116話目 死闘
今日も、間に合った……
明日で連休お仕舞い。更新ペースが戻る……
「な……何なの?兄さん……どうして、訳が解らないよ……」
知らない言語で、どう見ても日本人とは思えない容姿の不振人物達に対して怒りを露にする兄。
まるで、物語みたいに一瞬で知らない場所に連れ去られ、水晶みたいな物体に覆われている無残な死体を目にし、槍と鎧で武装した兵士に取り囲まれ……漸く話が通じそうな人が現れたと思ったら、不自然な突風で兵士が吹き飛ばされて、実の兄まで知らない言葉で話はじめて……かつてない怒気を発している。
小町は困惑と恐怖から心を取り繕えず、恥も外聞もなく涙を隠すことなく流していた。
そんな小町を、梓は何があっても護ると意志を込めるように、力一杯で抱き締めた。
「大丈夫だよ、こまたん。信じて、けんちゃんを」
「わ、わかんないよ!あんな兄さん、見たことない……何がどうなってるかも、全然!梓姉さんは、不安じゃ……」
八つ当たり染みた喚きをぶつけながら、小町は梓も震えている事に気付いた。梓もまた、理解の追い付かない恐怖と戦っていた。それでも……揺るがず信じられる人がいて、絶対に護らなければいけない人がいるから、梓は恐怖に負けずに戦っている!
「桜!コレを!」
剣が一纏めにしたアクセサリーを桜に放り投げ、桜は一つも落とす事なく、確かに受け取った。
「赤い石を壊して捨てろ!それで害なく使える!」
「了解であります!」
剣の指示に迷う事なく、桜は兵士が落とした槍を拾って、アクセサリーから従属の魔法が付与されている赤い鉱石を取り外しに掛かった。
「桜、私にも。分担した方が速い」
「その作業は二人に任せる。その間、私が二人を護る」
翼が桜から半分のアクセサリーを受け取り、希も槍を手にして二人を背中に庇う。剣と前世の情報をある程度共有していた三人は、こんな事も有り得る事だと想定していたので、何をすべきか迷わない!
光は、剣がどうしてリーイース王国を名のる集団に対して敵対的なのか、そして、ネウグルがまるで剣が魔法を使ったような口振りであることに戸惑っていた。
「剣は……ここが、何なのか知っているの?貴方が、原因なの?」
「……済まない姉さん。その話は後だ。ただ……奴等は敵だ。それだけは、疑わないでくれ」
それだけ言うと、剣は懐からヒナを取り出し、鞘から引き抜いた。
(ヒナ、悪いがお前の恐怖症に気遣いしてやる余裕が無い。喚きたければ存分に泣き喚いてくれ。文句は、生き延びた後で聞いてやる)
『主様……あの四騎士の力は……いえ、私、精一杯堪えますから!御武運を!』
(ああ、行くぞ!)
剣の怒声を警戒して、四騎士はリーイース王の護衛に努め、王を囲むような陣形で構えていた。四人とも大盾を持ち、各々ハルバート・ハンマー・フレイル・ロッドで武装し、それとは別に、四人とも腰に剣を帯びている。鎧で武装した兵士を軽々と吹き飛ばした風属性魔法を、王を守りながら耐えきるだけの魔法防御力を騎士達は有している。故に、生半可な遠距離攻撃は魔力を消耗するだけだと剣は判断した。
「なら、魔法で直接攻撃しなければ、どうだ!」
剣は待ち構える四騎士に斬りかかろうと突撃し、その寸前で急停止すると、床を殴り付けて地属性魔法を発動させた。床の石材が急激に変形して隆起し、足下から騎士達と王に襲い掛かる!真下からの攻撃に、大盾は全く意味を成さない!
