第9話 水聖の少女
小川とは言えないだろうな、川幅は3、4メートルくらいはあるだろうか。軽く飛び越える……には難しそうだ。水深は、どうだろう……俺の膝が浸かるくらいかな。
とにもかくにも、とてもきれいな水が流れている。そこそこの水量が流れているが、透明度が高く川底が肉眼ではっきり見える。だが、透明度が高いからと言って、飲料に適しているわけではないとか、地下からの湧き水以外を飲む場合は、必ずろ過と煮沸が必要だとか、聞いたことがある。
頭の中でろ過の仕方とか、煮沸するための道具の確認とかしていた俺は……気づけば川の中に顔を突っ込んでいた。
「うんめぇ~! ぐはぁー! 生き返るわーー」
薄いワインのようなものはあったが、実は必要最低限しか飲んでいなかった。なぜなら……まずい! それにかなり体を動かしているので、普通に水をがぶ飲みしたかった。そして気づくとさらに俺は……
『……冷たい……でも今はその冷たさが気持ちいい……』
全裸になって川に横たわっていた。息を止めて全身を川に沈める。ただ、少し顔を上げれば息ができるので、しばらくの間、俺は川に横たわっていた。
何だろう……本当に気持ちいい。羊水に包まれた胎児はこんな気分なのだろうか……体もないことを考えながら横たわり続けていると、身が清められ、何なら疲労や怪我も回復してきている気がした。それどころか身体の中にまで川の水が浸透し、血液のように身体中をめぐっている錯覚に陥る。細胞一つ一つが活性化され、元気が体中にみなぎる。
いや、元気が漲りすぎだ……気づけば俺の聖剣が……天に向けて直立し……う、噓でしょ……そんなぁ、水の流れで感じてなんて……どんだけ変態なの、おれ……は、恥ずかしい…………恥ずかしくて下を向けない……
「で、でも、ちょっ……き、気持ち良すぎ……あっ、ああ……」
いや、これおかしい……この気持ちよさって……
俺は、おそるおそる下を向く……
「なっ!!! ………何やって……」
少女がいた……美少女がいた……美少女なんだが……
『……これ、水が形作ってる……?』
透明だ……少女の向こう側に空が見える……だが、その顔立ち、スタイル、どれをとっても類まれな美少女を形作っている。その美少女が”ニコリ”と微笑み、再びその小さな口を開け、俺の……
「…あっ…ああ、あうぅ……きもちい……」
驚愕と気持ちよさが相まって、俺は身動きがとれない……いや、正直言うと……とりたくない……
ザバァーン……
少女は川から立ち上がり、その全身があらわになる。少女らしい細身の、それでいて成長も感じさせる美しいボディラインに目を奪われる。しかも、太陽の光を浴びてその身体が光り輝いているように見える。性的な美しさを感じるとともに、なにか神々しい美しさも感じる……
少女が立ち上がると同時に、川の水量も減っていた。溺れる心配はなくなったのだが……
『綺麗な翠緑の瞳だ……好きだなぁ——だから……あげる——』
その少女が美しい笑みを浮かべたまま、俺にまたがる。
……ぷつりっ…………
何か薄い皮膜を破る感覚を味わい、俺は……全てを吐き出し、意識を失った……
◇
どれくらい気を失っていたのか……数日のような気もするし、でも実際は数分かもしれない。若い頃特有の、気怠さの中にも清々しい充実感を感じていた俺は、まだ川に全裸で横たわっていた。日はまだ傾いてもおらず、寒くはないがさすがにこのままではまずいだろう。
川から立ち上がり、鉄馬車にあったタオルのような布を取り出し、全身を拭く。あらためて自分の身体を確認してみるが、程よく引き締まり、あまり日焼けもしていない、白くて、男なのに奇麗な体をしている。しかも、先程受けた切り傷は塞がり、打ち身や打撲などの痛みも引いている。
俺は服を着て、川べりに腰を下ろす。川の流れを、ぼぅっと眺め、先程の余韻にひた……さっきのことを思い出す。
「……なんだったんだろう、身体の隅々まで浸透してくるあの感じ……今まで感じたことのない程の……」
気持ちよさだった……できればもう一度………という邪念が浮かぶも、目の前の川からは先程までの神々しさは感じられない。いや、見た目は変わらずきれいな清流なのだが。
「……たぶん、もうあの娘はいないのだろうな」
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