第42話 病棟
「お身体の方は大丈夫ですか? 健康面で最近気になることは?」
「え? いや、特には……そうですね、夜寝る前に少しせき込むことはありますが」
「そうですか。あまり無理はなさらず、きつい時は栄養のつくものを食して体を休めてください」
「あ、はぁ、はい」
……何言ってんだ俺! 医者かっ! しかも自由の利かない奴隷に対して勝手に”栄養のつくものを”って……
「……ユキア様、ガーラントに何か、気になるところが??」
「い、いえ、すみません勝手に。あの、自分でもよく分からなくて……あのガーラントさん、話せてよかったです。ありがとうございました!」
なんか、急に恥ずかしくなり、ぺこりとお辞儀をして顔を隠す。勝手に呼びつけて訳分からないことを口走った俺に対しても、ガーラントさんは穏やかな笑みを浮かべて、「いえ、こちらこそ、ありがとうございました」と言って、作業に戻って行った。
「ガーラントの健康には留意しておきましょう。ユキア様が”何か気になった”のなら、本当に何かあるのかもしれませんからな」
なぜかコリウスさんは真面目な表情をして納得してくれた。
「ところで、彼はお気に召したのですかな?」
「はい、とっても! あ、そうだ、お値段の方は?」
「ふふ、お気に召していただき嬉しい限りですが、彼はご覧いただいた通り、人品も卑しからず、鍛冶職人としても相当に優秀です。ゆえに一般奴隷としては最高価格帯の300万バース程となります」
「おっ! たかっ!! ……いけど」
「買えないこともなく、お値段にも納得されているようですな」
はぁ~、見透かされた。そうなんだ、少し話しただけだが、ガーラントさんならそれくらいの値段でも納得してしまう。鍛冶の腕など測りようもないが、あの人柄は信用できるし、何よりライノ商会の価格設定は信用に値する。まぁ、ミレイさんが信用して紹介してくれたんだし。
そして、300万バースという金額。ディック平原に行かなくても、今のペースで魔草採取を中心に活動すれば、ルーベの森でも充分に稼げる金額。まあ、半年はかかるけど。
「まぁ、今すぐに、というわけではありませんが。有力な第一候補です」
本当は、安い奴隷を手に入れて、見せかけの荷物持ち役をやらせるだけのつもりだったけど、やっぱり人柄は大事だ。変な人と一緒にいてもストレスが……それに、俺の『特殊固有スキル』を教えるわけだし。いくら奴隷契約で守秘義務を課したとしても、リスクが高すぎるな。いや、何よりエロい視線送ってくる奴、ウザい!!
と言うわけで、妥協して適当な奴隷を購入するのはやめにしよう。今の俺の生活スタイルだとほぼ一緒に過ごすわけだし、そこでストレスを感じてしまっては意味がない。ガーラントさん購入を目指して、日々魔草採取にでも勤しみますか!!
あ、そうだ、これは一応確認しておこう。
「ところで、一度購入した奴隷は再度売ることはできるのですか?」
「そうですね、結論から言うと出来ます。ただ、一度付けられた奴隷紋は消えることはありませんので、奴隷紋の数が増えるほど、奴隷としての価値が下がります」
なるほど、二度も三度も売られるということは、それ相応の理由がある可能性が高いからな。
「わかりました。今日はありがとうございました。今回のことは参考にさせてもらい、購入の検討を進めてまいります」
「了解いたしました。ユキア様とはこれからも良いお付き合いをさせてもらいたいと思っております。そして、永いお付き合いになるとも思います。また、いつでもお越しください。ガーラント以外にも気に入る者がいるかもしれませんよ」
コリウスさんは、なぜかニマニマとしている。いや、なんでそんなに気にかけてくれるのか……
確かに、300万バースかぁ。もう少し頑張って戦闘奴隷を購入するのもアリかな~。でもなぜかガーラントさん、気になるんだよなぁ~~。
◇
コリウスさんに連れられて、門の方に進む。すると、
————っ! まただ!!
視界が一気に淡い蒼に染まる……そして……目の前には……
「き、君は…………!!」
——『水聖の少女』が立っていた。だが、あの水聖の川で交わった少女よりもかなり幼い。7、8歳くらいの幼女だ。
『水聖の幼女』が一つの建物を指さす。そして、俺の手を取りそちらへ向かう。
「なっ! えっ、ちょっとまって……」
「ユ、ユキア様、どうされました!」
コリウスさんには『水聖の幼女』は見えていないか!
「コ、コリウスさん! あの建物は何ですか? ちょっと見てもいいですか!?」
「あ、あれはお客様にお見せするところでは……!」
会話をしながらも、俺は『水聖の幼女』に引っ張られて建物へと向かう。当然コリウスさんも追ってくるが、建物の前についてしまった。
「す、すみません。ダメならいいんです」
「何か気になるのですな? まぁ、オハラ統括官の直弟子で、リュシアが見込んだ方だ。もう、とことん付き合いましょう」
はぁ~、とあきらめた様子でコリウスさんは説明してくれた。
「こちらは病棟です。病棟でもありますが、もう売り物にならぬ奴隷たちが過ごす終の棲家の一面もあります。誤解のないよう言っておきますが、特段虐待をしているわけでも、扱いが悪いわけでもありません。平民の低所得層程度の暮らしは与えております。食事はもちろん、先の様な【治癒術師】のスキルの修練や【薬師】が作る治療薬の効果を測る治験体として、治療も行っておりますので、貧民街の暮らしに比べれば雲泥の差です」
なるほどね、”有効活用”しているわけだ。まぁ日本の人権団体が聞けばヒステリックに抗議しそうだが、前の世界でさえ、前近代の医学の進歩は人体実験がなければ成立しなかったのは歴史の事実だ。
少し緊張して建物に入る。が、予想していた野戦病院の様な不衛生な環境ではなく、清掃の行き届いた普通の病院みたいだった。ただベッドではなく、病人けが人は地べたにゴザのようなものを引いて寝ていたが。
その間を縫って『水聖の幼女』は、まだ俺の手を引いて奥にどんどん進む。コリウスさんに俺はどんな風に見えてるんだ??
「ユキア様、それ以上奥は、それこそもう治療の施しようもなく、”売る”ことができない者達のエリアにございます」
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