119話目 逆襲
チートし過ぎました。
「うああぁぁぁ!!」
肺から全ての空気を絞り出すように、腹の底から吐き出すように雄叫びを上げ、剣は自身を支えるように掴んでいた、ヴェルティエの心臓に突き刺さっていた、かつての自分自身――無銘の聖剣を抜き放った。刀身に纏わりついていた鮮血が飛沫となって舞い散った。
剣を引き抜かれたヴェルティエの心臓からは、血が尾を引くように噴き出したが、それは一瞬の事。剣が抜かれて生じた隙間は、紅く染まった氷晶によって新たに封じられ閉ざされた。
「ど、どういう事だ?何故だ?あの者は……何故、氷晶柩牢が……破壊されるどころか、修復されるのだ!?」
ネウグルが有り得ない事態に戦いた。氷晶柩牢は術者本人にしか解除不能であり、物理・魔法どちらの手段であっても、氷晶に封印された対象にまで破壊が及んだ場合には、氷晶ごと対象が砕け散ってしまうのである。
「……簡単な理由だ。貴様はこの氷晶柩牢をヴェルティエが遅延発動させたと思っていたのだろうが……術者は私だった。単に、それだけの事だ」
「馬鹿な……あの場に、ヴェルティエ以外に高等封印魔法が可能な者がいた筈が……?」
「いた。無念だったよ……私に本来の力があれば、貴様ごときに何も奪わせはしなかった……」
剣は頭上に折れた剣を掲げると、そこに魔力を集中させた。折れた剣の皹から溢れる程の光が漏れだした。さながら、超新星爆発のような輝きを生み出し……
「「はあああっ!」」
剣と無銘の聖剣、二人が気合を込めて魔力を高め、折れた剣の内部で炸裂させた。剣は木端微塵に砕け散り、淡い黄色の燐光を放つ粒子となって剣の周囲を漂い、その身体に刻まれた数多の傷口に集まると吸い込まれるように消えて行き、燐光が完全に消失すると、剣の全身の傷口は塞がり、垂れ流されていた出血も止まっていた。
そして、血と入れ替わりに溢れ出したのは、膨大な魔力。
『な!?主様、一体どうなっているのですか?容量、回復量、放出量……全てが先程迄と比べ物に……五倍?いえ、十倍?も……もっと!?あはは……測定不能です~』
ヒナが正確に測りきれない程に、剣の魔力は膨れあがっていた。その魔力が、殺意と敵意を織り混ぜて、リーイース王とネウグル、騎士達へと強烈なプレッシャーとなって襲い掛かる!
ネウグルと騎士達はその場に立ち竦み、リーイース王に至っては、「ひぎいっ!?」と悲鳴を上げて尻餅をつく始末であった。
「ネ……ネウグル!あれは、何なのだ!お前は……何を召喚したのだ!?」
「わ……解りません……この魔力量、勇者に匹敵しているのです……勇者でも、魔王でもなく……?まさか、第三特異点なのか?」
特異点とは、エルヴィアスにて相対している二柱の神に、各々最高の祝福を与えられた存在、勇者と魔王の事である。しかし、ヒト以外に、勇者や魔王と対等以上な魔力を有する個体が存在していたとする文献や伝説も、少ないながら遺されているのである。
「第三特異点ねぇ……正直、ナニソレ?としか言いようが無いな。だが、一つ確実に言える事は……我が娘の幸せな日々を奪い、死に追いやった罪……神が赦すとするならば、その神もろともに貴様らを滅亡させるのみ!」
剣の怒号が放たれた刹那、四騎士の身体が宙に浮かび上がった。それは、風属性魔法でなければ重力魔法によるものでもなく、彼等にとって得体のしれない力によるもの。まるで、巨大な透明の腕に掴まれているような感覚に、屈強な騎士である筈の彼等が、恥も外聞もなく取り乱すしかなかった。