「ぬおっ!?溜め無しの無詠唱魔法でこの威力だと!?」
「王よ!失礼致します!」
四騎士は大盾を手離し尖岩を回避した。ロッドの騎士が逃げ遅れそうになった王を抱え、最も遠くまで跳躍した。
瞬時に盾を捨てる判断をした騎士達に、剣は舌を巻いた。判断力と決断力が共に速い。とても優れた騎士であると。だが、この初撃でハッキリした。王は、お荷物だと。
「な……なんなのだあの若造は!?さっさと仕止めよ!」
喚き散らす王の命令を遵守し、ロッドを除く三騎士が一斉に剣に襲い掛かる。三人とも、剣と同等の身体強化魔法を行使しながら。
「ちっ!厄介な!」
疾風怒濤の連携で剣を攻める三騎士。しかし、剣はその三騎士の攻撃を、掠り傷程度で捌きながら反撃し、着実にダメージを与えていた。しかも、時折ネウグルとロッドへの下級魔法による威嚇砲撃もこなしつつだ。
「くそっ!コイツの反応速度は我等以上か!?」
「あんな小さなナイフで、どうしてハンマーを受け流せる!?」
「動きに無駄が無さ過ぎます!この若さで、どれだけの戦闘経験を……」
ハルバートの薙ぎ払いを身体を捻らせ翻し、ハンマーの叩き潰しを小刀の峰で受けて軌道を反らし、フレイルの鉄球を踵で蹴り落とす。ほんの僅かにタイミングがズレるだけで致命傷となるような戦い方を剣はしていた。それを可能としているのは、剣の圧倒的な戦闘経験値と、ヒナの感知能力。妖刀〝緋波〟の特性とヒイロガネの驚異的な強靭さ。圧倒しているように見えながら、どれか一つ欠けるだけでも、剣は互角にすら戦えていなかった。それほどに騎士達の実力は高く、剣にとって厄介なのは騎士達の装備品であった。
(くそっ!魔法防御力が高過ぎる!それに、奴等の持ってるあの剣……嫌な予感しかしねえ!)
騎士達が抜かずにいる剣。超近接戦でありながら、三人とも小回りの利く剣ではなく重量級の武器を使っている事実に、剣は違和感を、そして確信を抱いていた。三騎士にとって手にしている武器が得意武器であったとしても、一人も剣に持ち代えないのは妙だ。抜かないのには何か事情が有るのではないか?抜かない以上、明らかに余力を残している筈だと。
剣は、騎士達に剣を抜かせる前に決着を着けてしまいたかった。全力で魔法を放てば、それは無理ではないと思えていたが、この場を切り抜けるだけでは意味がない。姉妹達の安全を確保するまで、体力と魔力を使い果たしてはならないからだ。
増援が来る可能性もある。不本意ではあるが、この場ではリーイース王を人質にとるのがベストな行動だと、全員で生き延びる唯一の手段だと、そんな結論に至っていたのだった。ブチギレしても、姉妹の安全を優先する事を忘れない辺り、剣はやはり剣なのであった。
「ええいっ!何をしておるか!……ネウグル!さっさと転生体を特定せよ!他の小娘は殺すなり捕らえるなりして、賊の戦意を挫いてやれ!」
騎士達が剣を倒せない事に業を煮やし、リーイース王は非道な命令を下した。問答無用で強制拉致した相手を賊と呼んだり、女子供を殺害・人質にする命令を王が直接命じる辺り、この国は権力と身分による支配が絶対であるらしい。
既に赤い鉱石を除去されたアクセサリーを装着していた姉妹達の何人かには、それが正しく日本語で伝わっていた。
「何て……前時代的な世界なの……剣は、それが解って……」
人間の、地球人の常識を逸脱した身体能力で死闘を繰り広げている剣に対して、まだ片付かない疑問は残っている。しかし、致命傷にはならずとも、無数の細かな傷を刻まれ、血を滲ませて必死に闘う姿を見れば、何の為にそうしているかを疑う余地はなかった。
「陛下!判りました!判りましたぞ!獣の娘……〝裏切りの勇者〟ヴェルティエは……あの娘!蹲り、気を失っている娘です!かなり魔力総量が減少しておりますが……間違いなく生前の魔力波動と完全に一致しております!」
ネウグルの報告に王がニヤリと口を歪め、ヴェルティエの名を知っていた翼達は動揺を隠せずに、遥に抱き締められている実鳥へと振り返った。
「奴等の狙いは……みどりん」
「奪わせない、絶対に……」
「光姉様!梓姉様!小町たま!実鳥たまを中心に集合を!奴等は実鳥たまを殺せません!高威力の攻撃が使えなくなる筈であります!」
