第36話 宿屋の朝
何の夢だったんだ……?? 今まで妻の美香や娘の綾香の夢を見て、やりきれない思いをしたことはあるが、それとも違う、あまりに切なすぎる思いが……
「……泣いてたのか? おれは……」
……水浴びして、今日を始めよう。ギルドに行って、一日の糧を稼ぐんだ。今、俺に出来ることはそれしかないから……でも……
◇
水浴び場の入り口の前で、『紅蓮』の赤毛剣士リズさんに会った。さっきの夢のせいか、未だ目が覚めず、ぼ~としていたら、何かリズさんが”はっ”とした表情を浮かべた。
「…………ユキア、大丈夫か……いや、そんなわけないか……クッソ! 誰がっ!! 私がぶち殺してやる!!」
急に手を取られすごい力で引っ張られる。
「え、え、えっ、ちょっとリズさんっ」
朝食の時間帯。これから冒険に向かう強者たちが、夜とは打って変わり、静かに食事を摂っている。そんな中、リズさんは俺の手を取ったまま、食堂の入り口に仁王立ちする。
「——誰だっ!!! 誰がユキアに手を出したっ!! 力ずくで、抵抗もできないユキアを、誰が無理やりっ!!」
「——なっ!」 「なんだとっ!!」 「は!? ユキアが!!」
「…………………………は???」
辺りが騒然とし始めた中、俺は一人呆然とした。
「可哀そうに、朝まで泣きはらしてっ こんなに目を赤くして! それでもコイツは誰にも迷惑かけないように、一人静かに水で身を清めようと……っく!」
リズさんが俺を力強く抱きしめてくれる。普段なら無条件に嬉しいのだが、今はこのものすごい状況に、なんか、フワフワしている。え? これどういう状況? 俺これからどうすればいいの??
「え、えーと、リズさん……これは??」
「安心しろユキア、私は鼻が利く。どうせそのクズは……お前の全身を舐めまわしたんだろっ! 今から一人ひとりの匂いを確認するっ!! 全員そこを動くな!!」
やばい、言葉が出ない……なぜおれは今、被害者としてここに立たされているのだ?
「リズ! ちょっと待ちなさい!」
『紅蓮』の戦士、ルイスさんが慌てて駆け寄ってくる。
「ルイス! 何を待てと言うんだ! そのクズ野郎は私たちのユキアを! 私のユキアを!」
い、いつから俺はヒトの物になっていたんだ……
「いいから、あなたは黙って!」
「うぐっ!」
「それで、ユキア君、その、本当にそんなことがあったの……?」
言葉は出ないが、首は振れる。ブンブンと勢い良く俺は横に首を振った。
「……えっ? ユキア、お前、無理やり手籠めにされて、朝まで泣きはらしていたんじゃないのか? あんなに儚げに、ぼ~として、襲ってくださいと言わんばかりの無防備さで……」
さらにリズさんは続ける。
「それに、『僕が悪いんです。ちゃんと断らなかった僕が……いくら恐怖で声が出なかったからって……もしかしたら言われた通り、普段から無意識のうちに僕の方から誘っていたのかもしれない……だから、僕が……僕さえ我慢すれば、また平和な宿に戻るから……』って」
「そ、そんなこと言ったのかよ、ユキア……」「なんて健気なやつだ……」「そんなユキアを誰がっ!」
辺りがまた騒然とし始める。何人かは立ち上がり始めちゃったよ。
「……って、そんな顔してたじゃないか!」
「いや、顔かよ!」 「言ってはねぇのか!」 「んで、結局どっちなんだよ!」
もう辺りに怒号が飛び交い始めた。そんな中、ルイスさんが優しく俺に問いかける。
「ユキア君、本当に何にもなかったんだよね??」
「はい、もうほんと、全くもって、そんなことは欠片もなかったです」
よかった、ようやくまともに声が出た。リズさんが、はらっと俺の手を放し、自分の顔を覆う。
「よかった……ユキアの処女は護られた……」
「誰が処女ですか……」
食堂の張りつめた空気がようやく”ゆるっ”となった。
「んだよ、またいつものリズの早とちりかよ」
「朝っぱらから何してくれてんだ、リズ!」
「ユキアを襲うような奴がこの宿に泊まれるかって!」
「……これで万事解決か。よかったな、ユキア!」
「よくないわっ!!」
「でもなんで、あんな泣きはらした顔してたんだよ??」
「えっ? ……いや、まあ……その、久しぶりに、家族の夢を見て……」
確かに、あれは家族との思い出だった……
しかしながら……この状況で、それを言うって……めちゃくちゃ恥ずかしいことじゃないか? 15歳にもなった男の子が、家族の夢見て泣いちゃったって! 自分でも顔が赤くなっていくのが分かる。
「……ユキア、お前、かわいさ爆発かよ……絶対私のこと誘ってんじゃんっ!!」
「違うわっ! うわ~ん、ルイスさん、おれ朝から辱められたよ~」
ようやく調子が戻り、ここぞとばかりに優しいルイスさんに抱き着いて甘える。
「ごめんね、ユキア君、うちのリズが。 お詫びに一杯慰めてあげるから」
スタイル抜群のルイスさんが、その豊満な御胸にむぎゅっと俺の顔を埋めてくれる。よし、幸せだ。
「ああ! ずるい、ルイス! ほら、ユキア、こっちにもお前の大好きなのあるぞっ! 来いっ!」
今度はリズさんが、むんむんっとその豊満な胸を手でアップして強調してくる。非常に魅力的だが、
「今はこっちがいい……ルイスさん、いい匂い……むぐむぐ」
「あ、あぁん、もうユキア君ったら……お部屋、いく……??」
「うん、い……」
「何やってんだ、朝から! とっとと飯食って仕事行けっ!」
「うわっ」 「うおっ!」 「は、はいっ!」
ドアンさんがエプロン姿で朝食を運んできた!
よかった、今日も俺は頑張れそうだ!
変な夢を見て、本当は今日一日、部屋に引き籠ろうかと思うくらい、なぜか悲しかった。でも、普通に笑えて、身体も健全な男の子だ! だから、
「ありがとう! リズさんっ!!」
心からの笑顔と感謝をリズさんに送った。
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