第45話 準備
「さて、お前が1億以上の価値があると見込んだ男の”結果”を教えてもらえるかな?」
コリウス・ライノは質素だが品の良い調度品に囲まれた部屋を再度訪れていた。
「……………………」
「おい、リュシア」
「…………嘘つき」
「……ん?」
「……”おじさん”買うって言ったのに……」
「ま、まぁ、確かにここではそう言っていたが……」
「なんで! 絶世の美女の私じゃなくて! 冴えないしょうもないおじさんじゃなくて! どうして怪我している少女を買っていくのよ!! そういう趣味な……どういう趣味なの!? 絶世の美女よりも冴えないおじさんが好きで! その冴えないおじさんよりも怪我した少女が好きって! どういう世界線なのよ!? うきーーー!!」
『常世の姫』と呼ばれる稀代の美しさを誇り、帝室もかくやと思わせる品と威厳を備える絶世の美女が、手足をばたつかせて幼女のように暴れている。
「でも、ま、いっか! 買われたのミリィちゃんなんでしょ?」
多少暴れて満足したのか、一変してリュシアはうれしそうな表情を浮かべた。
「ああ、そうだ。かつてのお前の助言もあり、何とか治療をと思っていたが……紫紺級の輝き、だったか?」
「はい。ミリィ・ラスティアはアメジストのような美しい輝きを放つ『魂石』の持ち主です。『職』も『スキル』もいくつか適性がありました。そして、私にわからない力も。おそらく、『聖霊族』に関係する力が……ユキア様には、一体ミリィちゃんの何が見えたんでしょう? うーん、ほんとあの方には興味が尽きません。絶対ものにしてやる……」
リュシアが鼻息荒く目を輝かせている姿を、若干引き気味に見ていたコリウスは最初の質問を繰り返した。
「それで? ユキア・ベオルークの魂は?」
リュシアはその美貌に妖艶な笑みを浮かべ、流し目気味にコリウスを見る。この『常世の姫』に微笑みかけられるためだけに、男たちは大金をつぎ込む。
「……ユキア様の魂、魂石の輝きは、『脈打つ翠緑」
「――――なっ! そ、それほど……」
「しかし、何かしら直接魂に制約がかけられているような気がします。私では測りきれませんでした」
「……本神殿の高位神官並みの力を持つ、お前の【魂鑑定】をもってしてもか……」
「そして、ミリィちゃんにも感じた、おそらく『聖霊族』の力をすごく感じました」
「水聖の魔女の直弟子だからな。それは十分あるだろう。それにしても……」
コリウスは窓の外へと視線を移した。自然とその視線は冒険者ギルドの方を向いていた。
『この歳になって、これほどまでに面白い人物に出会うとは……ふふ』
「すっごく楽しそうですよ、コリウス会頭」
◇
翌日、俺は朝からルーシェさんに野営に関する道具を揃えている店を教えてもらった。「……お泊りするの? 誰と??」とジト目で俺を見つめてくる。
「いや、お泊りって。念のためにですよ、念のため」
まだミリィのことは誰にも言えていない。もちろん、ルーシェさんには一番に伝えるつもりだが、何と言うかタイミングが……
「外の夜は暗くて怖いからって、知らない男の人にホイホイついて……」
「いきませんよっ!」
いつも通りのやり取りを終えて、俺はギルド職員の打合せスペースから出てくる。通常、冒険者がたむろする待合スペース兼酒場には、依頼の取得を失敗した、おそらく低級の冒険者たちが数組、酒を飲んで管を巻いていた。魔獣狩りにでも行けばいいのに。
「ケッ……F級風情が専属持ちか!」
「あの顔だ、どうせどこでも腰振って……ケツ出したり、咥えたりしてんだろっ」
「ああ、俺もあの顔にはぶっかけたいぜ! はっはっ」
一組の冒険者たちが、俺に聞こえるか聞こえないかくらいの声で、ニヤニヤこちらを見てくる。まぁ、どこにでも、どの世界にでもいるんだよなぁ~、こういう輩。動画に収めて見せてやりたいぜ、自分たちがどれだけダサいかを……
まぁでも、まだいい方だ。俺の”徹底した良質な冒険者に媚びる戦略”が功を奏し、彼らの善良なフォローを受けているため、直接的な被害はない。一度だけ、しつこく俺に絡んできたD級の奴がいたが、『紅蓮』のリズさんがその場に居合わせ、文字通り血祭りにしてくれた。そのあとめっちゃギルマスに怒られたが。ま、傷は治癒術師のミリアさんに直してもらったし、結果オーライです。
特にそれ以降は、陰口たたかれるくらいだ。気持ちの良いものじゃもちろんないが、俺は大人だからな。
「はっ、どうせ講習だって水聖のババアの脚でも喜んで舐めてたんだ…ろっ…」
俺は大人だからな。アンガーマネージメントもできている。いちいちムカつくことに反応してたらビジネスなんてやってられないさ。だから”スルーすること”の大切さを知っているのさ。逆にもちろん、”行くべき時”もよく知っているけどな……今とか
気づけば俺はそいつの髪の毛を左手で鷲掴みにし、右手の親指をそいつの眼球に当てていた。
「ミレイさんの脚なら喜んで舐めるさ。いや、むしろこちらからお願いして舐めさせて欲しいくらいだ……それはいい、それはいいんだが……お前、いま、水聖の……何て言った??」
「――ひ、ひぃっ……な、て、てめ、何して」
「答えろ、答えなければ片目をつぶす……正直に答えたら……両眼をつぶすっ!!!」
「ひ、ひぃぃぃぃぃ!!」
「ま、まーて、まてまて! ユキア! そこまでだっ!!」
「……ウーガさん」
殺気を帯びた俺の視線の先には、D級冒険者のウーガさんがいた。ウーガさんは最近このルーベリスにやってきた冒険者だ。ルーベの森を主戦場にしており、時折、森で会うこともあるし、ギルドでも俺によく話しかけてくる。
「まぁ待て、ユキア。今は迷宮が大変な時期で、上の連中も手が足りてないんだろ? そんな時に騒動を起こすな~。それにお前たちも、このルーベリスでユキアに手を出しちゃ生きていけないんだろ?? 最近来た俺でも知ってるぞ」
「お、おれたちは何もしちゃいないだろ!」
「あぁぁ!?」
「ひぃっ」
「ああもういいから! お前ら仕事いけっ」
「く、くそっ、お、覚えてろよー!」
「逃すかボケッ!!」
追いかけようとしたら、ウーガさんに抱き留められた。
「今追いかけちゃ、俺が出てきた意味ないだろー!」
◇
ギルドの酒場で冷たい水を一杯いただく。くぅー、仕事前の一杯が染みるぜぇ~、水だけど。ま、なんにしても、「ウーガさん、ありがとうございました」と頭を下げる。
「いや、いいってことよ。しっかしお前も、『水聖の魔女』さんのこととなると……熱いな!」
「ええ、恩師ですから」
「……そうか。んで、今日もルーベの森に行くのか?」
今日は野営の道具を見て回ることを伝える。するとウーガさんは少し驚いたような表情……というより、なんだ?
「そ、そうか。じゃあ、明日から泊りか??」
「まだ、分かりませんけど。そうなってもいいように準備だけはと思って」
「そうだな、準備は大事だ! じゃあ、俺もいろいろと準備あっから。また森で会うかもな!」
そう言ってウーガさんは仲間のもとへと去っていった。
……さ、気を取り直して、野営の道具を揃えなきゃ。そして明日はミリィを迎えに行って、しばらくは森で!
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