第33話 ディック平原
ルーベリスという都市は平野にたたずむ城塞都市だ。そのルーベリスから徒歩だと北西に1時間ほど歩いたところに『ディック平原』と呼ばれる緑の平原が広がっている。くるぶしぐらい迄の長さの草があたり一面びっしりと生えており、まさに草原、緑の絨毯だ。早朝、俺は一人ディック平原に佇んでいた。
「ふへぇー、いい景色! もっと早く来ればよかったなぁ」
風が気持ちいい。季節がよいのか、体を動かしてもさほど汗をかかなそうだ。天気もいいし、もう朝からお昼寝したい。したい、したいのだが……
ドドドドドドォォォォォーーーーー
猪が、なぜか心地よい平原に猪が……法定速度を守らない原付くらいのスピードで走ってくる。
「ちょ、ちょ、ちょちょ、はやいって! 【岩弾】!!」
突進してくる猪に数発の岩弾を浴びせるが、少しよろけたものの、止まらない。
「――なめんなっ!!」
ダダダダダダッッ
マシンガンのように連射をかます。最後は【鉄馬車パンチ】を繰り出そうと思っていたが、俺の5・6メートル手前で力尽き、頭が地面にのめり込んだと思ったら、そのままバウンドして、俺の頭上を越えて後方にすっ飛んでいった……スドォンッ!
近寄り念のため首元にショートソードを差し込む。にしても、デカイな。
このディック平原に生息する魔獣、『牙猪』。まんま、下顎から生えるデカイ牙を向けて突っ込んでくる魔獣だ。だが、この魔獣、牙もなかなかの素材だが、何よりそのお肉がとても良い金になる。ルーベリスの食卓をにぎわす美味しいお肉。俺も『水聖の導き亭』で何度もお世話になっている。
「たしか、これ一匹丸々ギルドに卸したら、金貨6~7枚にはなったよな……」
ルーベの森に出るデカ角兎、これを丸々一匹卸して8000~1万バースほど。だが、デカ角兎は不利と見るや、それこそ脱兎のごとく逃げるので、パーティーで探索して日に1~3匹狩れればいいほう。あとはチビゴブやデカキモ鼠の魔晶石が1000バース弱。5~6人のパーティーだと、ルーベの森ではそれこそ、その日暮らしの金しか稼げない。ゆえに魔獣討伐だけでなく、様々な|《依頼》《クエスト》をこなして、資金をためつつ経験を積み重ねていく。夢見るは先はディック平原だ。
そしてそのディック平原に出没する、この牙猪は討伐推奨ランクはDランク。C級以上に上がれていない冒険者が一番稼げる魔獣だ。だが問題は……デカイ。
俺が知ってる日本の猪よりも1回り以上デカイ。体高1~1.5メートルほど、体長も2メートルくらい? 体重はおそらく300~400キロくらいはあるのではないか。
無論、このまま運ぶことはできない。この場で解体して、牙や食用部位の肉に別けて持って帰るのがセオリーだ。だがそれでは、解体技術によっては買取価格がかなり下がってしまうという。そもそも、解体自体に数人で分担してやらなければ、無駄に時間かかるし、その間ほかの魔獣に襲われないよう見張りも立てないといけない。ゆえに、ここはパーティーが基本なのだ。
だが、まあ俺には【異空間魔法】がある。その容量はいまだわからないが、おそらく、牙猪程度ならいくらでも収納できそうだ。しかしなぁ……
「さすがにギルドに卸す前に麻袋に入れ替えたとしても、”どうやってここまで運んできたんだ疑惑”が浮上するしな」
デカ角兎程度なら数匹やっても訝しまれることはなかった。だが、これはな~。高位の『職持ち冒険者』なら魔闘気を纏って、でっかい魔獣を軽々担いで持ってきているのを見たことはある。いやもう、ファンタジーって感じだったが。
さすがに見た目華奢なF級程度がそれをやったら、目立っちゃうでしょ。いや、そもそも俺には担げそうもない、「筋力11」だし。力は普通、年相応だ。うーん、どうしよ……
ガラガラガラ…… ビィヒィ~ンッ ズドッ
「ん? あれ~? ユキアかぁ~~??」
「え? あ、マッシュさん! え、何それ?」
『水聖の導き亭』の常連、C級冒険者のマッシュさん。年齢は知らないけど、確か結構ベテランの冒険者だ。そのマッシュさんが、そこそこ大きな荷馬車に載ってのんびりとやってきた。もう一人知らない男性も載っている。そして荷馬車を引いている馬は……馬ではなく、トカゲ??