「なんで、なんで身体が動かないんだよぉ!」
「痛い!締め付け……られてるぅ!?」
「や、やめっ!肩が、千切れる!」
「た、助けて!助けて誰かぁ!」
だが、誰も助けないし、助けられない。宙に浮いた四騎士の身体は、筋肉が螺切られ。関節が在らぬ方向へ曲がり。骨が潰され。全身から血を巻き散らかすと……リーイース王とネウグルの眼前に落下させられた。そして、宙には四騎士の剣である四振りの〝聖遺八輝剣〟だけが残っていた。
四騎士は辛うじて息があるのか、身体をピクピクと痙攣させていた。それが死んでいるよりも余計に恐怖を煽る。
リーイース王達だけでなく、それは姉妹達にもであった。
「い……今の、何?兄さんが、やったの?てゆうか……本当に、兄さん……なの?」
特に、小町が脅えきっていた。ほんのつい先程迄、剣の方が追い詰められて瀕死だったのだから、やらなければやられる……頭では、理屈ではそれを理解出来ていても、現実に自身の眼で直視したそれは、あまりにも凄惨だった。それを、自分の兄がやっている事が、信じられず、受け入れるには小町の精神はまだ幼かった。
剣は小町に何も言わず、敵へと向けて歩み出した。
そして、実鳥を抱き締めながら呆然と剣を見上げていた遥の頭を優しく撫でると、実鳥の顔を優しく、哀しそうに見詰め、背を向けた。
「いきなりチートなパワーアップ。流石はボクの兄様なのです!」
「容赦無しなお兄ちゃん、最高」
「駄王とクズ爺、私達の分も後悔させて」
桜、翼、希に笑顔で背中を後押しされると、剣は涙で腫れた顔でムスッとしている梓と向き合った。
「……説明、後でちゃんとしてよね?どんな理由があっても……私は絶対けんちゃんの味方なんだから……そこんとこ疑ったりしないでよね!」
「……こんな、おかしな事になってるってのに……梓はやっぱり、梓なんだなぁ……ああ、落ち着いたら、全部……な」
初めて魔法を使う姿を見せ、平然と人を傷付け殺す姿を見ても変わらない梓の態度に、剣は心底敵わないと思い知らされていた。本当に、何処まで自分の言葉や態度を疑わないでくれていたのかと……
「ん、宜しい!それじゃ、ヒナみんも頑張ってね!」
「んなっ!?」
『あ~……スミマセン主様、バフォメットさんと戦った後に、ソッコーでバレてました~……てへ☆』
……梓の方が、余程隠し事をしているのでは?益々、梓に敵わないと思い知らされた剣であった。
最後に、燕を抱き締めた光が剣に声を掛けた。
「状況が状況だから、ここで五月蝿くは言わないけど、後でお説教ですからね!それと……ごめんね……ありがとう。ちゃんと、見てるから……」
「姉さん……俺こそ、ありがとう」
(こんな化け物を、まだ弟として見てくれて……)
光の胸に顔を埋めている燕を撫でようとして、剣は躊躇いを覚えた。小町のように脅えられたら……実は、覚悟はしていたのだが、かなり精神的にダメージを負っていたのである。この上燕に迄と思うと……やむ無く手を戻そうとすると、突然燕が振り向いて、
「にーたん!わるものやっつけて!にーたんは……ばめと、ねーたんたちのひーろーだから!」
「……ああ!任せておけ!」
剣は燕の頭をわしゃわしゃ撫でると、直ぐに背中を向けた。ヒーローは、女の子に、ましてや妹に涙を見せる訳にはいかないのである!