驚愕の事実に戸惑う気持ちを抑えつつ、三人は即座に判断し行動に移した。姉妹の中でも、特に普段緊張感が無い三人の油断の無い振る舞いに、自身が判断すら覚束ない状態であることに、光は忸怩たる思いであった。
「……悩んでる場合じゃない……なのに、なんで私は……剣にばかり背負わせて……」
燕を抱き締め、遥と実鳥を背で庇うように、光は立ちはだかる。死闘に参戦は出来ずとも、心は決して屈しはしないと、決意を込めた瞳は、襲い来る敵から反らすまいと見据えるのであった……
「こまたん!どりりんを守るよ!今は、それだけ考えて!」
「梓姉さん……うんっ!うんっ!」
梓はずっと、小町を励まし続けていた。桜達程詳しい事情は知らなくとも、梓は誰よりも剣を信じ、愛している。この理不尽で非現実的な状況に剣が無関係ではなくとも、それを剣が望んでいた訳ではないと絶対の確信を持っていた。だから、梓の剣に対する信頼は少しも揺らぎはしなかった。だから、誰よりも怯えて混乱しかけていた小町に、剣への不信感を膨らませないように、姉として不安を膨らませないように、決して手を離さず、宥め続けていたのであった。
小町は梓に抱き締められている内に、桜達が一切の迷いも見せず行動を起こしている姿を見て、落ち着きを取り戻しながら、これが現実であることに納得しつつあった。そして、かつて桜にした質問の答えが、不真面目か誤魔化しだと思っていた「異世界召喚に備えて」が、本気で真実だったのだと思い出し、マトモに受け止めていなかった事を後悔しつつあった……
「……フン、言葉が通じるようになりながら、命乞いもせぬか……それに、揃いも揃って気丈な娘か……気に入らぬ。小僧ではなく、先に娘どもの心を折った方が面白いか……我が騎士達よ、勅命である抜剣せよ!」
王から抜剣命令が告げられると、騎士達は一瞬目を見開き、三騎士はその場で手にしていた武器を放り投げ跳躍すると、ロッドも含め等距離で、半月状に剣を包囲する立ち位置へと降り立った。
そして、四騎士は鞘に納められた剣の柄に手を掛け、ゆっくりと剣を、抜いた。そして、剣に魔力を込め始めると……
『あ、あわわ……騎士達の剣から発せられる霊力……四人とも主様の全力よりも……二割から五割増し……まだ、増幅……』
「マジかよ……あの剣全部、伝説級の名剣かよ……ヤバイな、抜かせる前に終わらせられなかったのは、ミステイクだ……」
地球とは、個々の人間のレベルが違い過ぎた。剣と同等の身体強化魔法を使える敵が複数いた時点で、魔力を節約して戦わなければならない状況となった時点で、追い込まれるのは必至だったのである……
「だからって、最後まで足掻くんだがな……」
今現在のリーイース王国の現状を剣は知らない。しかし、王が多くの兵士と、四人の騎士を伴っているのは、物々しい、何かを警戒しているように剣には思えた。それでありながら、召喚された剣達には油断しきっていた矛盾。つまり、四騎士や兵士達は、他の何かに備えての戦力の可能性……剣達にとっての敵の敵が襲撃してくる可能性もあるのでは?その、可能性とも言えない偶然に期待してはいる訳ではないが……最後の最後まで姉妹全員と助かる未来を諦めずに、足掻く、そう決めていたのだ。それに……諦めて降参して命乞いをするには、あまりに腹立たしい相手であった。
覚悟を決めたように魔法障壁を展開する剣に、四騎士の中でも年長の、ハルバートが口を開いた。
「潔いな、少年。正直、一対一の決闘であれば、我等の誰も勝てなかったであろうな。その若さで驚異的な戦力だ。とても惜しいが、勅命である。この剣を抜いた以上、手加減は出来ん」
「へっ……そりゃ御丁寧にドーモ。……姉妹を巻き込みたくねーんだ。外すんじゃねーぞ?」
「この状況で強がるとはな……その意気を称え、手向けに教えてやろう。我等が持つこの剣は〝聖遺八輝剣〟と呼ばれている。これはその一の剣。聖炎の剣。かつて〝無銘の聖剣〟と呼ばれたエルヴィアス最強の剣の欠片によって鍛えられし名剣である」
「オイオイ、マジかよ……」
「同じく、聖嵐の剣」
「同じく、聖波の剣」
「同じく、聖氷の剣」
かつての、自分の力を宿した刃が牙を剥く。火炎・風刃・水流・氷雪……四属性の高等魔法が、一斉に剣を襲った。
次回サブタイトル【追憶】