「あー、これは冒険者ギルドが出している、”運び屋”だ。手数料2割でギルドへの卸を代行しますよってやつだ。それの護衛だよ。今、仲間が怪我して休んでるからよ、迷宮は入れないだろ。その間の小遣い稼ぎってわけ。んで、一人でお前、何やってんの?」
「えーっと、観光……?」
「ぶはっ、相変わらず、おもれーやつだな。ぶっ倒した牙猪の横で途方に暮れてるようにしか見えないけどな」
「どうしますか、ユキアさん。その牙猪、こちらで運びましょうか?」
見知らぬ男性が話しかけてくる。俺の名前知ってるんだな。「えーっと」と俺が言い淀んでいると、
「ああ、申し遅れました。私は冒険者ギルド職員のバクマンです。あなたのことはギルド職員で知らない者はいないですから」
ああ、『初心者講習ミレイさん編』ですよね……
「まあ待て、バクマン。こいつは有名人だが、まだまだ駆け出しだ。今回は初回特典ということで、俺が特別に運んでやろう」
そう言うとマッシュさんは背負っていた、ちょっと高級そうな麻袋を取り出した。その袋口を牙猪にくっつけると、袋の外側についている宝石のようなきれいな石に、魔素を流し始めた。すると、
「ひぇっ!」
思わず情けない声を出してしまった。だって、牙猪消えちゃったんだもん! って、あれか? これって……
「そ、これは『魔収袋』ってやつだ」
やっぱりあったか、マジックバック……【異空間魔法】があるなら、空間魔法もあるだろうし、ならばあるよね、マジックバック。
「初めて見ました……『魔収袋』って言うんですね。でもそれって相当お高いんでしょう?」
TVショッピングみたいな聞き方をしてしまった。
「まぁ、ピンキリだけどな。それでも一番安くて100万はくだらないかな。だが特にC級以上で迷宮に長期間潜るパーティーには必需品だ。容量が小さくても”品質保持”さえついていれば、食料や何より回復薬水を持ち運ぶために超便利だからな」
”時間停止”じゃなくて”品質保持”っていうのか? 違いがあるのかな、まぁいいか。それより……
「その宝石みたいなのに魔素流し込んでましたよね? それってもしかして自分の魔素を流さないと使えない仕様ですか?」
「宝石って、お前……魔晶石だろうがどう見ても。変なとこぬけてんなぁ、まあそこも可愛いとこだけどよ。にしても、人が魔素扱うの分かるなんて、魔法使い、いや、魔術師当たりの魔調力もってねぇとわかんねーっつうけど。やっぱぬけてんなぁ、お前は~」
ヤバい……ニヤニヤされてる。
「む、昔からなんか魔調力は高いって言われてて……な、何となくだけどわかるんですよ!」
「まぁ、そういうことにしといてやるよ。でもよぉ、お前が”普通じゃない”なんて『水聖亭』の常連の中じゃぁ、もう常識だぜ」
「ギルド職員の中でもそうですよ」
「…………」
「んで、この『魔収袋』だが、この魔晶石に自分の魔素を登録すれば、他人には使えなくなるって優れもんだ。お前もいずれ『魔収袋』を持つ気なら、このタイプにしとけよ。じゃなきゃ全財産をぶら下げて歩いて、奪ってくださいと喧伝しているのと変わらんぞ」
そうか、だからその魔晶石は人から見えやすい位置についているのか……セキュリティーマークみたいなもんか。
「ほら、この分の割符だ。これ持ってギルドのカウンターに行きゃ換金してくれるからよ。今回は俺個人の魔収袋を使うから、特別サービスで手数料無しだ」
「あ、ありがとうございます!」
やっててよかった、給仕役。
お読みいただきありがとうございます。
面白かった、続きが気になると思っていただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。




