第39話 常夜の姫
戦闘奴隷と言っても、その定義は奴隷商によって様々だ。単に”戦闘を可”としている奴隷から、『戦闘職』を持つ奴隷まで。
ただ、こちらのライノ商会では『【戦闘職】を持つ者、職なしだが【戦闘スキル】を持つ者、職なしスキル無しでもD級以上の元冒険者で【魔闘気】を纏える者』と定義しているらしい。
そしてそのお値段たるや! 500万バース以上、とのこと。特に『職持ち』となると、【剣士】や【戦士】などの初級職でも700万バースは下らない。先ほどの【治癒術師】のように最低でも1000万バース以上の戦闘職もいる。ま、俺には縁のない話かな、少なくとも今現在は。
「次は当館の3階にご案内いたします」
そう言ってコリウスさんはこの商館の3階に誘ってくれたのだが、ものすごく甘ったるい匂いがする。いくつもの部屋があり、廊下も清潔に保たれているのだが、どこか豪華絢爛といった感じがする。
「えーと、ここは……?」
「はい、高級”性奴隷”エリアです」
その廊下の一番奥、他の部屋の扉に比べて質素だが、とても上質な木材で作られたであろう品の良い扉の前に連れていかれた。
「高級性奴隷とはいえ、ユキア様の容姿に比べれば若干見劣りをするものが多ございます。ゆえに、当館が誇る最高級の性奴隷をご紹介いたします」
…………えっ?? なぜ? 頼んでないけど。しかも『当店No.1』って。会社員時代にもNo.1なんて指名したことないのに……まさか、ぼったくりか!?
「あの、性奴隷の購入は考えていないので……」
「いかなる分野においても市場調査は大事ですよ。ユキア様には商いのセンスも感じますので、会って損はないはずです。単純に目の保養にもなりますし」
そして、俺の返事も待たずに扉をコンコン、とノックする。
「リュシア、入るぞ」
窓際に置かれたテーブルでお茶を嗜んでいる20歳前後の女性がいた。
——美しい。美しさの基準は、時代や地域によって変わるものだ。しかし、“普遍的な美しさ”というものが存在することを、彼女を見ると実感させられる。
柔らかな金髪がふわっと肩にかかっており、少し驚いたような瞳は、澄んだ碧色をしていた。そして、白い肌と整った清楚な顔立ちが、ここが奴隷館であることを忘れさせる。
「ユキア様、これが当館が誇る最高級の商品であり、不夜城ルーベリスが誇る当代の『常夜の姫』、リュシア・ベルフォールにございます」
紹介された女性が立ち上がり、優雅に一礼をする。
「お初にお目にかかります。リュシア・ベルフォールにございます。こんなにお美しい方に身請けしていただけるなんて、夢のようでございます」
そう言って、彼女は俺の前に跪き、恭しく俺の左手をとり自らの額に当てる。
「——ええ!? いや、あの……」
やはり、ぼったくりか!? 俺が内心ハラハラしていたら、
「こちらはユキア・ベオルーク様。リュシア、この方に買っていただけるなら、自らをいくらで売る?」
なんともコリウスさんが身も蓋もない言い方で、商売の話をし始めた。
「はい、ユキア様なら金貨10枚もあれば、喜んで」
「————なっ、そこまでか!」
リュシアさんは立ち上がり、なぜかコリウスさんを真正面から見据えている。若干ピリピリした空気が流れる。いかん、このままでは……
「えーと、すみません。今僕は”荷物持ち役のおじさん奴隷を探しに来ているので、リュシアさんを買うというわけには……」
「…………………………………………」
「…………………………………………」
なんか二人が、あり得ないものでも見たかのような表情で俺を見ている。
「…………ぶ、ぶふっ……ぶわっはっはっはっはっは!!!」
会った時から紳士然とした態度を全く崩していなかったコリウスさんが、腹を抱えて大爆笑している。
「—————ひ、ひどいっ! じゃ、じゃあ、金貨5枚、いやもう1枚ならどうですか!?」
美しい顔を真っ赤にしたリュシアさんが、俺に必死に迫ってくる。
「い、いや、ですから、性ど……その、”女性”を買いに来たわけではないので」
とんでもない美人に迫られてドギマギしていると、少しは笑いの収まったコリウスさんが間に入ってくれた。