上空で静止していた四つの剣が、主に付き従うように剣の背後に横並びに浮かぶ。正面から見れば、それはさながら刃の翼。しかし、その翼は敵対する者に一切の慈悲を与はしない、身体と精神と命を切り刻む、怒れる剣鬼の刃翼である。
「さあ、抗ってみせろよネウグル。リーイース王。ヴェルティエと姉妹達が味あわされた絶望を、万倍返しにしてやるから……楽に死ぬなよ?」
剣がヒナの切っ先を二人に向けると、浮かんでいた四本の剣が、意思を持っているかのように空を裂いて飛翔し、襲い掛かった。ネウグルは手にした杖で辛くも防ぐが、王は成す術もなく右肩を聖炎の剣に、左肩を聖氷の剣に貫かれ、地に縫いつけられていた。
「ひ、ひぎゃあぁぁ!いだいっ!し、死ぬぅ!ネウグル!余を守らぬかぁ~!」
痛みに泣き喚き、ネウグルに助けを求める王であったが、ネウグルとてそれどころではない!リーイース最高位の魔法使いといえど、王に倍近い年齢の老人である。縦横無尽に宙を舞い踊る二本の剣を相手に、我が身を守るだけで精一杯であった。
「お……おのれ!何なのだ、この魔法は!?風で操作している訳でも、重力場が発生している様子も無い……ぐぅっ!なのに、何故こうも正確な動きが……?」
「知りたいか?ソレは、念動魔法だ。念じるだけで、人でも物でも自在に動かせる。しかも、魔力が力場に変換されて、魔力感知に反応しない。魔法頼りの魔法使い相手には、初見殺しの必殺魔法さ」
そう、魔王ですらである。十九年前、魔王ガルザートの虚を突いた魔法こそ、この念動魔法なのであった。
「念……動?馬鹿な……如何なる古文書、伝承にも、そんな魔法など……人の……領分を越えている……貴様、何者か……?」
「まだ解らないか?ま……解る筈もないか。冥土の土産に教えてやるよネウグル。お前が犯した大失敗を。我は〝無銘の聖剣〟永き年月の果てに意思を宿した剣なり。魔王ガルザートとの戦いを経て、異世界に転生し人の身を得た魂の片割れと、奇跡的に合一を果たしたのだ。お前の……しくじりでな」
「ま……まさか!?〝無銘の聖剣〟に、心が……感情があっただと?それでは、氷晶柩牢も……」
「そうだ。私が術者だ。残念だったな、お前はヴェルティエが術者だと思い込みをしていたようだからな。ヴェルティエの転成体に氷晶柩牢を解除させようと目論んでいたのだろうが……それは見事な見当違いだった訳だ。もし、その計画を実効していたら、ヴェルティエの遺体は氷のように砕け散ってしまっただろうな……つまり、とっくに破綻していたんだよ、お前は」
「う……あ……おあぁぁぁ~~~…………」
ネウグルは、自分の何もかもが、自分の手の届かない存在に否定されたように感じられ、リーイース王国で魔法使いの頂点の地位にあると自負していた誇りと自尊心を、完膚無きまでに打ちのめされ、涙に鼻水、唾液を撒き散らしてガムシャラに杖を振り回し始めた。
「……これだから、無駄にプライドの高い奴は脆くて駄目だな。気がふれちまったみたいだし……もう、いいや、つまんね」
剣はリーイース王に突き刺さっている聖氷の剣を手元に引き寄せ、代わりに聖嵐の剣を王の左肩に突き刺した。傷口が十字になるようにして。
新たな傷と痛みに喘ぐリーイース王を無視して、剣は手にした聖氷の剣と、ネウグルの頭上高くに待機させた聖波の剣に魔力を注ぎ始めた。
「各属性に特化した劣化版とはいえ、これはこれで便利だな。それに、元々自分の身体だった素材を使用しているからか動かしやすい。礼は言わないが、誉めてやるよ」
次の瞬間。聖波の剣から水流が瀑布のように落下すると、聖氷の剣から発生した極天の冷気が一瞬でそれを凍てつかせた。
隙間無く全身を氷で固められたネウグルは一切の抵抗を封じられ、物言わぬ骸と成り果てたのであった。
「さてと……王様はどうしてやろうかな?」
祭壇から吹き飛ばされ戻って来ない兵士達。満身創痍で倒れ伏す血塗れの騎士達。絶望に歪んだ表情で氷の墓標に永眠するネウグル。両肩を剣で貫かれたリーイース王は床に貼り付けられたまま、誰にも守って貰えず逃げだす事も叶わない……
そこに近付くは、人族最大の脅威である魔王をも屠った、魔王殺しの聖剣。
リーイース王は既に理解していた。彼の者がその気になれば、その瞬間に自分の命が吹き消されると。この一瞬生きているのは、どんな方法で殺すかを思案しているに過ぎないだけなのであると……
「懺悔は済んだか?ま、許してくれんのは神様だけだろうがな」
リーイース王の首筋に、二振りの聖剣の切っ先が添えられた。
取り敢えず、ネウグルは完全に死んでます。復活の予定もありません。
王様も綺麗さっぱり殺りたいところですが……次回に引きます!
念動魔法をはじめ、剣さんの取り戻した能力とか、融合してどんな状態になってるのかとか、それも次回以降でちまちま開示します。
次回サブタイトルは【邂逅】です。




