った何者かが、祭壇に降り立った。鎧は所々割れ砕けていて、そこから覗く灯りに照らされた素肌は、青みがかっていた。鎧の形状と、細身の体格から女性の魔族だと察せられた。
女性魔族は祭壇上の状況に面食らったように戸惑い、リーイース王を一瞥すると、王を無視して、祭壇の中央へと剣を構えながら突進し始めた。
「問答無用かよ!」
剣を降り下ろす女性魔族に対し、剣は聖炎と聖嵐、二本の聖剣を念動魔法で操り、X字に重ねて盾にしようと備え……女性魔族の剣を目にした瞬間、四本の聖剣による米字防御へと咄嗟に切り替えた。
女性魔族が持っていた剣。それは……〝無銘の聖剣〟以上の強靭な耐性を持つ、魔王の剣であった。
「お前……ガルミアなのか?」
女性魔族は四本の聖剣と鍔迫り合いをしながら、兜の奥の瞳を見開いたのであった。
最後、孫?それとも姪?の登場でした。
描写しての通り、ガルミアはリーイース王国に対してテロってます。その辺りの事情は次回以降にて……
次回サブタイトルは【脱出】……な予定。