「……っはっはっは、いや、こんなに笑ったのはいつ以来だろう。リュシア、そこまでにしておきなさい。ユキア様は確かに荷物持ちを探しておいでだ」
「……うぐぅー、なんか悔しい……」
人を圧倒するような美しさを放っていた女性が、ただの少女のように拗ねている。え、めっちゃ可愛い。
「ユキア様、たまにお茶しに来てくれませんか? もっと色々お話して、私のことを知ってほしいのです。そうすれば少しは前向きに考えてもらえるのではないでしょうか!?」
「え? そ、そんな気軽に来ていいところでは……」
「よさないか、リュシア。そんなことをすればユキア様に迷惑が掛かろう」
「……はい。でも、たまに、本当にたまにでいいので会うことは許していただけないでしょうか? それくらいの報酬は頂いていいはずです」
リュシアさんは、先ほどの拗ねた少女の様子からは一変して、独立商人の様な気風で堂々とコリウスさんに交渉し始めた。
「…………さすがにここではまずかろう、せめて私の屋敷にしなさい。ユキア様、いずれ私の屋敷でお食事でもいかがでしょうか? リュシアはこの容姿だけでなく知見も豊かです。他国の事情にも精通しており、彼女との会話はユキア様にも益となることが多いことと思います」
「え? ええ、ぼ、僕でよければ……」
「本当ですかっ!? うれしいっ!」
ふわっと、とてもいい香りが鼻腔をくすぐる。少しだけ今の俺より身長の低いリュシアさんは優しく俺に抱き着き、甘えたように俺の首に顔を埋める。男としての本能が、とろけるような、それでいて、しびれるような快感を全身に伝えてくる。
いや、これ【魅了】でもかけられてんのか!? って、俺には関係ないけど。
リュシアさんのホールドを優しく解いて、彼女に微笑みかける。
「リュシアさんの様な美しい方とまたお会いできるなんて、僕の方こそ嬉しいです。またその時にでもゆっくりお話ししましょう。楽しみにしてます!」
リュシアさんは少し驚いたような、はにかんだような表情を浮かべて「はい」と頷いた。
◇
「いや、驚きましたな……リュシアにあそこまで好意を寄せられて、正気を保てる方がいたとは。主であり、こんな歳になった私ですら、あの魅力には抗い難いというのに……」
2階に向かう途中の廊下で、コリウスさんが誰にともなくつぶやいた。
「いや、あの美しさは尋常じゃないですよ、さすがは『常夜の姫』。ただ、僕はミレイさんを知っているから」
「……え?」
「ん?」
コリウスさんが「なんのこと?」みたいな表情を浮かべている。
え? えぇ?? コ、コリウスさん???
「だって、”ミレイさんを超える美しさ”なんてこの世に存在しないじゃないですか? リュシアさんもそれは超越的な美しさですけど……僕はミレイさんを、頂点を知ってしまったから、まぁ免疫があるというか」
俺は廊下の中央に陣取り、コリウスさんを真正面から見据える。コリウスさんとはまだ出会って間もないが、よくしてもらっており、恩義も感じる。ゆえに、恩義ある人の認識が万が一にも誤っていたら大変だ、すぐに修正しなければならない。うん、これはコリウスさんのためだ。
「あ、少し表現が間違ってました。”この世に存在しない”って、この世だけじゃないですよね。あの世? まぁ、それも含めて並行世界、異世界、次元軸の全く異なる世界、もうとにかく、ありとあらゆる、人が認知し得る、森羅万象、すべてを網羅し万物の根源たる粒子や原子のミクロの世界も! 神々の住まう天上世界もぉ! 悪魔が住まう奈落であろうがぁぁ!!」
正面からコリウスさんの両肩をがっしりと掴み、そのまま真正面から澄んだ、澄みきった瞳でしっかりと見据える。
「”ミレイさんを超える美しさ”、なんて……存在しえないですよね??」
なぜか、コリウスさんは真っ青な顔でガクガクと小刻みにうなずいた。
「……ユ、ユキアさま、の、お、おっしゃるとおり、で、です……」
「よかったぁ! コリウスさんが理解してくれて!」
俺はとびっきりの笑顔をコリウスさんに投げかけた。
お読みいただきありがとうございます。
面白かった、続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。




